異星間ホームステイ【大月、西野、春日、東山の場合】
2021年10月30日午前6時【第4惑星マルス アルテミュア大陸 シドニア地区 旧マルスアカデミー本部】
前日の夜に尖山から土星円盤型大気圏シャトルでシドニア入りした大月達は、その夜は連絡艇に泊まり、朝、アカデミー本部を訪問した。
地球ニューヨークを遥かに凌ぐアカデミー本部の壮麗建築は圧巻なのだが、一番驚いたのは、地球以外の惑星で宇宙服を着用しないで外気にあたることだった。
空も青く、アカデミー本部の最上階からは地平線の手前に広がる海が見えた。
SF映画で視る、移民船から初めて大地に降り立つシーンを体験しているかの様だった。
「それでは皆さん、生まれ変わった火星の大地をご案内しますね」
今回は、ホームステイのお返しとばかりに、イワフネがエスコート役を買って出ている。
地上スレスレを飛ぶアダムスキー型連絡挺は、シドニア地区の建築群を抜けると、どこまでも続く岩石の散らばる赤い荒野が目に入る。
「現在の空気濃度は地球とほぼ同じです。酸素が少し多いですね」
イワフネが話す。
「あっ!イワフネさん、あそこに何か居ますよ!」
春日が嬉しそうに叫ぶ。春日ストレス溜まってるなぁ、と大月は思った。
春日が指差した方向の大岩の上に地球のイグアナに似た灰色の鱗を持つ体長1m程の生物が日向ぼっこするようにじっと座っていた。
「あれは、火星に昔から居たヒュドランの進化種ですね。地上の昆虫を食べます。こんな荒れ地ですが、ワーム幼虫やサソリモドキが居ますから餌には事欠きません」
イワフネが説明した。
さらにアルテミュア大陸を南下すると一段と赤みが増した大砂漠に遭遇する。
「ここはアマゾニス平原です。酸化鉄を含む砂と塵が大砂漠を形成しています」
イワフネが説明している時に、連絡挺の航法システムがアラートを鳴らす。
イワフネは、操縦レバーをグッと手前に引くと急いで連絡挺を急上昇させる。
上昇するGがかかってイワフネ以外は皆、蛙みたいに床にへばりつけられる。
上昇が止み、下を見ると、突然直下の地面下が幅5mわたり、陥没した。同時に"陥没した穴"が"上昇"して此方に真っ直ぐ向かってきたが、30m程で止まった。
よく見ると口を開けたピンク色の肌を持つ巨大ワームが連絡挺を呑み込もうとしていたのだ。
巨大ワームの全長は地上部分だけでも30mを超えており、大月達の想像を絶していた。
暫くすると、次々と巨大ワームが地中から現れ、巨大ワームによる即席ビルディングの群れが、ゆらゆらと恨めしげに大月達に向けて口を開いていた。
やがて諦めたワーム達は、現れた時と同じように、するすると赤い砂の海に埋もれて消えていく。
「これは、マルス生物の頂点にいる巨大ワームです。この砂漠に多く生息します。最近は海でも短時間は入れるようです。キャンピィングやピクニックの時は気をつけて下さいね」
イワフネが説明と言うか、注意を促した。
「うーん、そもそもこんな所に遊びに行く人はいないかも?」
頬に手を添えた西野ひかりが首を傾げる。
「・・・それにこれは、気を付けてなんとかなるレベルを越えていると思う」
真っ青な顔で突っ込む東山に、他の3人も首をコクコクとさせて同意した。
その後はしばらく高度100mを保ちながら、アマゾニス平原を抜けてシレーヌス海、マリネリス海溝を観光した。
途中、数十年前のものと思われる宇宙船の残骸らしき物を何度かアダムスキー型連絡艇の索敵レーダーが探知した。
「米ソは冷戦時代、火星探査でも争っていましたからね。どのような探査船を送り込んでいたのか興味深いです」
外交官経験のある東山は大いに興味を示したが、放射能汚染の可能性もあった為泣く泣く迂回して通過している。
火星に再現された海洋は地球と同じで青いが、海溝部分を除くと、やや深みに欠けた明るい水色が多かった。
「海が形成されたのは、日本列島が転移してから2ヶ月目です。今は、海中の有機物からバクテリアやプランクトンが発生しています。魚類の誕生はまだまだ先でしょう」
イワフネがコメントした。
「日本近海の魚は火星の海に適応出来ますかね?」
春日が質問した。
「成分的には地球の海洋と似ていますから、基本的に適応可能でしょう。ただ、その魚が食べる餌はまだ誕生していないでしょうね」
イワフネが答えた。
「じゃあ、生け簀で区切って養殖すればいいんじゃありませんかぁ?」
西野が質問した。
「餌を我々が与える方式ならば可能でしょう。問題は巨大ワームが魚を獲物と認識すると思われるので、そちらへの対策が必要ですね。アレは雑食の様ですから」
イワフネが肩を竦めて答えた。
「巨大ミミズなら、軍隊が何とかするのでは?原始生物ならそれほど脅威にはなり得ないでしょう」
東山が指摘する。
「海は何とかなりそうですね。地上、荒れ地にも地球の植物が根付く可能性が有りますね」
話題転換を試みて大月が言った。
「大月さんのおっしゃるとおり、鉄分を好む作物に火星の大地は相性が良いでしょう」
イワフネが応えた。
海を渡った南半球ヘラス盆地は、果てしなく岩石の散らばった荒野と赤い砂漠の大陸だった。だが、その砂地に潜む巨大ワームの存在を知った大月達は、ミミズ釣りにはもってこいだろうと思うのだった。
アダムスキー型連絡艇が通りかかる度に地中から巨体をくねらせて口を開ける巨大ワームが草原のように延々と続く大陸を横断して、大月達は、シドニア地区に帰還した。
10日程は、何故か全員が野菜サンドを食べるのだった。
こうしてお互いの異星間ホームステイが終了したが、日本国ではとある政治的決断がなされようとしていた。




