闖入者達【前編】
2026年(令和8年)11月29日午後3時【東京都三鷹市 国立天文台三鷹キャンパス内『スペース・ガード』指令室】
「種子島のJAXAから地上ケーブルでの通信が入りました。
衛星軌道を中心とした電離層で大規模な通信障害が発生中。……原因は木星方向から飛来した大量の電波バーストです!」
「木星に巨大彗星でも激突したのか!?」
オペレーターの報告を聞き、思わず過激な反応をしてしまう天文台所長の空良透。
「いえ。電波バースト直前に木星探査船『おとひめ』から衛星『イオ』で大規模噴火と木星磁場異常が発生したと報告がありました」
「木星衛星間の潮汐効果というやつか……分かった。
木星の異常は直ぐに火星へ伝播する。地上へ被害を及ぼしかねないデブリ群の出現も考えられるぞ!
ダイモス、フォボスの両宇宙基地に警戒要請!」
「おそれながら、所長。通信障害で火星全域にわたって通信システムがほぼ機能停止中です……」
「……何という事だ」
日本列島及び周辺地域、衛星軌道上の人工衛星に宇宙空間から致命的な被害を及ぼす可能性のある隕石の接近を事前に察知する目的で第三次世界大戦以前から発足していたこの組織は、最もその真価を試されるべき時が来たにもかかわらず、想定を超えた木星発の宇宙現象により機能不全に陥っていた。
「三沢と厚木、嘉手納にあるユニオンシティ軍基地のエシュロン(電波傍受システム)を経由した秘匿防護通信は試せないのか!?」
自らも指令席に居ながら、忙しなくコンソールを操作して各所の通信システムを調べてる天文台所長兼スペース・ガード責任者の空良透。
「駄目です!軍事衛星を始めとする日本列島上空の衛星とのデータ通信は全て機能していません!
日本列島転移時に起きた大規模通信障害に酷似!」
顔面蒼白のオペレーターが報告する。
「待て、早まるな。落ち着け!我々がまた列島ごと転移したわけじゃない!
海底ケーブルを通したアルテミュア大陸西海岸『ニューガリア』や、南半球ヘラス大陸『ガリラヤ』とのデーター共有システムは生きている!だから、転移はしていない!」
火星各地と同期しているモニター画面を指し示して部下の動揺を鎮める空良。
「市ヶ谷防衛省には私から自衛隊にレーザー通信システムによる支援を要請しよう。
君はあらゆる手段を使って霞が関の文科省と経産省に報告だ。
無線送電システムに影響が出ているとすれば、もうすぐ電力消費の激しい三大都市圏がブラックアウトに陥るぞ!急げ!」
部下に言いながら、携帯電話片手に市ヶ谷の防衛省本省に連絡する空良。
「一体、宇宙はどうなっているんだ!?」
困惑する空良だった。
♰ ♰ ♰
――――――同日午後3時30分【火星アルテミュア大陸中央部 裏人類都市『ウラニクス』郊外の湖】
「……えっと、ただいま?ハロー・ナイス・トゥ・ユー?」
『あらまあ。ただいま帰りましたですの……えっと、アイ・ウイル・ビー・バック・ジャパン?』
引き攣った笑みで帰還の挨拶をする琴乃羽美鶴と、背後の水素クラゲ上からおっとりと周囲を見回した後、さらっと琴乃羽に習って怪しい英語で帰還の挨拶をしてのける天草華子。
「……お、おかえりなさい。無事で、良かったですが……なんで二人とも英語?」
琴乃羽の無事をこの目で確認出来て嬉しいのだが、満が苦手とする英語の挨拶モドキを耳にすると目が泳いでしまう満。
「琴乃羽の英語が相変わらず駅前留学レベルなのは当然の事として……少し老けたのかしら?
長距離テレポーテーションは時空の影響を受けやすいと聞いているから、10歳くらい老化が進行しているかもしれないわ」
満の隣にいた美衣子が琴乃羽に呼び掛ける。
美衣子と共に並ぶ結も神妙な顔で「おかわいそうに……」と呟いて顔をそっと背け、オヨヨとしくしく泣く仕草をする。
「ええっ!?そうなの?私、みんなより歳を取ってしまったの!?もしかしてこのほうれい線も木星へのジャンプが原因だと!?」
思い当たる節でもあったのか、美衣子と結の反応に激しく動揺する琴乃羽。
「まあ!ということは、大人の女性にジョブチェンジしたのですか!?」
天草華子はポジティブながら怪しい理解力だ。
「何言ってるの!年齢なんて気持ちの持ち様ですっ!気持ちが若々しければ、永遠の20代も夢じゃないのですよっ!
華子さんなんてピチピチの10代じゃない!ギャルよっ!ギャルっ!」
満の右隣に居たひかりが、琴乃羽と自らを奮い立たせるべく美衣子達に反論する。華子へのコメントについては羨ましいだけの反応だ。
「そうですよ!ひかりさんの言うとおり気にしたら負けです!華子さんはともかく、琴乃羽さんのほうれい線は前からあるじゃ――――――グワッ!」
慰めようと言葉を尽くす余り、余計な事を言いかけた途端、ひかりの肘鉄を脇腹にくらって悶絶する満。
「……えっと。あのですね。そんなことよりも――――――」
脇腹を抑えて前屈みな満の背後から、躊躇いがちな声を上げる岬渚紗。
「お帰りなさい美鶴、天草華子さん。そして貴女が乗っているその巨大な生き物と、その後ろのシャトルとその他大勢について詳しく説明して頂戴」
オレンジ色と緑色に忙しなく色合いを変え続けるオーロラの下、久し振りに低く垂れ込めた渦巻き雲の下、琴乃羽美鶴を乗せた500m近い浮遊するクジラと、背後に続く浮遊する幅20mの傘を持つクラゲに乗った日本版スペースシャトル。
湖から岸畔に今も次々と上陸してくる15m以上の巨大なカニ群を指差して説明を求める岬渚紗だった。
「えっとですね。これは海賊王を目指すいたいけな少女が――――――」
「ボーナスステージでジャンプしてしまったですの……」
『ちょっと待たんかい!』
相変わらずな説明を試みる琴乃羽と、マイペースにポ〇モンGOゲームルールの説明を行おうとする天草華子に、背後の水素クラゲに背負われたシャトルから突っ込む名取優美子だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス文明日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス文明「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・琴乃羽 美鶴=言語学研究博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事サブカルチャー部門担当者。少し腐っているかも知れない。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。
*イラストは、らてぃ様です。
・天草 華子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。
*イラストは、らてぃ様です。
・空良透=国立天文台所長兼スペース・ガード責任者。




