岩
木星第1衛星『イオ』
2026年(令和8年)11月29日【木星第1衛星『イオ』から650km離れた衛星軌道上 マルス・アカデミー先遣隊基幹母艦】
「衛星一つを丸ごと自らの磁場から飛来させた荷電粒子のオーロラで包み込むなんて、流石は太陽系最大質量の惑星だ……」
衛星『イオ』が緑・赤・青と目まぐるしく輝くオーロラに包まれていく光景を、全長10km程度の威容を誇るマルス・アカデミー基幹母艦の艦橋から、感嘆のため息を吐きながら見とれるJAXA理事長の天草治郎。
気分転換の一環でマルス・アカデミー木星再生作業船団先遣隊の基幹母艦を訪問した天草治朗は、リアルポ◯モンGOのモンスターを育成するジムとして設営された衛星『イオ』を訪れていた。
「まったく同感です。この第5惑星だけは太陽光が無くても自らの質量で生み出される熱量で惑星温度を生命が育まれるレベルで安定させられるのですから。
そしてこの第1衛星内部で発生する膨大なエネルギーは、第5惑星と他の衛星『エウロパ』『ガニメデ』からなる重力の相互作用によるものです」
天草の隣に立つ3m程の背丈をした爬虫類人類であるマルス人のリアが天草の呟きに応える。
「そのエネルギーはこの衛星中心部を溶融させ、常に激しい火山活動を発生させているのです。我々木星再生作業船団もその恩恵にあやかっているのですけどね」
そう言うと、悪戯っぽい笑みを白金色の鱗に包まれた顔に浮かべるリア隊長。
「そして、アカデミーの同志ゼイエスが完成させた『木星でGO!』ゲームシステムを維持するエネルギー源でもあるのです!」
やや興奮気味に語るリア隊長が手元のホログラム端末を操作すると、天草の足元に新たなホログラム投影システムが現れ、上空から撮影していると思われる黄色や赤色の霜に覆われた滑らかな平原を映し出す。平原の彼方には、勢いよく溶岩と噴煙を空高く噴出する火山が見える。
「この硫黄と二酸化硫黄で出来た霜に覆われた平原が第1衛星『イオ』表面になります」
画像がさらにズームアップされ、赤黄色をした平原の一角が水色のレーザーバリアに覆われた区画にフォーカスされる。
「ここがポ〇モン・ジムです。プレイヤーが収集した生物を育成する場所となります。木星生物の生態を調査しながらトレーニングを課して、さらなるポ〇モンとしてまだ見ぬライバルと闘うのですっ!」
隣に立つリアがほんのりと頬を赤く染めて拳を握りしめながら力説する。
「……なるほど。では既に木星生物を収集しているのですね?」
「モチのロンです!私のお勧めは水素ダイオウイカとヘリウム・シーラカンスです!」
スイッチの入ったリアを見て軽く引いた天草の問いに、ゲットしたレア・カードをゲーム仲間に自慢するプレイヤーの如く、いくつかの生物をピックアップすると今度は頭上にホログラム映像を展開させる。
レーザーバリアに覆われた広大な液体水素の海を漂う全長100m程の巨大なイカと、その下を悠然と泳ぐ50m級のシーラカンス。巨大なシーラカンスを視て『まんまダラ〇アスじゃね?』と心中で呟く天草。
決して口にしない所が隠れゲーマーとしての矜持である。
巨大なヘリウム・シーラカンスの群れは悠然と液体水素の海を泳ぎながら餌を探しているのか、一匹が地表の岩についた二酸化硫黄で出来た霜を口で突く。
すると、突然突かれた岩が二つに裂けると、ガブリとヘリウム・シーラカンスの胴体に喰らいついてあっという間に地面に引きずり込むと、周囲の岩がもぞもぞと動きだしてヘリウム・シーラカンスの身体に群がってその身を喰らう。
「ええっ!?岩が魚を食ったですって?」
「違います。岩を更に拡大しますね。これは岩ではないのです」
素っ頓狂な声を上げた天草に向け、リア隊長が岩の映像を更に拡大していく。
拡大された映像は、20m程の岩と思われたモノが巨大なワニの背中だった事を示していた。
「ワニ!?」
「そうですね。地球やかつてマルス=火星北半球地溝帯に生息していた爬虫類のワニに極めてよく似ています」
瞬く間にヘリウム・シーラカンスの身を喰らい尽くした巨大ワニの群れは、新たな得物を待ち構えるべく、水素海の海底となったイオの地表をドスドスと移動していく。
地球で見慣れて居る筈の動物だが自分を遥かに超える巨体が闊歩する姿は衝撃的であり、呆然と見上げた姿勢で固まってしまう天草だった。
「あの巨大ワニの生態だけは異質なんです。
木星圏に生息する生物の殆どは、水素で出来た大気圏に漂う無数の光合成プランクトンを食料として生存しているのですが、巨大ワニだけはほぼ唯一と言っていい位、他の生物を満遍なく捕食するのです」
困惑した表情を隠せずに説明するリア隊長。
「では、唯一の肉食獣である巨大ワニが木星原住生物生態系の頂点に君臨していると?」
「……違うと思います。あの巨大ワニが発見されたのは大赤斑表層部だけです。5か月前、そこに住むチューブワームの長からの通報で此方が捕獲したのです」
天草の問いに答えるリア隊長。
「あの巨大ワニは、火星で最近目撃報告が有る奴にそっくりですね……」
モニターに映る巨大ワニ群をじっと見つめる天草だった。
木星大赤斑最深部で火星にいる筈の琴乃羽美鶴が発見されたと『おとひめ』船長代理のイワフネから基幹母艦に緊急通信が入ったのは巨大ワニ群見学後のことだった。
通信を受けた天草は、数日前に火星の岬渚紗博士と話したワームホールの話を思い出すのだった。
「リア隊長。火星に居る我々の仲間が面白い仮説を立てていましてね……」
宇宙科学者の顔になった天草は、火星と木星で起きた一連の事象について一つの可能性をマルス・アカデミー先遣隊隊長に提示するのだった。
ほぼ同時刻、木星本体と衛星『ガニメデ』『エウロパ』の重力相互作用が5か月前に発生した異常現象によってピークが早まり、衛星『イオ』地殻内部が溶融して火山活動が活発化すると、500kmの高さまで噴出した二酸化硫黄と硫黄の噴煙が木星重力に引き寄せられて木星大気圏上層の水素と接触した。
接触によって生じた膨大な量のイオン粒子は、太陽風からなる宇宙放射線と相まって強烈で特殊な磁力線エネルギーがイオの一部と木星大赤斑一角、火星近傍に降り注いだ。
更に磁力線と共に放射された大量のイオン粒子が土星外苑部と火星大気圏上層部に降り注ぎ、それら宙域において長期間に及ぶ通信障害が発生した。
特定箇所にイオン粒子が降り注いだ原因は、日本列島火星転移時に生じたオリンポス山大噴火時に噴石が切り開いた木星まで到達した経路を辿ったからだった。
マルス・アカデミー基幹母艦と外宇宙探査船『おとひめ』双方の観測オペレーター達は当初、この磁力線を木星周辺で定期的に発生する潮汐効果から来るエネルギー放出の一環であると結論づけた。
また、観測直後に発生した通信障害によってイオ地表に居たポ〇モンジムの巨大ワニ群、大赤斑表層部の『木星でGO』プレイヤー達と探査艇『うらしま』搭乗員のシグナルが消失した事に気付けなかった。
♰ ♰ ♰
――――――ほぼ同時刻【火星アルテミュア大陸中央北部 クナイカ山地】
荒涼とした山地の一角に真新しく出来た湖の上空を、1機のドローンが旋回しながらレーザーセンサーで湖水とその周辺を探索していた。
「……これは、地中深く凍結していたドライアイスと水が液状化したものでしょうか?いや、妙にアンモニアが多いな……」
クナイカ山地に出来た湖の畔に着陸したアダムスキー型連絡艇から、ドローンを操作するロンバルト・アッテンボロー博士が首を捻って呟きつつ、極北から吹き付ける冷たい風に乗って湖から漂ってくるアンモニア臭に顔を顰める。
「落下したデブリ群に含まれていた成分か、もともと火星の大地奥深くに眠っていたアンモニア成分に似た何かが溶け出したのか……」
ドローンからの映像を拡大すると、湖の中央から断続的にブクブクと泡が噴出しており、そちらにドローンを移動させた刹那、ドローンが湖水から飛び出してきた強力な紫電に貫かれて四散する。
「はぁっ!?」
唖然とするアッテンボロー博士。
湖水から噴出する泡の量と紫電はさらに増加し続け、湖中央部の水面がにわかに盛り上がると、黒々とした岩のような巨体が姿を現した。
「地殻変動による岩盤隆起!?」
湖中央部に出現した20mほどの島は、バチバチと紫電を纏わせながらゆっくりとアッテンボローの方へと向かってくる。
眼前で起こる異常事態に目を見張りつつ、アダムスキー型連絡艇の音声通信を全域周波数でオンにするアッテンボロー。
「こちらアッテンボロー。クナイカ山地の湖に動く岩が出現した!ドローンは岩の出現直前に原因不明の湖面からの落雷で破壊された。……岩が此方に向かってくる。地面から振動を感じる……地震だろうか?」
口頭で状況説明を行いながら、アダムスキー型連絡艇の操縦桿をゆっくりと引き上げて湖からの後退を試みるアッテンボロー。
岩が湖岸に近づくにつれ、地面からの振動は増大していき、岩の全容とその正体が明らかになっていく。
「……こちらアッテンボロー。クナイカ山地で巨大ワニの出現を確認した……湖から更に岩が出現中。おそらくこれらも――――――」
ふいにガリッと不自然な音を立てて、アッテンボローの通信は唐突に途絶した。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・天草 治郎=JAXA理事長。仮想世界大戦で心的外傷を負った娘の華子の療養に付き添う為、木星探査隊に参加している。
・リア=マルス人。日本列島が火星に転移した際に発生した大変動による火山活動で被害を受けた木星を再生させる為にマルス・アカデミーが派遣した木星再生作業船団先遣隊の隊長。唐揚げが好き。
・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国学芸庁火星生物対策班長。生物学博士。




