海賊王を目指す女性
2026年(令和8年)11月29日【太陽系第5惑星『木星』大赤斑表層から750Km上空 木星探査挺『うらしま』】
地球の90倍はある濃密な水素、アンモニア、金属水素の雲と海という地球や火星日本列島ではおよそ想像も付かない環境を約3日間に渡ってマッハ3で降下し続けた探査挺『うらしま』の高感度望遠レンズは、水素海で合流した水素クジラが発する保護磁場に護られながら、大赤斑表層で繰り広げられていた攻防戦をしっかりと捉えていた。
「うわっ!あのUFOえげつない手を使うわね。また仲間を出汁にして捕まえちゃったじゃん……」
眼下の攻防戦を眺め呆れた様に呟く名取優美子。
地球で代表的なUFOタイプに酷似したアダムスキー型探査機から緑色に光り輝くモンスターボールの弾幕が打ち出されると、アダムスキー型探査機を護る様に対峙していた仲間の水素カニや水素クラゲをも巻き添えにして、チューブワームの長を護る水素カニとクラゲに降り注ぎ、次々と淡い緑色の光点が現れ、生物群が発する苦悶の声と共に拡がっていく。
「あれってやっぱり、水素クジラさんが言うところの『ポ◯モンGO』のリアルプレイですの?」
あらあらと頬に手を当てて、興味深そうにモニターを眺める天草華子。
優美子と華子がモニター越しに見つめる間にも、アダムスキー型探査機から放たれる一方的なモンスターボール弾幕で先程まで同胞だった水素カニや水素クラゲが、チューブワームの長の目の前で円盤に乗った地球人女性に次々と『珍味55号』『カニミソ13号』等と怪し気な名前をつけられてレア・ポ〇モンの配下と化していく。
『……ナン、ダト……』
レア・ポ〇モンを見つけ歓喜してから僅か36時間あまり。
予想だにしなかった大逆転劇による敗北を目の当たりにして呆然とするチューブワームの長。
「おっほっほっ!圧倒的ではないか、わが軍団は!」
気分だけはIQ240を誇る何処かのジ〇ン軍総帥である琴乃羽美鶴が高笑いをする。かつて英国連邦極東のソールズベリー卿に駅前留学レベルの英語なんて酷評されたとしても、この木星最深部では何の意味も持たないのだ。
「さあ!いよいよラスボスとの最終決戦よ!木星の海賊王に、ワタシは成るっ!」
感情が昂るあまり拳を握りしめ、とある冒険アニメ主人公ノリで恥ずかしい決めセリフまで叫んでしまう琴乃羽美鶴は無敵に見えた。
「かっこいいですわ!」
「こんな所まで来て何やってんのあの女の人?」
感動する華子に対して白けた感じの優美子。
「で?ここが地殻異常の震源地って事?まさか”あの遊び”が原因じゃないでしょうね……」
巨大チューブワームと対峙する琴乃羽美鶴を見ながら遊園地のヒーローショーみたいだなと思う名取優美子だった。
† † †
【太陽系第5惑星『木星』大赤斑表層部分】
``太陽系の掃除屋``と呼ばれる『木星』から発する地球磁気圏の2万倍に及ぶ磁場は、外宇宙から太陽系に飛来する様々な小惑星や彗星の全てを引き寄せ、水素金属とケイ素で出来た地表は様々な小惑星や彗星が激突した複雑怪奇な地形を形成している。
その地表では今、木星最深部原住生物の長であるチューブワームと、火星から原因不明な現象で転移した挙げ句、海賊王に成り上がる寸前の琴乃羽美鶴が睨み合い、最終決戦が始まろうとしていた。
『ちょっと待ったーっ!!』
濃密な水素とアンモニアの雲海から降下してきたデルタ翼の日本版シャトルから、名取優美子の声がスピーカーを通じて金属水素とケイ素で出来た複雑怪奇な地形に響き渡る。
上空からの声に反応したチューブワームの長と、見事な逆転劇を遂げようとしていた琴乃羽美鶴が上を向く。
『どうしてそんな事になっているのか分かりませんが、喧嘩はダメですわ!絶対めっ!ですわ』
どこかの警察か教育委員会のスローガンみたいな呼び掛けを必死に行う、天草華子。
『……ムム』「ほぇ?」
喰う者と喰われる者の最終決戦かと思わんばかりの緊迫した状況だったが、少女二人の健気な介入で毒気を抜かれ、惚けた声を出してしまうチューブワームの長と琴乃羽。
チューブワームの長と琴乃羽、手下にした木星原住生物達が見守る中、ゆっくりと降下したシャトルは平らな場所を見つけると炭酸ガスを機体下部からこまめに噴射しつつ、ふわりと着陸した。
「それで?どうしてこんなことになったのか説明してちょうだい!あと、あなた誰?」
早速シャトルから降りた名取優美子は、腕を組むとアダムスキー型探査機の前で仁王立ちとなって琴乃羽美鶴に詰問を始めるのだった。
「……ええと、ですね。これは海賊王を目指す女性の物語でして……」
何故か夜中につまみ食いが家族に見つかった様な冷や汗を流しながら、名取優美子に向けて事実と異なる盛った説明を始める琴乃羽美鶴だった。
『……ゲームバランスガ不公平スギルノデハナイカ?運営二抗議スル……』
明らかに不満気な声で訴えるチューブワームの長から天草華子が事情を訊く。
両者の事情聴取はレーザー通信で母艦『おとひめ』にリアルタイムで伝えられ、船長のイワフネは元同僚だった琴乃羽美鶴の無事を喜びつつも、恥ずかしい行状に頭を抱えるのだった。
「琴乃羽さんが無事で何よりです。……木星まで来ても平常運転なのがアレですが……」
苦笑するイワフネ船長。
兎にも角にも、琴乃羽美鶴の消息は最優先通信として火星アルテミュア大陸中央部で捜索活動中の大月家一行と、マルス・アカデミー木星再生作業船団先遣隊に伝えられるのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・琴乃羽 美鶴=ディアナ号生物調査・通信担当。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事サブカルチャー部門担当者。言語学研究博士だが、少し腐っているかも知れない。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。
*イラストは、らてぃ様です。
・天草 華子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。
*イラストは、らてぃ様です。
・イワフネ=マルス人。ミツル商事にサラリーマン研究の為派遣されていたが、仮想世界大戦後、天草華子、名取優美子の心的外傷療養を見守る為、外宇宙探査船『おとひめ』船長代理として木星探査隊に同行している。




