やっておしまいなさい
――――――【大赤斑表層部】
大赤斑最深部で木星原住生物にレア・ポケモン扱いされて追い回されれる琴乃羽操るアダムスキー型探査機。
ハサミの先端に取りつけた端末画面を飛び出した目玉でしっかり見ながら水素カニがハサミを振り回して目標を追い詰め、頭上で援護する水素クラゲの触手が紫電を纏った真ん中に窪みの有るモンスターボールを放つ。
放たれたモンスターボールは、逃走する琴乃羽のすぐ近くに着弾し、金属水素で出来た地面がジュッと溶ける。
「なんなのよこれ!?当たったらポ〇モンになるどころか、消し炭になるんじゃない!!」
冷や汗を額に滲ませながら操縦桿を握りしめ、必死にモンスターから放たれるモンスターボールを避ける琴乃羽。
「何でこんな所でこんな化け物がぽ〇もんGOが使えるのよ!てか、ここどこよ!?」
逃げ回りながら絶叫する琴乃羽。
その時、逃げ回る琴乃羽操る小型アダムスキー型探査機の操縦画面から、突然間延びした電子音のファンファーレが流れるなり、『木星でGOをインストールします』と表示され、自動的にゲームアプリがインストールされていく。
「『木星でGO』!?そんなゲーム有ったっけ?」
背後から次々と紫電を放ちながら飛来するモンスターボールを華麗に避けながら、首を傾げる琴乃羽。
火星日本列島にいた頃、ミツル商事の休日に岬と共に横浜駅前を携帯片手に歩き回って可愛いらしいモンスターを捕獲に没頭していた頃を思い出す琴乃羽。
同僚の岬は途中から「リアルのモンスターの方が可愛い」と謎のセリフを呟いてプレイから離脱、美衣子と結に頼み込んでマルス・アカデミーシドニア地区の研究所に籠もって何やら研究していたのだが……。
「……まさか、あのポ〇モンGO!?」
困惑する琴乃羽をよそに、アダムスキー型探査機は『木星GO』アプリのインストールを終える。同時に、プレアデス星団から木星再生作業で派遣されていたマルス・アカデミー先遣隊の位置情報システムと自動同期し、現在位置が探査機の操縦画面に表示されていく。
「ふむふむ、此処は太陽系第5惑星『木星』大赤斑表層部と。うんうん。って!何で!?火星からこんな所に来ちゃう訳!?」
混乱する琴乃羽。
その時、琴乃羽の眼前に紫電を放つモンスターボールが目の前を掠める様に通り過ぎると前方の地面に激突して激しいスパークを起こす。
「うひゃっ!」
思わず目を瞑る琴乃羽。
超至近距離の着弾だったが、アダムスキー型探査機の計器に故障はなく地面スレスレをジグザグに飛行している。
「……思わずモンスターボールで焼け焦げたかと思ったわ……」
額についた冷や汗を拭う琴乃羽。汗を拭うと、操縦桿を自動飛行モードに移行させて暫く俯く。
「……ぐふふふふ。そうか、そういう事よね」
俯いたまま、不気味な笑い声を上げて呟く琴乃羽。
「私もポ〇モンプレイ出来るのよね!」
顔をキッと上げると、素早くマニュアル飛行にすと操縦桿を再び握り締め、グッと手前に引く。
琴乃羽の操作で機体を急上昇させたアダムスキー型探査機は見事な宙返りをすると、上空の水素クラゲの下に潜り込んで水素カニの背後に付く。
「今よっ!喰らえっ!モンスターボール!」
操縦画面の右端に表示されたモンスターボールを、指をスワイプさせて目の前に迫る水素カニに放り投げる琴乃羽。
その瞬間、アダムスキー型探査機前方の採取用マニュピュレーターから緑色に輝く球体が飛び出して水素カニの背中に命中し、爆発したかの様に緑色の光が広がって水素カニの体を包み込む。
『ヌォォォ!』
光の中で何とも言えぬ絶叫を放って悶える水素カニ。
やがて緑の光が収まると、そこには大人しく佇む1体の水素カニの姿があった。
「やった!リアルポ〇モンゲットよ!」
拳を振り上げて喜ぶ琴乃羽。操縦画面には『カニGETしました』とメッセージが流れ、体力や能力が表示されていく。
「へぇぇ。水素大気を吸って生息する木星原住生物な訳ね。武器は両腕のハサミによる打撃か……切れないのねぇ……それで」
ふむふむと頷きながら表示内容を読み込む琴乃羽だったが、操縦画面になにやら入力し始める。
「よし!今からお前の名前は『カニミソ』よ!」
大人しく佇む水素カニの頭上にアダムスキー型探査機を近づけて呼び掛ける琴乃羽。
『……ワカリマシタ。マスター』
恭しく両腕を折り曲げると胸元でハサミを交差させる水素カニ。
「これで1匹ゲットね。次は……」
水素カニ近くの上空で、心配そうに見守っていた水素クラゲに目を向ける琴乃羽。
『……エ?』
アダムスキー型探査機の中に居る筈の琴乃羽と思わず目が合ったのか、ただならぬ気配を感じる水素クラゲ。
『……ムグ』
だが、蛇に睨まれた蛙の如く身動きが出来ない。琴乃羽からただならぬ圧が放たれている様だ。
「次はお前だっ!」
不意にアダムスキー型探査機の採取用マニュピュレーターから緑色に輝く光球が幾つも放たれると、バシバシと水素クラゲに命中して眩い緑光がクラゲの体を覆い尽くす。
『グワァァ……』
苦悶の声を上げて硬直する水素クラゲ。
「ぐふふっ!先手必勝よ!’’ハマの釣り師’’を舐めたらいかんぜよ!」
清々しい程の悪役顔でテイムした水素クラゲに微笑む琴乃羽。
「だいたい要領は分かったわ」
手早く大人しくなった水素クラゲに『珍味くん』と命名して、水素カニと共に手なづけて配下にした琴乃羽は、仲間を救うべく集まってくる大勢の水素カニや水素クラゲをみてニヤリと口角を上げる。
「……さあ!狩りの時間ですっ!アータタタタタタタッ!」
操縦系液晶画面から火花が飛び出るのではないかというほどの勢いで画面をシュバババと歴戦のプロゲーマーの如く全身全霊を込めて指をスワイプする琴乃羽。
アダムスキー型探査機からスワイプの勢いそのままで放出された、緑色の弾幕が迫り来る木星原住生物群にどしどしと降り注いでいく。
「カニミソ、珍味君。やっておしまいなさい!」
『『ウイ、マスター』』
何処かの御老公みたいな掛け声に応えて、かつての仲間に挑む水素カニと水素クラゲ。
「ほっほっほっほ!圧倒的ではないか、我が軍は!」
御老公な様な高笑いを上げながら何処かの天才総帥の如く悦に入る琴乃羽美鶴だった。
♰ ♰ ♰
――――――36時間後
大赤斑表層部に到達した華子と優美子は、チューブワームの長が率いる原住生物群と僅かな原住生物を従えて対峙する琴乃羽美鶴の姿を見つけて唖然とする。
「……えっと。こんなところで何をしているんですの?」
遠慮がちに、しかし呆れたような声で琴乃羽に突っ込む華子だった。




