揺らぎ
2026年(令和8年)11月26日【太陽系第5惑星『木星』 大赤斑直上3700kmの静止軌道 JAXA外宇宙探査船『おとひめ』ブリッジ】
水素・ヘリウム混合雲と、アンモニア雲が時速360kmで激突し合って渦を巻く、いつもの混沌とした様相を呈している木星大気圏をブリッジから見下ろすイワフネに、惑星観測システムのオペレーターが報告の声を上げる。
「大赤斑最深部から大規模なエネルギー放出を確認。エネルギーはプラズマ形態で第2層の水素大気と反応しています!」
「木星大気修復作業中のマルス・アカデミー先遣隊からも同様の事象を観測中との連絡あり!」
通信オペレーターがイワフネに報告する。
「大赤斑表層の生物コロニーに影響は?」
反射的に木星の拡大映像に目を凝らしたイワフネがオペレーターに訊く。
「コロニー駐在マルス・アンドロイド『ツルハシ』から報告。
『コロニー周辺5か所で金属水素の地盤が裂けて液体水素が噴出。ですが、たまたまコロニー生物群は皆ポケモンGO試作版プレイで集落を離れており、チューブワームの長を始めとする現地生物群に被害なし』との事です」
微妙な表情で報告する通信担当オペレーター。
「”今はポケモンGO(木星版)の試行プレイで忙しい”との事でツルハシからの通信が途絶えました」
「あ、そう。マイペースなのはいつもの事だな」
何故か申し訳なさそうなオペレーターに、気にしなくていいよとばかりに素っ気無く返事するイワフネ船長代理。
「失礼しました。ツルハシから再び連絡来ています!ですが……」
「どうしたのだ?」
通信オペレーターが報告途中で挙動不振となり、イワフネが声を掛ける。
「……ツルハシの連絡は”水素エネルギー取引で地球人類に課金をしているにもかかわらず、なかなか☆5つやSSRカードが出ないのは何故だ?”と木星原住生物の水素クラゲや水素カニの間で不満が高まっているとの事です。
目下水素クジラが宥めている様ですが”ゲーム運営との直接対話を要求する”との事です」
困惑顔で応える通信オペレーター。
「そんなの知らんがな!ゲームの事は運営にメールで問い合わせをすればいいのよ。地球人類のプレイヤーも同じなんだから!木星にまでクレーマープレーヤーを増やしてどうするつもりなのかしら。
そんなことよりも、金属水素が断裂して水素噴出はヤバいでしょ!?どんな化学反応が連鎖して起きるか予想がつかないのよ!?」
通信オペレーターのサポートを黙々と行っていた名取優美子が思わず突っ込みを入れる。関西弁チックな口調になったのは、昨晩自室で華子と視聴したM-1グランプリの動画が影響しているかもしれない。
「ツルハシの報告はいつもどこか抜けている様な気がいたしますわ……流石マルス・アカデミー謹製アンドロイド。返品できないのかしら?」
おっとりと首を傾げる『おとひめ』船長である天草華子の口調には少し毒が混じっている様だ。
「……まったく。結さん謹製アンドロイドは基本的に有能ですが、ゲームやグルメが絡むとちょっと……アレですね」
言葉を濁して視線を逸らすイワフネ船長代理。
「皆!ぼやくのも程々にして、大赤斑地上のツルハシへ調査隊を派遣しましょう」
パンパンと手を叩いて皆を宥め、善後策を提示する天草治郎JAXA理事長。
「では、名取優美子さんと天草華子さんのペアでお願出来ますか?」
「「モチのロンよ(ですわ)!」」
イワフネに応えると、元気よく地上探査船の在る格納庫へ走る優美子と華子。
「元気なのはいいが、ちょっと今時の中学生にしては擦れてきているかも……」
「—――—――すいません、天草理事長。火星の岬渚紗博士から至急の連絡です」
ようやく元気を取り戻した娘とその友人の後姿を暖かく見つめながらも心配する天草治郎に通信オペレーターが声を掛ける。
「もしもし、天草です……。久し振りですね岬博士。
……調査クルーが行方不明!?火星で惑星磁場と宇宙磁力線の”揺らぎ”が同時発生したですって!?詳しくお話を聞かせてください!」
先程まで名取優美子が座っていたサブ通信オペレーター席前の制御卓に座ると、木星観測システムを起動させていく天草だった。
「イワフネ船長代理。マルス・アカデミー木星先遣隊のリア隊長に通信を。木星と火星の事象には因果関係が有るかも知れません」
イワフネにマルス・アカデミー先遣隊とへの連絡を頼みながら、木星観測システムの詳細データをつぶさに分析する天草治郎だった。
♰ ♰ ♰
――――――同時刻【太陽系第5惑星『木星』 大赤斑最深部地上】
「……あはは。ハロー?ナイス トゥ ミー?
おかしいわね。駅前留学でちゃんと発音は出来ている筈なのに……てか、やっぱり英語は通じないわよね」
目の前で群がるように立ちふさがる10m程ある巨大水素カニや頭上に漂う水素クラゲを見上げて戦慄しながらも異星文化コミニュケーションを試みる琴乃羽美鶴。
突然、琴乃羽の前に居た巨大カニが両腕のハサミを振りかざすと雄たけびを上げた。
『ヤッタ!リアル地球人ダ!レアゲットダゾ!』
「……はぁ?」
唖然とする琴乃羽。
『我ラノ願イニ応エタ運営ワ神タイオウ』『神ハココニオワシマシタゾ!』『サスガ神ゲー』
琴乃羽を取り囲んでいた他の水素カニや水素クラゲからドッと歓声が沸き起こる。
「ええっ!?何?何のイベント!?ていうか、此処はどこなのよー!」
ハサミや触手を振り回して歓喜する木星原住生物に囲まれた琴乃羽美鶴は、頭上にどんよりと立ち込める水素とアンモニアの濃厚な雲海で激しく飛び交う雷光を見つめて途方に暮れてしまうのだった。
――――――
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・琴乃羽 美鶴=言語学研究博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事サブカルチャー部門担当者。少し腐っているかも知れない。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。
*イラストは、らてぃ様です。
・天草 華子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。
*イラストは、らてぃ様です。
・天草 治郎=JAXA理事長。仮想世界大戦で心的外傷を負った娘の華子の療養に付き添う為、木星探査隊に参加している。
・イワフネ=マルス人。ミツル商事にサラリーマン研究の為派遣されていたが、仮想世界大戦後、天草華子、名取優美子の心的外傷療養を見守る為、外宇宙探査船『おとひめ』船長として木星探査隊に同行している。




