観測
――――――琴乃羽美鶴が消息不明となる直前 【火星衛星軌道上 第1衛星フォボス 英国連邦極東・ユーロピア共和国共同宇宙基地『ダンケルク』】
警戒警報が発令された事を示す赤色灯が点滅する司令センター内のメインスクリーンには、5つの明るく表示された光点が着々と火星に接近していた。
「外宇宙警戒レーダーに反応!デブリです。数は5。木星方面より第2宇宙速度で加速しつつ火星大気圏に接近中。このままのコースだと10分後に大気圏に突入」
レーダー担当オペレーターが報告する。
「近すぎる!なぜパトロール艦は接近を探知出来なかったのだ?『バルフォア』からの報告には無かったぞ!」
当直司令がパトロール艦の哨戒内容に不備があったと思い、情報将校をじろりと睨む。
「……恐れながら。宇宙は広大です。しかも地球と違って木星との間に在るアステロイドベルトに火星は近く、地球以上に小惑星との遭遇頻度は高いと思われます。
現状では衛星軌道上の軍事衛星と当基地が持つミサイル警戒レーダーだけでは宇宙空間の全方位探知は不可能です。先月までは日本自衛隊のダイモス基地とデーターリンクしていたのですが……」
「……日本政府が地球連合防衛条約から離脱したのは痛いな。加盟各国間で同時締結していたGSOMIA(軍事機密情報共有)も消滅したと言う事か」
恐縮する情報将校の答えを聞き、苦虫を噛み潰したような表情で呟く当直司令。
「JAXA三鷹天文台のスペースガードに通報!念の為、ダイモス宇宙基地の日本自衛隊にも連絡だ!君、このデブリ群が地上に与える影響は?」
当直司令はオペレーターに指示すると、傍らに立つ情報将校に訊く。
「……デブリ群のサイズは5から7mしかありません。大気圏に接触した際に、断熱圧縮効果でほぼ燃え尽くされてしまうでしょう。仮に燃え残ったとしても、落下予測地点は人跡未踏のアルテミュア大陸中央部です」
応える情報将校。
「……外宇宙からデブリ群は、この三か月で4回目です。三鷹天文台から流星群の通過について事前予想連絡は受けていません」
当直司令に答える情報将校。
「まるでいきなり火星近辺に現れたとしか思えない……」
一人首を傾げて呟く情報将校だった。
♰ ♰ ♰
2026年(令和8年)11月26日午前10時30分【火星アルテミュア大陸中央部 裏人類都市『ウラニクス』郊外の湖 上空 多目的艦『ディアナ号』】
生物の営みが感じられない明るい水色をした湖面すれすれをディアナ号が浮上航行しながら甲板と舷側に張り出したマストを更に伸ばしてアンテナを露出させ、各種レーダーとセンサーを総動員して消息の途絶えた琴乃羽美鶴が乗っていた探査機を捜索している。
ウラニクス市を蝕む放射能汚染の原因を探る為、湖底洞窟に挑んだ琴乃羽美鶴だったが、洞窟内部で発生した謎の現象に巻き込まれ行方不明となって3時間が経過していた。
ウラニクス市警備隊の装備を魔改造して付近の地形を少しばかり破壊した為に、ウラニクス市関係者へ絶賛土下座行脚中の瑠奈を除く全員が、ディアナ号のブリッジに集合していた。
「アダムスキー型探査機が発信する宇宙磁力線を利用した識別信号が私達の捜索範囲で探知されないという事は、美鶴の乗った探査機は”火星上に存在していない”と言う事を意味するわ」
美衣子がディアナ号のメインスクリーンでウラニクス周辺から拡がるアルテミュア大陸全域の画像と火星全土のリアルタイム映像を投影して説明する。
「洞窟奥で観測された謎の発光現象に探査機が取り込まれて破壊、もしくは消滅させられたという事でしょうか?」
顔色を蒼ざめさせたアッテンボロー博士が質問する。
目の前で観測パートナーだった琴乃羽が行方不明となった事に彼は少なからず動揺していた。
「博士と美鶴が遭遇した発光現象が起きた時間帯に、湖底を含むウラニクス周辺で惑星磁場と宇宙磁力線に”揺らぎ”が観測されたわ」
美衣子が投影したウラニクス周辺画像には、ウラニクス湖とアルテミュア大陸中央部から北極にかけて波紋を広げる”幾つもの白い光点”を結が追加して説明する。
「此処以外にはアルテミュア大陸中央北部クナイカ山地、北東アスクリス、南東ラベアディス地溝帯、南西ケラウニクス・トルスの四か所か。どれも地球人類の開発が及んでいない場所だね……」
投影画像に追加された光点の場所を淀みなく言い当てていく満は、ディアナ号に乗り込んでからは寝る前と起床直後に火星全土の地理情報をどん欲に学んでいる。
「うーん……美衣子ちゃん。マルス・アカデミーが火星を本拠地としていた時もこういった現象は有ったのですかねぇ?」
頬に手を当てて首を傾げながらひかりが訊く。
「シドニア本部地区のアカデミー本部サーバーで過去の記録を調べてみるわ」「美鶴は貴重な実験体だから私も手伝う」
制御卓の操作を始める美衣子と結。
「美衣子と結は、引き続き捜索をしながら過去の観測データついてマルス・アカデミーからのデーター収集をお願い。ひかりさんと岬さんは劉市長と共にウラニクス市の住民に放射能抑制剤の配布をよろしくね」
「まかせなさい!」「手遅れにならないうちに、ですね」
満に応えるひかりと岬。
「アッテンボロー博士は、ディアナ号のドローンを使って湖底洞窟を含めた異常発生地点の再調査をお願します。
出来れば衛星フォボスのダンケルク宇宙基地から地上観測システムによる協力があると有り難いです」
「分かりました。ご期待に添えるように、ここまでの状況を依頼主であるジャンヌ首相、英国連邦極東のソールズベリー商会に伝えてくるよ」
自室から本国へ通信すべくアッテンボロー博士が操舵室から出ていく。
「ウラニクス湖以外にも同様の事象が各地で起きている事は何を意味するのだろうか?」
皆に指示を与え自室に向かう途中で湖底の事象について考察する満。
「惑星磁場と宇宙磁力線ねぇ……ひょっとして」
満の指示を受けてひかりと共に放射能抑制剤を準備しながら、木星探索隊に参加しているJAXA理事長の天草に連絡を取ろうと思う岬渚紗だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月 ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国学芸庁火星生物対策班長。生物学博士。




