魔改造
2026年(令和8年)11月26日午前5時10分【火星アルテミュア大陸中央部 裏人類都市ウラニクス 外苑ターミナル】
地球よりも鮮烈な赤い朝日が昇る前、薄暗く肌を刺すような寒気の中、ターミナル脇の格納庫からトンテンカン、ガガガ、ギシギシと何かを打ち付けたり加工する音が聞こえてくる。
「何だ!?こんな朝っぱらから」
部下の連絡を受けた趙隊長が警備隊を引き連れて格納庫に駆け付ける。
「おい!誰か居るのか?」
格納庫の扉を開けて誰何する趙隊長。
「ん~、いい感じに仕上がるっス!」
趙隊長の誰何に応えるように、少女の満足げな呟きが格納庫の奥から聞こえてくる。
趙が部下と共に奥へ進むと、エンジンオイルや潤滑油に塗れた顔に浮かぶ汗を拭ってやり切った感全開の瑠奈がそこに居た。
「瑠奈嬢はどうして此処に?」
咎めようとしたが暢気な瑠奈に毒気を抜かれた趙隊長が尋ねる。
「お父さんと話していて、此処には巨大ワニと戦える武器が無いねって話になったっス!それで瑠奈が手伝いに来たっスよ!」
趙の問いに当たり前の様に答える瑠奈。
「はぁ。どうして此処に居られるかは分かりましたが。……えーっと、それで、この乗り物はなんでしょう?」
警備隊員たちの前には、かつてソヴィエト製BTR76偵察装甲車だった物が鎮座している。本来、6輪式走行タイヤがあるべき所に見当たらず、タイヤがあった場所には黒い穴がぽっかりと空いているだけである。
車体上部の砲台は以前と同じ様に見えるが、30mm重機関銃の銃身が妙に長く、主力戦車が装備する120mm滑空砲がアンテナの如く飛び出していた。
中国人民解放軍機械化師団に入隊した直後、天安門広場人民蜂起の鎮圧で改革派学生達を装甲車の履帯で蹂躙して以来、長年愛用して来た装甲車両の成れの果てを見せられたウラニクス警備隊長の趙が恐る恐る瑠奈に問いかける。
「ホバージェット装甲車っス!」
ビシッと渾身の自信作を示す瑠奈。
「……はぁ。これは、どうやって操作するのでしょうか?」
予想外の回答に首を捻りつつも、警備隊員が質問する。
「操作方法は今までと同じっス!ハンドル握ってアクセルを踏むっス!それだけでなんと驚きの高性能!」
満面の笑みで快活説明する瑠奈。
「さあさあ、ものは試しっス!大船に乗った気持ちでズドーンと行ってくるっス!」
趙隊長と部下に通信用ヘッドセットを渡すと、趙隊長以下警備隊員達背中をグイグイと押しながらホバー装甲車へと押し込む瑠奈。
「それじゃ、試運転いくっスよ!」
『お、おぅ。このハンドルを握ってアクセルを踏めば……』
恐る恐る装甲車のアクセルを踏む隊員。
――――――ズドン!
轟音を上げて床から浮上するなり、格納庫のプレハブ屋根を突き破って空高く舞い上がる装甲車。
「ん~。ガソリンと惑星磁場反応ハイブリッドエンジンは、地球磁場モードだったから火星用に磁場比率改造の余地ありと……」
顎に手を当てて考え込みながら、手元のタブレット端末に何やら入力する瑠奈。
『おいっ!瑠奈嬢!上昇が止まらんぞ!どうしたら良いのだ!』
同乗していた趙隊長から悲鳴混じりの叫びがレシーバーから聞こえてくる。
空高く浮上したホバー装甲車は既に小指の先程にまで小さく見えるくらいにまで上昇し続けており、運良く同乗を免れた幸運な部下達は空を見上げたまま茫然と立ち尽くしている。
「おっと。エンジン回転数はブレーキペダルで抑えられるっスよ!」
『こ、こうか?ウワッ!』
空高く舞い上がった装甲車が今度は急速に下降し始める。端から視ると、自由落下に限りなく近い。
「このままだと地上に叩き付けられてペシャンコっスよ!アクセルを使って落下スピードを落とすっスよ!」
アドバイスする瑠奈。
瑠奈のアドバイスを実行したのか、ブシュッとホバージェットがこまめに噴射されると、自由落下からゆっくりとした降下に変わっていく装甲車。瑠奈の横で顏を青ざめさせていた部下の警備隊員からは安堵のため息が漏れる。
「浮上のコツは掴んだっスね?次はギアをローに入れるっス」
『ギア?コレか』
ホバージェットの噴射角度が僅かに斜めに変わると、垂直に下降していた装甲車が、ゆっくりとだが前方に進んでいく。
「ローは低速っスから、セカンド、サードと切り換えていくとスピードが出るっスよ!方向変換は、今まで通りハンドルっス」
走行方法を趙隊長に伝えていく瑠奈。
『瑠奈嬢、ちなみにトップギアでどのくらいの速度になるんだ?』
「スピードは抑えたから、マッハ1行くか行かないかっス。物足りないっスか?」
『……トップギアが自殺行為になるという事は理解した。ローかセカンドが適正な速度だろう』
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた後、落ち着きを装った返答をする趙隊長。
暫くすると、10m上空からターミナル外縁をなぞるようにして、安定した空中走行を披露し始めた装甲車。
『……ほう。これはなかなか眺めが良いな』
落ち着きを取り戻した趙隊長の感嘆した呟きがレシーバーから聞こえる。
「スゲー。未来の乗り物だって北京共産党が宣伝してた空中タクシーじゃんよ!」
地上で見守っていた部下達から歓声が上がる。
やがて瑠奈と警備隊員が集まる場所に戻ってきたホバージェット装甲車が、最初の暴走時とは打って変わった静かな動きでフワリと着地した。
「お疲れっス!」
「お、おぅ」
ハイタッチで趙隊長を労う瑠奈。
「かなりじゃじゃ馬な乗り物だが、乗りこなせば画期的な地上兵器になるだろう」
「そうっスか!イェイ!」
げっそりとやつれた顔で下車すると、力なく瑠奈のハイタッチに応える超隊長。
同乗していた部下も疲労困憊したらしく、下車した途端に地面へ座り込む。
「乗り物酔いっスか?ほい。酔い覚ましの錠剤っスよ」
首から下げていたポーチから錠剤を取り出すと、趙隊長以下ホバージェットに乗っていた隊員に渡す瑠奈。疑いもせずに錠剤を飲み込む趙隊長達。
「さあ!次はミル25=メガ・ガンシップっス!」
ヘリコプターに不可欠な巨大な羽が取り除かれ、ハコフグのような四角い武骨な機体の上下に装備された16連装ロケットランチャーと両側面に可変式噴射口が付いた乗り物を指し示すと、溌溂と機体紹介をする瑠奈。
「……流れとして突っ込むべきところだろうから、言わせていただこう。……どうしてヘリなのに羽根が無いのかね?」
微妙な顔をしながらも、あえて義務感で突っ込む趙。
「羽根ですと?あんなもん不要です!偉い人にはそれがわからんのですよ!」
なぜか某ジ〇ン軍技術者の如く熱く語り出す瑠奈。
「はっきり言う……気に入らんな」
「はうっ!!」
さらりと瑠奈のガ〇ダムネタに応えてダメ出しする趙隊長。ダメ出しを受けた瑠奈が床に膝をついてうなだれる。
「……隊長大人気ねぇな」「幼女相手に突込みって……」
趙隊長の背後にいた警備隊員達が凹む瑠奈に同情してヒソヒソと呟きながら趙隊長に冷たいまなざしを向けていく。
「おいっ!その流れは違うだろうっ!」
予想だにしていなかった部下の掌返しに慌てる趙。
「隊長さんは瑠奈の自信作に乗ってくれないんスか?」
床にペタンと膝をついて上目遣いで趙を見つめる瑠奈。
「……ええいっ!わかったよ!ヘリもどきに乗ってやるぞ!」
やけくそ気味に応える趙。
「さすがっス!隊長さん偉いっス!」
泣いたカラスがどこへやら、ニパッと笑みに切り替えた瑠奈が趙に満面の笑みを向ける。
「やれやれ。すっかり幼女に言いくるめられてしまうとは……」
してやられたと悔しげな顔をしながら、メガ・ガンシップに一人乗り込む趙。
「操縦方法は簡単っス!操縦桿を手前に引くと上昇、倒すと下降、左右は旋回するっス!」
簡単に説明する瑠奈。
『簡単だな。ゲームセンターの筐体と大して変わりないな―――』
ホッとして操縦かんを手前に引く趙。
―――――――――ズドムッ!!
機体両側に備え付けらえた下向きのジェットエンジンから轟音が鳴り響き、またしても格納庫の屋根を突き破って赤く白み始めた夜空高く上昇していくメガ・ガンシップ。
「……あ。またやっちゃった」「隊長油断したんじゃね?」
再び呆然とそれを眺める部下の警備隊員達。
「……うーん。やはり地球モードは反応良すぎっス。惑星磁場反応ハイブリッドエンジンは火星向けに改良が必要っスね!」
ふむふむと頷きながら、手元のタブレット端末に何やら入力していく瑠奈。
『……グッ!それさっきと同じパターンだろうっ!』
通信機からは、加速と共に増大するGに耐えながら根性を振り絞り律儀に突っ込む趙の声が虚しく聞こえてくるのだった。
20分後、死にもの狂いで操縦技術を身体で覚え込んだ趙隊長がメガ・ガンシップを乗りこなすのだった。
メガ・ガンシップ操作に慣れた趙隊長は、兵装を試すべく機体上下に装備していた16連装ロケットランチャーを試射したのだがロケットランチャーだと思っていたものは火星惑星磁場エネルギーを光子変換した荷電粒子砲だった。
光子変換荷電粒子砲は、強大な威力でウラニクス湖周囲にそびえる外縁山を一部噴き飛ばし、突如山体が吹き飛ぶ様を目撃した劉市長を始めとするウラニクス市民は一時パニック状態となり、ディアナ号に問い合わせが殺到した。
ディアナ号にいた大月家一行が瑠奈共々関係者一同に土下座する羽目になってしまったのは別の話である。




