オムレツと苺ムース【後編】
2026年(令和8年)11月25日【火星アルテミュア大陸中央部 裏人類都市『ウラニクス』ターミナル ディアナ号 食堂】
ひかり謹製ニューガリア産地鶏卵を使った特製具だくさんオムレツをメインディッシュに、大月家と岬渚紗、琴乃羽美鶴、ロンバルト・アッテンボロー博士が加わった和やかな食事タイムのディアナ号食堂。
美衣子、結、瑠奈のマルス人三姉妹はオムレツをおかわりしたにもかかわらず完食し、既にデザートの苺ムースにスプーンを突き立てていた。
このムースで使われた苺は、ニューガリア郊外の農園で日本国政府の農業支援を受けて栽培された品種”とちおとめVer3”である。
「……はぅっ!?」
和やかにオムレツや苺ムースに皆が舌鼓を打つ中、突然とろとろオムレツを木匙で掬い上げようとした満がそのままの姿勢で固まる。
「どうしたんですか?社長?」
目の前で動きの固まった満に、琴乃羽が声を掛ける。
「い、いやぁ、何でもない……よ?」
口元を引き攣らせて応える満だが、視線は木匙で掬い上げた、とある野菜に固定されたままであり、額には既に冷や汗が滲みだしている。
「……タマネギ」
「うっ!!」
満の左隣に座る美衣子が、満の手元を見ると全てを悟ったようにボソリと呟き、満が身体をビクッと震わせる。
「んん~?どうしたのですかぁ、あなた……」
満の右隣に座るひかりが挙動不審な満に気付き、訝し気に目を若干細める。
ひかりの視線に素早く反応した満は、条件反射的に固まった状態を脱すると、木匙に掬い上げたオムレツを無理矢理口に押し込み、コーンポタージュスープと共に一気に飲み下す。
「……まぁ、いいでしょう」
ひかりは小さく苦笑すると満から視線を外し、食事を再開する。
再び暖かな家族団欒が再開されたディアナ号食堂。
「お父さん、グッジョブ」
親指を立てて満を讃える美衣子。
「ふぃ~」
ほっと一息をついて額の汗を拭う仕草をする満。
「いい加減、慣れて欲しいところですけれど。最初の頃と違って、玉ねぎを見るなり食卓から全力で逃げ出さないだけ大進歩な訳ですけれどねぇ……」
オーバーリアクション気味な満をやや不満そうに見るひかり。
「……むぐっ。
コホン!そ、それでアッテンボロー博士。ウラニクス湖探索は如何でしたか?何か掴めましたか?」
これ以上玉ねぎトークで弄られる事に、本能的な危機感を覚えた満が、強引に話を切り換える。
「……湖底の放射線濃度は地上の150倍でした。湖に生物は存在していません。過酷な地上に比べ、豊富な水分があるのにも関わらず生物が居ないのは、やはり放射能汚染が原因かと思われます」
「ウラニクスの湖は思った以上に深かったわ……地球シベリアのバイカル湖と同じ1700mを少し超えたぐらいで湖底に到達したわ」
美衣子とアッテンボロー博士がそれぞれ報告する。
「水深1700m!?深っ!ネッシーでも居そうですね」
思わず呟く琴乃羽。
「良く分からないけど、そんなに深いものですかぁ?」
首を傾げるひかり。
「琵琶湖でせいぜい100m少し超えるぐらい、ネス湖で230mだから桁違いに深いのは確かですね」
岬が説明する。
「それで、放射能の出処は分かったかな?」
満が訊く。
「いいえ。湖底に旧ソ連時代の探査船が沈んでいるのではないか?と思い捜索しましたが、それらしい物は見当たりませんでしたね」
首を横に振るアッテンボロー博士。
「……だけど、北側の湖底に小さな洞窟の様なものが有ったわ。夕ご飯前だったから調査せずにスルーしたけれど」
美衣子が付け加える。
「湖底の放射能濃度が最も高い所は、その洞窟周辺でした」
補足するアッテンボロー博士。
「……洞窟ですか。ウラニクス火山のマグマの通り道でしょうかね?」
「地上の地形を見るに、この地域一帯がカルデラ台地となっていますから、余程大きなマグマの通り道じゃないと説明がつきませんが、その洞窟の規模は?」
「入り口だけだと、だいたい3m程よ。一つ付け加えると、割と新しく出来た感じ。侵食や地殻変動による自然形成では無いと思うわ」
満と岬の疑問に美衣子が答える。
「……怪しい。真実は底にあるっ!!」
琴乃羽が席から立ちあがると、ビシッとコ〇ン君ばりセリフを決めて美衣子に指を突き付ける。
「……うんうん。みんな気付いてるから。ありがとう、美鶴」
生温かく優しい眼差しで琴乃羽の肩を叩いて着席を促す岬。
「くっ!」
自らの振る舞いに堪れなくなった琴乃羽が赤面して着席する。
「じゃあ、その洞窟の先がどこまで続いているのか探索するしかないですね」
「うんうん。そういうことだから明日からよろしくお願いしますね。美鶴さん?」
にこやかに琴乃羽に白羽の矢を立てる満とひかり。
「……お、おぅ。……分かりました」
「私はマドモアゼル琴乃羽のサポートに付きましょう」
素になって承諾する琴乃羽と、手伝いを申し出るアッテンボロー博士。
「私は結とウラニクス湖の放射能濃度を少なくする方法を試してみるわ。この放射能濃度が続くと、街の住人は永く生きられないから」
美衣子が結の手を取って満に告げる。
「分かった。頼むね、美衣子、結」
満が美衣子と結に頼むと、分かりましたと言わんばかりに満の背中にしがみつく美衣子と結。
「日本列島と違い、過酷な火星大地に直接接しているウラニクスの人が生き延びるには、出来るだけ健康になって欲しいと思うんです。
ですから岬さんには、美衣子達と連絡を取り合いながら放射能障害に対する治療法の研究をお願したいのです。
……私がワームに襲われた際の長期治療、琴乃羽さんが溶けてしまった後の治療とリハビリを生かしてくれればと思っているのだけど……どうかな?」
岬に対し、満はハッキリと指示を出しつつ、最後は躊躇いがち声を掛ける。
「……ほぅ。今まで社長がはっきりと美鶴や私を指定してお願いする事は滅多に無かったですから、嬉しいですね。喜んでお手伝いさせていただきますね!」
一瞬キョトンとして食べかけの苺ムースを手に持ったまま静止したが、何かに気付いたのか快諾する岬。
「少し色々と吹っ切れてきたのですかねぇ……」
満の僅かに前向きな変化に目を細めて喜びながら呟くひかり。
「じゃあ、琴乃羽さんとアッテンボロー博士は湖底の洞窟調査、美衣子と結はウラニクス湖周辺に拡がる放射能除去の研究、岬さんは放射能障害治療研究、私とひかりはディアナ号でウラニクス山外周を探索しながら、巨大ワニの手掛かりと他に火星原住生物が居ないか調べてみよう」
食卓に座る一同を見回して満が今後の方針をまとめる。
「では、私はここまでの経緯と今後の方針についてニューガリアのジャンヌ首相に報告します。マドモアゼルひかりのオムレツと苺ムースはとてもトレビアンでした」
皆の報告を聴きながら、実はデザートの苺ムースまで完食していたアッテンボロー博士がひかりの料理を褒めたたえた後、自室へ向かう。
「……あの人、実は結構ちゃっかりしているよね」
アッテンボロー博士の姿が完全に見えなくなってからボソッと呟く満。
「ひかりの手料理が美味しいのだから、そうなるのは当たり前」「そうっス!」
苺ムースを食べながら結と瑠奈がひかりを褒める。
「ありがとう。それで、瑠奈も何かしたいのね?」
ひかりが、実は役割が決まっていなかった瑠奈に聞く。
「瑠奈だけ暇になってしまうっス!お役目プリーズっス!」
ムースを持ったまま、ひかりにしがみつく瑠奈。
「あらあら、まあまあ。そんなに必死にならなくてもいいのに。ここでのんびりしていてもいいのですよぅ?」
「無職ニートはいやでござるっス!」
宥めるひかりに懇願する瑠奈。
「うーん。じゃあ、瑠奈はウラニクス市を防衛する方法を考えてもらおうかな……」
満が瑠奈に提案する。
「そうね。瑠奈は地球でジョーンズ将軍やロイド提督と一緒に火星原住生物と戦っていたから、その辺の経験をウラニクスの人達に伝える事が出来るかもですねぇ」
ひかりが満の提案に賛成する。
「分かったっス!そうと決まれば格納庫で試作兵器の発明っス!」
残りのムースを一口で呑み込むと、席から立ち上がり嬉しそうに食堂から駆け出していく瑠奈だった。
「……大丈夫かな?地球で戦った記憶と共にワイズマン中佐の事、思い出さないかな?」
不安そうな満。
「分からないですけど、今は瑠奈ちゃんが自分からやりたがっている。そこは落ち込んでいた頃に比べたら、大きな進歩かも知れませんよぉ?」
瑠奈の変化を指摘するひかり。
「そうだね。瑠奈が動きたがっている事に心配して世話を焼くのは過保護かな。今度は私もひかりも傍で瑠奈を見て居られるから、何とかなる、かな?」
そう言うと、手元に残されていた苺ムースを一口食べてホッと息をつく満だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月 ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・琴乃羽 美鶴=言語学研究博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事サブカルチャー部門担当者。少し腐っているかも知れない。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国学芸庁火星生物対策班長。生物学博士。




