異星間ホームステイ【ゼイエスの場合】
2021年10月21日午前10時【東京都千代田区 北の丸公園 科学技術舘 会議場】
ゼイエスは、会議場に集まった各国の学者、科学者、研究者、各国政府科学部門職員等400人と討論、質疑応答に臨んでいた。
案の定、最初の質問は日本列島を火星へ転移させ、今も外界を遮断している現象についてだった。
『現在、日本列島周辺には800万余りの自律進化型生態環境保護育成端末が活動しています。普段はデータ収集のみですが、今回のような核攻撃による生態系全体を消滅させる事態に遭遇すると、自動的に火星へ"避難"するようにセットされていました』
ゼイエスが答える。
想像を超えたスケールに言葉を失う参加者。
ゼイエスの説明は続く。
『このシステム端末は日々各々が自律進化します。つまり、過去の人類の破滅的状況も学習し、経験として蓄積、共有しています。今回も然りです。ですから、今後このシステムがどの様な進化を遂げるか、誰にも分かりません。
もしかしたら、火星よりも安全な"何処か"を探し出して再び転移する可能性も捨てきれませんね』
ゼイエスの説明に、日本の科学者達からどよめきの声が上がる。
『しかし、1つだけ言える事があります。それは、内部の生態系は保護され続け、破滅的滅亡を免れる事が出来るという事です』
ゼイエスの解説は、あくまでも楽観的なものだった。
「我々はあなた方に創られ、手のひらで踊っているのですね?」
あごひげをサンタクロースのように蓄えた、極東ロシア連邦のロシア正教指導者が質問した。
『マルス・アカデミーは、原初の第3惑星に新たな生命を生み出しました。それは否定しません』
ゼイエスは研究者として明確に肯定した。
『しかし、生物の進化は司っていません。それは、皆様と私達の肌を比べると一目瞭然でしょう。
地球人類は哺乳類ですが、マルスの生態系では、魚類と節足動物、爬虫類が主流であり、爬虫類から我々に進化したのです。
我々は小さな切っ掛けを第3惑星に与えただけです。どの様な生物が台頭しようと、それに干渉はしていません』
納得しかねるのか、尚も言い募ろうとした宗教指導者を制し、司会を務める天草JAXA理事長が新たな質問者を指名する。
今はマルス人の責任問題を云々する場合ではないのだ。
「アッテンボロー博士、どうぞ」
「マルス人の寿命が大変長いのは何故でしょうか?」
ユーロピア自治区に所属する生物学者が質問した。
『第3惑星に比べ、第4惑星は寒冷で太陽光の恩恵が少ない環境です。
私達爬虫類の身体は一定温度を下回ると緩慢な動作になり、冬眠に近くなります。結果として、細胞活動時間が短くなり、劣化する速度も遅くなります。これが永年繰り返され、徐々に長命になっていったと思われます』
ゼイエスが答えた。
生物学者や医療関係者を中心に会場からどよめきの声が上がる。
「さぞかし宗教家や神による永遠の命や、天地創造を信じる人からしたら、天誅を下したい気分だろうな」
JAXA理事長の天草が醒めた眼で色めき立つ欧米出身の研究者達を見た。
宗教論争になる前に、話題の転換を試みる天草が自ら質問する。
「ゼイエス博士、先程の自律進化型生態環境保護育成システムですが、日本列島周辺の環境を制御する、800万の自律システム自体を思うがままに操る事は、マルス・アカデミーの技術では可能ではありませんか?」
『可能ではありますが、現実的ではありません」
目を瞑り、静かに首を横に振るゼイエス。
『自律システム、厳密に言えばナノマシーン?、と地球では言うのでしょうか。大きさは地球人の手のひらサイズです。それが800万個以上、日本列島周辺の岩盤深くに散らばっています。この広大な範囲を、地中深くまで届く停止信号を送ったところで、どれ程が反応するか?信号を免れたナノマシーンは他の機能停止したナノマシーンに再起動を促す設定をしています。また、広域にわたる強さを持つジャミングを使用すると、生物に悪影響が出る可能性が高くなります』
ゼイエスが心なしか、申し訳なさそうな顔をした。
次に、極東アメリカ合衆国の海洋生物学者が質問した。
「この第4惑星は日本列島が転移した事により、劇的な変化を遂げたと聞いていますが、どの程度まで環境変化が起きたのでしょうか?」
『周辺海域を含む日本列島全体という巨大質量が強力な電磁フィールドと重力波振動を伴って火星に転移した事により、火星のマグマは再活性化し僅か数ヵ月で呼吸可能な大気圏と微生物を多く含む、海洋を擁する惑星へと変貌するに至りました。
惑星大気圏を漂っていた大量の火山灰は、我々が惑星規模の電磁フィールドを、数度に渡り多重展開させて海中に溶かし込みました。結果、火山灰が海中で化学反応を起こし、有機質成分が発生しました。
故におそらく、地球人類の生存に耐えうる環境が誕生しました。
しかし一方で、古来よりマルスに棲息する生物が人類に危害を加える可能性もあるのです。火星の生態系は地球の其よりも、次元を超えたレベルで過酷ですので。 安全を確保する為に充分な調査が必要でしょう』
ゼイエスが答えると、火星に新天地が出来るかもしれないと知った欧米コミュニティ出身者を中心に騒然とした雰囲気になった。特に極東米露関係者は狂喜するのだった。
♰ ♰ ♰
会場の興奮を治める為に休憩が30分程取られた後、質問が再開された。
「我々より以前の古代地球文明はどこまで発展出来たのでしょうか?」
ユーロピアの宇宙考古学者が質問した。
『イワフネーーーこれは私達の第3惑星調査隊長ですが、彼らの記録よると-ーー具体的な名前は今は省きますが、一番発展した文明は、地球衛星軌道まで進出出来ました。
残念ながら地球人同士の争いにより、繁栄していた大地ごと、跡形も無く消え去りましたが。
いずれの歴代地球文明は、我々マルス人の発展スピードに比べ10倍は早く発展していました。気候や地殻を操り、マグマのエネルギーを転換させてレーザーや荷電粒子、特定の離れた場所の地殻を変動させる、そんなところですね』
ゼイエスが答えた。
『しかし、歴代人類は過ぎた力を手に入れると直ぐに行使したがりました。
原理の研究もせずに、物事の理も理解しないままにです。
我々はまず、力について研究し、原理、理を探します。それを理解してはじめて、応用に進むのです。
もちろん、長い年月がかかります。ですが我々は幸い寿命が1000万歳あります。試行錯誤した研究の繰り返しで、やっとここまでたどり着きました』
ゼイエスが言った。
「太陽系には他にも知的生命体は居るのでしょうか?」
ユーロピア自治区宇宙機関の職員が質問した。
『厳密に言えば、"生物"は各惑星に居ます。しかし、我々の様にコンタクトして会話が出来る存在には"今のところ"遭遇していませんね。』
ゼイエスが答えた。
「太陽系の外にはゼイエスさんのような文明は幾つも有るのでしょうか?」
天草が訊く。
『私達の母星があるプレアデス星団にはありません。宇宙は本当に広大で私達が知り得た範囲は、マルスからプレアデス星団までのごく僅かでしかありません』
マルス文明の利用するエネルギー源についても質問が行われた。
「マルス文明の高度な技術を支えるエネルギー源はどのようなものでしょうか?」
JAXAの琴乃羽美鶴が質問する。
ゼイエスは少し考えると説明を始めた。
『この宇宙空間は、様々な星から放出された様々な磁力線に満ちています。我々はこの磁力線を利用しているのです。
具体的な利用メカニズムですが、正三角形の立方体を作ると、立方体中心部にある種の磁場が発生します。この人工磁場で宇宙のあらゆる場所から放出される磁力線を取り込む事で、各種装置の動力源として使用しているのです。ちなみに、立方体の大きさによって得られるエネルギー量が変わります。
エジプト文明のピラミッドは、第3惑星座標で受ける宇宙磁力線を活用する実証研究施設でした。残念ながらラーマ王の時代に起きた戦乱で磁力線活用技術は失われてしまった様です』
地球の科学者達は唖然としながら聴いていた。
そして参加者は真剣に、ゼイエスの言葉の意味する事まで捉えようと、耳を傾けていた。
♰ ♰ ♰
科学技術館での質疑応答を終えたゼイエスは、厳重な警護のもと見学の為に新幹線に乗り、グランクラスの特注座席で快適な地上走行を満喫した。
ゼイエスは、窓に顔をピタリとくっつけて外の景色を夢中で見ていた。JRの車掌や警護のSPは、そんな彼を微笑ましく見ていた。
やがて満足したゼイエスは特注した座席に座り、背もたれに身体を預けると、満足そうに目を閉じて快適な旅行を楽しんだ。
同席した案内役のJRの技術系社員達とも気さくに話し合った。
「ほう、リニアが出来るのですか」
「はい、今は経済統制で物資が足りないので開業が少し遅れそうですがね」
社員が苦笑した。
「では、トンネル部分や、海中はハイパーループのチューブを応用してはいかがでしょうか?少なくともコンクリート等は必要ありません。強化樹脂と硝子の化合物でチューブを作れませんかねぇ」
ゼイエスが呟く。向かいで聞いていた数名の社員は慌ててメモを取りはじめた。
「チューブの中は超電導を発生させるレールが敷けませんけど、ハイパーループの原理で物体を移動させる事は出来ますね。問題は、レールの上に再びリニアが接続出来るかなんですよね。このホームステイ中に終われば良いのですが」
この発言を聞いた技術系社員は大喜びしたが、反対側の座席に座っていた各JRの社長は困惑してヒソヒソと打ち合わせを始めた。
ゼイエスの独り言は直ちに首相官邸に届けられ、澁澤総理と経産大臣、岩崎官房長官もノリノリで快諾した。
経産省から連絡を受けたJR各社長達は歓喜し、本気で実用実験場の手配を行った。
ゼイエスのホームステイ先は特別編成の列車を、東京~京都~名古屋~長野~金沢~秋田~函館~仙台~東京、と山手線の様に周回運行させて車輌はJR各社が用意した豪華寝台列車を日替りで利用する事になった。
ゼイエスは、『リニア・ハイパーループハイブリッド新幹線』の検証を各駅に隣接して作られた臨時研究所で行い、車輌の基本構造、材質のアイディアを技術系社員に提供し、社員はデザイナーや車両製作会社と打ち合わせを重ねて車輌案をゼイエスに確認してもらう手順を確立させた。
信号系統、保守管理系統、総合管制システム等で画期的なアイディアがゼイエス、JR各社連合から生まれることになる。
思いつきで発案したリニア・ハイパーループハイブリッド新幹線は、転移歴30年7月に開業した。
東京駅で行われたテープカット式典にゼイエスが招待されたのは言うまでもなく、テープカットを行った彼は満面の笑みだった。
ゼイエスが日本列島ホームステイ期間中に周回した路線は、『科学の路』と呼ばれ、鉄道ファンはもとより、理系学生の出世コースとして、タイアップした旅行会社が『聖地巡礼』と銘打ったツアーが組まれるなど、新たな観光資源の発掘に繋がるのだった。
ゼイエスは鉄道をこよなく愛するマルス人として、日本鉄道史に名前を残す事となる。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・ゼイエス=マルス人。アカデミー特殊宇宙生物理学研究所技術担当。
・天草 治郎=JAXA理事長。




