地底戦車
2026年(令和8年)11月25日【ディアナ号格納庫】
食堂で満とひかりが劉市長と会談していた頃、格納庫の片隅に在る鉛の板と薄い電磁シールドに囲まれた空間で、対化学兵器用防護衣を着た結と岬渚紗がウラニクスから届けられた品物を検査していた。
検査データは、操舵室で空気や土壌を分析している琴乃羽美鶴に送信されている。
「結さん。これは……」
甲高い警告音を発し続ける放射線測定用ガイガーカウンターを持ったまま、水の入ったポリタンク、積み上げられた野菜箱の前で立ち尽くす岬が結に声を掛ける。
隣で野菜箱に入っていたトマトを計測した結のガイガーカウンターからも激しい警告音が鳴り響く。
「……どれも放射能を帯びているわ。即死する程ではないけれど、放射性物質が蓄積する甲状腺や内臓からの出血、放射性白内障まで数年で発症するレベルの高い数値よ」
即座に携帯端末から放射能障害に関するデータベースを調べる結。
「じゃあ、ウラニクスの人達は……」
言葉を詰まらせる岬。
「……既に何らかの症状が出ていてもおかしくはないけれど、詳しいところは琴乃羽のデータ分析を見て判断するしかないわ。
……もうすぐ晩ご飯だというのに。せっかくの新鮮野菜の差し入れが使えないわ」
ひかりと満に麻婆茄子の他にナスとトマトのミートパスタを追加メニューでねだろうと企んでいた結は、残念そうに肩を落とすのだった。
† † †
劉との協議を終えた満は夕食の支度をするひかりと別れ、自室で日課となっていた地球人類による火星探査の歴史を調べつつ、息抜きに米ソの秘密兵器について記された記録を閲覧していた。
閲覧先は、ユーロピア共和国と英国連邦極東両政府が合同で管理する外交情報局のサーバーであり、火星転移前からファイブ・アイズと言われる米・英国連邦情報当局間で交換されていた軍事・政治の膨大な情報を満は閲覧していた。
「やはり、独創的で武骨な開発はソヴィエトの十八番だなぁ……」
自室のデスクトップ型パソコンに表示された白黒の写真の数々を見て独り呟く満。
そこへ、夕食の仕込みを終えたひかりが夫婦の部屋に入って来る。満の自室=大月夫妻の寝室である。
「また調べ物ですかぁ?」
ひかりが満の後ろに抱きつきがてら、満の端末画面を覗き込む。
「うーん。ちょっと……息抜きかな?」
苦笑する満。
「面白い画像ですね~」
ひかりが先端にドリルを着けた乗り物の画像を指差す。
「これは兵器の完成予想図です。確か、地底戦車ですね。昔から日独英露それぞれの国で構想や研究が進められていた様ですね」
満が説明する。
「地面に潜る戦車~!?」
驚いたひかりが素っ頓狂な声を上げる。
「搭載した原子炉で地面を溶かしながら掘り進み、敵陣奥深くまで進んで地下施設を攻撃する目的ですよ」
「ほぇ~。よくそんなこと思いつきますねぇ~」
満の答えを聞いたひかりが目を丸くする。
「まあ、技術的な問題点が多過ぎますし、そんな事をするよりも沢山のICBMで爆撃する方がコスト的に安いから、どの国も実用化せずに計画だけで終わった筈です。うーん、と」
そう言って両手を上げて伸びをする満。
「……お腹減りました」
「まったく~はいはい。準備出来ていますよぉ。今日はスペイン風オムレツです!今日は色々有ったし、皆で食べましょ!」
満に苦笑しながら、彼の手を引いて食堂へ向かうひかり。
地底戦車の事が妙に頭に引っかかるのを感じながらも、空腹に負けてひかりお手製のオムレツに想いを馳せてしまう満だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月 ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国学芸庁火星生物対策班長。生物学博士。
・劉 鍾馗=裏人類都市『ウラニクス』市長。元、中華人民共和国人民解放軍特務部大佐。




