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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 火星新大陸
267/462

潜航

挿絵(By みてみん)

2026年(令和8年)11月25日午後4時50分【火星アルテミュア大陸中央部 未確認都市外周ターミナル】


 ターミナルに着陸したディアナ号船内に案内された劉市長は、食堂で大月家一同と挨拶を交わした後、船長の満と副長のひかりに向き合った。

 単独で船内に案内した手前、満はひかり以外の同席はさせず武器も携帯しなかった。


「初めまして。ディアナ号船長の大月満です。

 まさか、こんなところに街が在るとは……驚きです」


 満が中国語で自己紹介の後に、そう言って驚いてみせる。


「私も空飛ぶ帆船を見る事になるとは……信じられませんよ。

 此処は、4年前に荒野を彷徨っていた私達が偶然に辿り着いた場所です。それから乏しい伝手を頼りに少しずつ開拓を進めてきたのです。

 それにしても、このような僻地に外の世界から大型輸送船で来る人が現れるとは……。

 おっと、初めまして。裏人類都市『ウラニクス』市長の劉 鍾馗(しょうき)です」


 迷彩色の軍服に身を包み、おどけた感じで満のリアクションに流暢な日本語と満と同じ言い回しで応えた後、表情をあらためてプロイセン式軍隊敬礼をする劉。

 

「……もしかしなくても、劉市長は軍人ご出身ですか?」


 おずおずと、背筋を伸ばして座る劉に尋ねる満。


「中華人民共和国駐日大使館付武官、人民解放軍第555特務部隊長の肩書きでした」


 満の目を真っ直ぐ見て隠す事無く、しっかりと答える劉。


「……そうでしたか。立ち入ったことを聞いてしまい、失礼しました」

「いえ。それで、大月船長は日本政府の偵察依頼で此方まで来られたのですか?」


 探るように尋ねる劉市長。


「いいえ。私達は西海岸に首都を置くユーロピア共和国ジャンヌ・シモン首相の依頼で火星原住生物調査の為に此処へ来ました。

 此処に来たのは、偶然です。とある火星原住生物を追跡していたらこの街の建物が遠くから視えたものですから」


 日本政府の依頼では無いと答え、ユーロピア共和国の依頼内容を説明する満。

 劉との会談前にアッテンボロー博士と依頼主と目的に対しどこまで説明するかの了承は終えている。


「この街は地形の為か、砂嵐に覆われている事が殆どです。ですから、遠くから街を見つける事は大変珍しいと思えるのです。

 それにしても……火星原住生物ですか。この街が出来る4年前からこの地で見かけた原住生物は、DBデビルボールと呼ばれる巨大なダンゴムシの集団だけですね。この近くに巣が在りますよ」


 そう言うと、四年前の出来事を思い出して顔を顰める劉。


「その巣は私達も来る途中に確認しました。昼間はじっと丸まっているのですかね?」


 劉の顔色の変化を窺いながら応じる満。


「普段からじっと丸まっているのですが、近くに温かい物があると、生物だと認識して襲ってきます。

 火星原住生物と言えば、巨大ワームとサソリモドキ、大トカゲ位では?ご家族のマルス人から開示されている筈でしょう?」

首を傾げる劉。


「マルス・アカデミーから開示は受けていましたが、”新種”がニューガリアを襲撃したのです。その新種が東の荒野へ姿を消したので、マルス・アカデミーの協力も得て追跡調査をしているのです」

説明する満。


「そうでしたか……。新種とはどの様な生き物か教えて頂けませんでしょうか?こちらとしても、協力するのにやぶさかではありませんので」


「分かりました。では、この映像をご覧下さい。火星巨大ワニによるニューガリア襲撃の様子です」


 劉の求めに応じた満は、ニューガリア東部近郊で起きた防衛戦の一部始終を劉に見せるのだった。


          †          †          †


 満からニューガリア防衛戦の映像を見せられた劉は衝撃を受け、ウラニクスを拠点とした調査活動の許可と協力を約束した。


「調査許可ありがとうございます。私達は付近の荒野を探索するのですが、此処の湖も一度調べさせていただいてもよろしいでしょうか?水は生命の源です。火星原住生物研究に何かしらヒントが有るかも知れません」


 美衣子から頼まれていた湖の調査許可を求める満。


「別に構いませんよ。ただ、この湖は私が偶然辿りついた場所に在った昔のソヴィエト時代の探査機が造り出したと思いますよ。水とコケを生み出していましたからね」


 特に気にすることなく許可を出す劉。彼にしてみれば、荒野に潜むデビルボール以上に脅威と思われる巨大ワニの捜索に専念して欲しいと内心思っており、人造湖だから大した結果は出ないだろうと考えている。


 格納庫で待機していた美衣子は、満から劉市長の許可を得たと連絡を受けるやいなや、アダムスキー型連絡挺にアッテンボローを引きずり込むと、ディアナ号から発信してウラニクス郊外のカルデラ湖へ向かうのだった。


 カルデラ湖の水面すれすれに滞空するアダムスキー型連絡挺から、湖水の成分分析を行う美衣子。


「鉄分の多さは陸と変わらずね。だけど、この放射性物質の多さは何かしら?」


 分析結果を示すモニターを視ながら呟く美衣子。


「旧ソヴィエトの探査機の原子炉から漏れたものでは?チェルノブイリの事もありますし、大雑把な技術開発を行った共産主義国にありがちな欠陥では?」


 モニターを視ながらアッテンボローが皮肉交じりに指摘する。


「たかだか小型探査機に搭載された程度に過ぎない小型原子炉では、これ程の放射性物質を放出するとは思えないわ。

 火星の地層にウランに似た何かが有るのかも知れない。湖の底に行って調べないとダメね」


 美衣子が操縦桿を押し倒すと、滞空していたアダムスキー型連絡挺は機体を下へ傾けて、ザブンと透明な湖に潜り込む。


 上空から見たのと同じくらいに明るい水色の湖水は澄んでいるが、回遊魚を始めとした動物は一切見かけない。


「水温2度。真冬のオホーツク海と同じくらい冷たいわね。アッテンボロー、寒いからエアコン入れて頂戴」


 センサーと外部モニターを視たまま、腕を擦る美衣子が寒さを訴える。

 アダムスキー型連絡艇の中も徐々に吐く息が白くなってきたので、アッテンボローがエアコンの温度設定を暖房に切り替える。


「冷たいが故に透明度も高い。堆積したヘドロで視界が遮られる事もない。この湖は誕生して日が浅いですね」


 連絡艇内に暖かい空気が流れ込むのを感じながら、興味津々と外の光景を映すモニターに目を奪われるアッテンボロー博士。


「透明度が高いと言っても、深く潜るのだから視界は暗くなる。レーザー発光システム稼働」


 美衣子が制御卓を操作すると、アダムスキー型連絡艇を覆う緑色シールドの輝きが増して周囲の湖水を照らし出す。


「……水深200m。まだ湖底まで1500メートル……思ったよりも深いわね。深くなるにしたがって少しずつだけど、放射能物質の濃度が高まっているわ」


 水中レーダーで湖底を調べる美衣子が呟く。アッテンボローの近くに在る放射能測定器の反応音が徐々に増していく。


「火星最深と言われるマリネリス海溝は3000メートルです。火星の質量が地球の半分程度ということを考えると、小規模火山だったウラニクス山規模で1500メートルの深さは不釣り合いですね。

 水深が深い為に水圧で放射性物質が抑え込まれているから、底へ近づくにつれ徐々に放射能濃度が高まるのかも知れません」


 アッテンボローが顎を擦りながら考え込む。


「やはり湖底地形に手がかりが有るわね。晩ご飯の時間に遅れそうだから、一気に行くわ」


 夕ご飯の麻婆茄子が脳裏にちらつく美衣子の瞳がキリッとする。


「……そこは調査を優先して欲しいところですが。このまま潜っても水圧に連絡艇は耐えられるのですかね?」


 呆れた様に小さく呟いたアッテンボローの言葉は美衣子には届かなかった。


 美衣子が操縦桿をグッと押し込むと、アダムスキー型連絡挺は漆黒の闇の中、速度を上げて湖底へと潜航して行く。


          †          †          †


「大月船長。ウラニクス市は火星原住生物調査に協力しましょう。この地で生き残るにはそれしかなさそうだ。

 その代わり、この街の事はどうか他言無用にお願いします。ウラニクスは日本国にも他国にも敵対するつもりは有りませんので、どうか」


 劉市長が満に頼み込む。


「わかりました劉市長。私達からウラニクスの事を公言して広める事は有りません。

 ……ですが、ターミナルには外から来た乗り物が沢山置かれている様に思えるのですが?」


 満が首を傾げて訊く。


「彼らは日本列島や火星各地に住む”裏側の人間”です。

 来る者拒まず、彼らを受け入れて我々が生産する鉱物資源や農作物を物々交換で彼らに渡しています。物々交換と言っても、物以外、色々な情報も彼らから仕入れているのです」

劉が答える。


「彼らとしても、いざというときの避難場所、人員の訓練所、単純に居場所が無いからと流れ着く方も居ますがね。

 火星に転移した日本列島の人々は地球で大変動に見舞われた人に比べると、ある意味新世界に挑める明るい気持ちでポジティブに生きられるかも知れません。ですが、世の中にはそうした流れについていけない、昔からの生き方を崩されたくない人も少なからず居るのです。

 日本列島に居場所が無くなった人が此処に流れ着くのは、ある意味自然な成行きかも知れませんがね」


 肩を竦めた劉は自嘲気味に説明するのだった。


 満との協議を終えた劉は、お近づきのしるしとして、ウラニクス産農作物と飲料水を部下を通じて届けるのだった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月 満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。

・大月 ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーターさち様です。


・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国学芸庁火星生物対策班長。生物学博士。

・劉 鍾馗(しょうき)=裏人類都市『ウラニクス』市長。元、中華人民共和国人民解放軍特務部大佐。

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