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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 火星新大陸
264/462

スパルタ

2026年(令和8年)11月25日午後3時30分【火星アルテミュア大陸中央部 ウラニウス山カルデラ盆地 外輪山付近】


 15分前に船首で見張りをしていた琴乃羽美鶴が発見した"街"に向けゆっくりと航行していたディアナ号だったが、ディアナ号の進路上にある街から数発の信号弾が打ち上げられたためその場で停止していた。


 ディアナ号が停船してしばらく後、ポンチョに身を包んだ数名の男性を乗せた年代物のジープが街を出てディアナ号に近付くと、船首付近で待機していた琴乃羽と瑠奈に何事かを話し掛ける。


「それにしても彼らのジープや装備品は一昔前の物に見えますね……」


 船外モニターに映る男性達が被るお椀型をした鉄製ヘルメットや、背中に背負った旧式バズーカ砲、赤い星の印されたジープに目を留めた満が呟く。


「火星に水と空気が復活したのは私達が此処へ跳ばされてからだから、数年しか経っていない筈ですけどねぇ……」


 頬に手を添えて首を傾げて考え込むひかり。


「それならば、衛星フォボスや衛星ダイモスの宇宙基地や新しく打ち上げた人工衛星から見つけても良さそうなんだけど」


 うーむと腕組みして考え込む満。


「お父さんが思うほど、地球人類は今の火星について物知りでは無いと言う事よ」


 チッチッチッと人差し指を振って満の考えを否定する美衣子。


「そうなんですか?今でも種子島からは毎週何かしら打ち上げていたと思いますが?」

首を捻る岬渚紗。


「それは、あくまでも宇宙輸送用コンテナと往復シャトルの打ち上げが目立っているだけです。

 実際は、衛星軌道から火星地上を探査する専用衛星は皆無。そして、衛星軌道上の宇宙基地はそもそも、地球から来襲した"アース・ガルディア艦隊"に備えた間に合わせの即席施設だったのですから、詳細な地上解析までは出来ないのです」


状況を説明するアッテンボロー博士。


「日本列島の通信・エネルギー供給、物流を安定させる為に今も衛星は打ち上げられているけれど、純粋な学術研究目的の衛星はまだ打ち上げられていないのが現実。

 "澁澤"の時は文部科学相が準備を進めていたけれど、我妻へ政権交代したその後の"事業仕分け"で計上した予算が地球復興予算に振り向けられた結果、火星探査衛星の計画は破棄されたわ」


 美衣子が続いて説明する。


「ニューガリアを発つ直前に衛星フォボスのダンケルク宇宙基地が撮影した地上映像は、やはり解像度が2m~3mと低いものでした」


 アッテンボロー博士が付け加える。


「中国のGPS衛星『北斗』並ですね」


 やれやれと肩を竦める岬。



 艦橋で美衣子達による火星日本国の宇宙探査事情について話している間に、船外では琴乃羽達と街の住人の話が纏まったらしく、連絡が入る。


『大月さん。彼らは前方に見える街の警備隊でした。話を聴きたいので、郊外のターミナルまで誘導すると言っています』


 琴乃羽が報告している間に、街から飛び立った武装ヘリコプター1機がディアナ号の船首を掠める様に横切ると、郊外へ向け飛んでいく。


 ずんぐりむっくりとした実用一辺倒な機体をしたヘリコプターには、短い両翼に対戦車ミサイルとロケットランチャーが装備されており、砂漠迷彩色に塗られた機体には、ソヴィエト・ロシア軍表記を表す赤い星のエンブレムがうっすらと消しきれずに残されていた。


「……アレに従えと言う事か。美衣子、進行よろしく」


 満はディアナ号の前進を美衣子に指示すると、眼前に広がる街並みに目を凝らすのだった。


          ♰          ♰          ♰


 警備隊ヘリに誘導されて、ウラニクス山カルデラ盆地に広がる街の外周を廻るディアナ号。


街の外周に広がる畑で作業をしていた農夫達が、驚いた顔で此方を見上げている。船外モニターから見える農夫達は驚いているが恐慌をきたす事は無く、どちらかと言えば、興味津々と観察している者が多いように満には見えた。


「おっ?あれはロシア自慢のロケット砲の『カチューシャ』じゃないか。……隣はS300対空ミサイルシステム。……こんな辺鄙な地にしては品揃えが良いですね」


 満の隣で街並みを興味深く見ていたアッテンボロー博士が唸る様に呟く。


「あらあらまぁまぁ。博士は軍事にもお詳しいのですね」


 ひかりが博士を持ち上げる。


「それほどでもありません。日本列島を遠く離れたアルテミュア大陸で行うフィールドワークは、どんな火星原住生物が襲って来るか分かりませんから、共和国が手配したPMC(民間軍事企業)を護衛に付けて貰っているのです。彼らの装備に常日頃囲まれて居れば、自然とね」


 謙遜しながらひかりに答えるアッテンボロー。


「機会は少なかったのですが、ロシア製武器を装備した護衛も居ましたね。殆んどが東海岸の人類都市『ボレアリフ』を活動拠点として居ましたね」


 モニターを拡大して、街の各所に配置している各種兵器をピックアップして記録していくアッテンボロー。


「ボレアリフは、シャドウ・マルスの福音攻撃で住民の大半が溶解して樹木化したと聞いてきます。生き残りが居たのですね」

満が頷く。


「……ユニオンシティを構成していた半分は、極東ロシア連邦でしたからね。

 択捉島在住ロシア人が、イスラエル連邦内のロシア系ユダヤ人から支援を受けて復興の為に入っていると聞いています」

アッテンボローが説明する。


「ではこの武器はボレアリフから来たと……。ですが、町並みの看板や標識は中国語が多いように思いますね。ロシア語や英語が堪能な中国人が集まっているのでしょうかねぇ?」

首を捻る岬。


「中国軍の装備は、大半がソ連製武器のコピーですから。構造の似通ったロシア製武器の方が、彼らにとって馴染み易かったのかも知れませんね」


 肩を竦めて答えるアッテンボロー。


「……それにしても、この街は日本列島と違って太陽光発電のパネルが見当たりませんね。エネルギーは何処から調達しているのでしょうか?」


 首を傾げるひかり。


「プラントらしき所から黒い煙が上がっているわけでもないな……。地熱発電ですかな?」


 タブレットで調べながら考察を進める満。


「原発とか?」

岬が呟く。


「地上観測センサーには''そこまで強い''放射線は観測されていないわ。少なくとも、地球人類の原発では無いわ」


 ひかりの呟きに反応した美衣子が制御卓を操作して答える。


「う~ん。後で街の人に聞けたら聞いてみよう。……あれがターミナルかな」

前を向いた満が判断する。


 眼前の街についてあれこれ話している内に、ディアナ号は外周に在るターミナルに到着した。


 ターミナルはちょっとした陸上競技場程の大きさで舗装されており、格納庫や倉庫らしき物が隣接して建ち並んでいる。

 ディアナ号は、ヘリコプターやWB21空中砲台が並ぶターミナル端に着陸した。


 街の何処かへ案内されるのだろうと思って準備し始めた満達だったが、予想に反して街の代表者がディアナ号船内での面会を希望した為、滅多に使われる事の無い食堂で市長を迎え入れる準備に奔走するのだった。


「あなた。そこのソファーもお願いしますね」


 簡易厨房に籠ってカボチャポタージュ作りに忙しいひかりが、満に応接セット作りを指示している。


 料理が得意ではなく、腰を落ち着けた所で名案が浮かぶ賢い人では無い事を自覚する満は、身体を動かす事にしている。


「あの……美衣子さん?ソファーのこっち側を持ってくれると嬉しいのだけど?」


 堀炬燵の側にデンと置かれていた、ジャンヌ・シモン首相から差し入れられた、重いロココ調の豪勢なソファーを持ち上げようと悪戦苦闘する満が、涼しい顔でタブレットを操る美衣子に助けを求める。


「火事場の馬鹿力と言う言葉を知ってる?お父さん」


 無表情の美衣子が、トテトテ歩み寄ると満に問い掛ける。


「え?知ってるけれど?」

キョトンとする満。


「そう。じゃあ、そう言う事だから」


 満の肩を励ますようにポンと叩くと、簡易厨房でポタージュ作りに勤しむひかりの元へトコトコと歩み去る美衣子。


「そんなぁ~。ちょっと待って美衣子~」


 情けない声を上げつつもソファーを根性で背中に背負い、えっちらおっちらエレベーターに乗り込む満だった。


「……これで言い感じに肩の力が抜けて、相手とお話出来ますねぇ」


 喘ぎながらソファーを担いだ満がエレベーターに乗った事を確認すると、小さく息を吐くひかり。


「……ひかりは時々スパルタ。お父さんが少し可哀想かも」


 後ろめたそうな顔でひかりを見つめる美衣子。


「その気持ちが有るなら、今美衣子が出来る事をやらなくちゃですよ?」


 美衣子の肩を励ますように叩くひかり。


「わかってる。あの街と周辺の調査ね。いくら何でも相当に恵まれた条件で無い限り、あの街の存在はあり得ない。

 そう言う事でしょ?……アッテンボローと外に出るわ。ひかりは、お父さんと市長の応対時に此方が出掛ける機会を作ってね?

 アッテンボロー、お待ちかねフィールドワークの時間よ」


「ぐぇぇ……」


 甘える様にひかりにしがみついた後、美衣子はアッテンボローの首根っこを引きずって格納庫へ移動するのだった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月 満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。

・大月 ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーターさち様です。


・琴乃羽 美鶴=言語学研究博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事サブカルチャー部門担当者。少し腐っているかも知れない。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター さち 様です。


・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国学芸庁火星生物対策班長。生物学博士。

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