未確認都市
2026年(令和8年)11月27日午前9時20分【火星アルテミュア大陸西海岸 人類都市『ニューガリア』】
在留邦人最後の避難民を乗せた日本国政府チャーター機が滑走路から飛び立つと、遥か東(極東)に位置する火星日本列島へと避難していく。
滑走路の両端でチャーター機を護衛していた自衛隊パワードスーツ部隊も、持ち場を離れてC-2輸送機脇に移動していく。
チャーター機と共に飛来した航空自衛隊C2輸送機からは、日本赤十字社の人道支援物資である食料や医薬品が同乗してきたボランティアによって積み下ろしされており、持ち場を離れたパワードスーツ部隊がユーロピア共和国防衛部隊の誘導により、支援物資を空港格納庫に隣接する倉庫へと搬入している。
30分程で積み下ろしと倉庫への搬入を済ませた自衛隊パワードスーツ部隊とボランティアは、同行マスコミと思われるカメラマンによる記念撮影を済ませた後、速やかにC2輸送機に乗り込むと、空港まで見送りと物資受け取りに来ていたジャンヌ・シモン首相やクロエ・シモン首相補佐官らに挨拶する事無く、日本列島へと帰還していく。
入れ替わりに、一角獣の様な巨大な通信アンテナと6枚のプロペラエンジンが特徴的な、英国連邦極東軍のエアバスA400M輸送機が次々と飛来して着陸し、後部ハッチからSAS(空軍特殊部隊)やパワードスーツ部隊(1個小隊)が降りるなり、そのまま東部郊外の防衛陣地へと向かっていく。
その上空を、輸送機と共に飛来したタイフーン戦闘機編隊が挨拶するかの様に1周して東部郊外へ飛び去っていく。
地上に轟音を響かせて飛び去るタイフーン戦闘機編隊と、隊列を組んで颯爽と移動する英国連邦極東軍部隊に向けて、空港に詰めかけたニューガリア市民から拍手喝采が沸き起こる。
「……ここまで露骨だと、誰が味方か否か、はっきりとするわね」
空港ビル展望台で拍手喝采を送り続ける市民の最前列で、パイロットスーツを着たジャンヌ首相が部隊に感謝の念を込めた敬礼を送りながら、傍らで苦虫を噛み潰した様な表情のクロエ・シモン首相補佐官に話しかける。
「……そうですね。日本国との一部始終はこちらの公共放送(ユーロピア2チャンネル)で生中継していましたから。肩透かしを食らった実況アナウンサーは、コメントに苦労した事でしょうね」
苦笑して肩を竦めるクロエ。
「この後は、日本国の代わりに航空貨物や郵便を積んだ台湾自治区の旅客機が到着する予定です。MCDA締結は我が国にとってギリギリのタイミングでした。
……後は、巨大ワニの消息が掴めるか否かにかかっています」
数分前に衛星フォボスに在るダンケルク宇宙基地が撮影した、アルテミュア大陸中央部の写真をジャンヌ首相に渡しながら、クロエが予定を説明していく。
「……うーん。殆どが荒野で地上生息域の判別は不可能に近いわね。
アルテミュア大陸に人類が拠点を築いたのは、まだほんの少しだけ。大部分が未踏の地だからやむを得ないか……。
アッテンボロー博士と大月家一行の捜索に期待するしかないけれど、私達も出来る事は全てやりましょう」
そう言って衛星写真をクロエに返すと、パイロットスーツのジッパーを絞めてヘルメットを抱えたジャンヌは、滑走路に待機している偵察型ラファール戦闘機へ向かって駆けていくのだった。
♰ ♰ ♰
――――――同日午後【火星アルテミュア大陸 中央部ケラウニクス地溝帯から東へ15kmの地点】
砂嵐が治まり、琴乃羽が探知した建造物らしき物を目指すディアナ号は、ケラウニクス地溝帯を抜けると、地上20mの低空をゆっくりと進んで行く。
途中、体長1m程のダンゴムシに似た生物が、巨大な煙突の様な岩石にびっしりと密集している光景に遭遇したが、ディアナ号が接近しても反応が見られなかった為、位置の記録と撮影だけに留め、琴乃羽が探知したという人工建造物を見つけるべく先を急いでいた。
「……先ほどの生物以外に大型生命体の反応は無し。金属反応も微弱で人工物は近くにないわ」
艦橋の制御卓で地上探査レーダーを操作する結。
「お父さん。この姿勢制御で航行出来るのはあと30分。木星大気圏降下用に溜めていた磁場反転エネルギーの消耗が激しいわ」
ディアナ号の操舵を担当する美衣子が、制御モニターの数値を確認すると満に告げる。
「仕方ないよ。もともと地球型惑星での運用を想定していなかったから当然だよね。
……あと20分で見つからなければ着陸して、惑星からの磁場エネルギー吸収も兼ねて一晩明かすしかないね」
そう判断した満は艦橋に居る全員に指示を出すと、船長席でタブレット端末を操作して人類が過去に行った火星探査に関する資料を読み始めるのだった。
さらに荒野を15分ほど航行して小規模な丘を越えると、船首甲板で見張りをしていた琴乃羽美鶴から連絡が入る。
『何か匂うっ!これは……草の匂いね!私が見付けたドームの方向からよ!』
いきなりの人外じみた報告に、艦橋に居た皆が困惑する。
「へぇ……。琴乃羽さんって匂いに敏感だったんですね」
困惑しつつも満が感心する。
『だんだん強くなっている。はっ!今度は、肉まんの匂いっ……じゅるりっ!』
報告の最後に涎を啜らせた音を混じらせる琴乃羽。
「瑠奈!状況報告」
見かねた満が、琴乃羽の隣で見張りに立っていた瑠奈に報告を促す。
『肉まんじゃないっス!これは焼売っス!多分豚肉入りのやつ!じゅるりっ!』
「お前もか瑠奈……」
琴乃羽をさらに拗らせた報告をしてきた瑠奈に、頭を抱える満。
「……お父さん。私は瑠奈の方が正しいと思うの、あれは豚肉入りの奴ね。崎陽軒で売っているやつに似ている気がする」
唐突に、結が満の方に向き直る。
「えっ崎陽軒!?結までどうしちゃったの?ホームシック!?」
混乱する満。
「私は豚まんだと確信している事を宣言するわ」
美衣子が、とてとてと満の前まで歩いていくと胸を張って宣言する。
「どうしちゃったの!?みんな」
思わずその場で立ちあがる満。
「……だって、ねぇ。あなた、前方をよーく見て下さいね!」
テンパってきた満に苦笑したひかりが、前方を指さす。
丘を越えて視界が開けたディアナ号の前方5km程に、湖を中心に緑が広がった草原と整然と区画割りのされた農地、明らかに燃料タンクや煙突等工業プラントと思われる施設と、ドーム型建造物を中心に広がる街の姿が現れるのだった。
「アッテンボロー博士……この場所は一体?」
予想だにしていなかった光景を目にして、声を掠れさせながら訊く満。
「……分かりません。
少なくとも我が国は、あの街の存在を確認していません」
手元のタブレット端末から目を離すと、艦橋の窓際に近付いて農場と街に目を瞠り、何度も額に手をやって、目頭を押さえて落ち着かせようとする仕草を繰り返すアッテンボロー博士。
『……都市伝説は正しかった!』
感無量の琴乃羽。
「なっ!?そんな馬鹿な……。
日本列島諸国の支援無くして、ここまでの規模を誇る人類居住区など築ける筈が無いのに!」
岬も驚愕する。
艦橋の皆が驚く中、ディアナ号は速度を落としてゆっくりと街に近付いていくのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月 ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・琴乃羽 美鶴=言語学研究博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事サブカルチャー部門担当者。少し腐っているかも知れない。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。戦闘機も操る。
*イラストは、イラストレーター七七七様です。
・クロエ・シモン=ユーロピア共和国首相補佐官。妹のジャンヌ・シモンはユーロピア共和国首相。
*イラストは、イラストレーター七七七様です。
・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国学芸庁火星生物対策班長。生物学博士。




