夢想
【火星から1800万Kmの宇宙空間】
我妻首相を始めとする地球訪問団を乗せたマルス・アカデミー製の中型シャトルは、火星と地球を結ぶ中継拠点の一つである、航行誘導ビーコンを通過していた。
火星日本列島を出発して1週間が経過しようとしていた。
地球と火星を往復する宇宙船乗組員の間で"宇宙灯台"とも呼ばれる航行誘導ビーコンは、マルス人三姉妹の結が地球で欧州避難民を救出して火星へ帰還する際、地球と往復する為の宇宙航路用として設置したものである。
直径20m程の深緑色をしたモノリスは、月面から火星に至るまでの公転軌道900万km毎に設置されており、900万kmの範囲で自らの位置と前後するモノリスの位置情報を常時発信している他、火星・地球双方の通信をリレー送信している。
このモノリスの位置発信と通信サポートにより、地球人類製の宇宙船を地上で常時管制する必要が無くなり、宇宙航行は人類にとって必要不可欠な社会基盤として機能し始めていた。
我妻達を乗せたマルス・アカデミー製シャトルは、創業者である大月満を財務省の介入で追放した後、国営企業として再出発したミツル商事保有となっている。
今回日本国政府はチャーター機として運航スタッフであるマルス・アンドロイド乗組員ごと借り上げている。
シャトル客室内は重力を1Gに設定しているが、座席から見える宇宙空間は遥か彼方に星の輝きが僅かに見える他は、漆黒空間が一面に広がるだけであり、地上のように流れる風景を楽しむ過ごし方は出来なかった。
地球到着まで3か月かかるにもかかわらず、1週間を経過した時点で宇宙旅行が初めてとなる訪問団の大半は、暇を持て余し始めていた。
我妻総理も訪問団の大半と同様、漆黒の宇宙空間を眺めては、窓に反射して映し出された自分の顔を見て苦笑する他しかなかった。
「……こんなにも何もやる事が無いとは思わなかった」
思わず呟く我妻。
「それでは、航行速度を上げますか?身体が加速度に耐えられない為に、一時的な冷凍睡眠になりますが?」
ため息をつく我妻に気付いたマルス・アンドロイドの女性客室乗務員が、我妻の座席に近づくと申し出る。
「いや、いい。この歳で冷凍睡眠などしたら目が覚めないまま逝ってしまいそうで不安だよ。……やはり地球訪問は無謀過ぎたのか?」
客室乗務員の申し出を断ると、ボソッと呟く我妻。
引き続き何も見えない漆黒空間を眺める我妻に、操舵室から客室に入ってきた新人補佐官が声を掛ける。
「総理。お取り込み中の所、失礼します。航行誘導ビーコンが、東京発の電文を受信しました」
電文が記載された用紙を我妻に手渡す補佐官。
「……ふん。たかが小国風情が調子に乗りおって!」
電文にちらりと目を通した我妻が毒づく。
電文の内容は、首相官邸と外務省が連名で発信しており、1週間前に日本国とイスラエル連邦を除いた複数の国家とマルス・アカデミーで締結されたMCDA(火星通商・防衛協定)についての速報だった。
「総理。我が国としても対応を決めなければなりません」
憂い顔の補佐官が対応を尋ねる。
「……留守の事は後白河外務大臣に全て任せている。私から言う事は何も無い。
後白河君に伝えてください。『勝手に討伐してくれるなら、こちらは手を汚さず、懐も痛まずに済むので有り難い』と。
1億2000万人の巨大市場無くして、小国風情共は成り立たないだろう。やがて勝手に瓦解して此方へ戻って来る。
その時私は、イスラエル連邦と強固な同盟を結んだ偉大な人民の統治者として、寛大な心で迎えようじゃないか」
そう嘯くと顔を窓側へ向け、イスラエル連邦との首脳会談前に地球へ降り立った際、どの様な第一声がマスコミと国民向けに効果的なのか一人夢想してはニヤニヤと薄笑いを浮かべる我妻だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・我妻=日本国総理大臣。地球創生党党首。イスラエル連邦の支援を密かに受け、政権交代を成し遂げて首相に就任した。




