異星間ホームステイ【アマトハの場合】
2021年10月21日午前10時【東京都千代田区 皇居】
この日アマトハは、令和天皇を訪問する為にアダムスキー型連絡艇で皇居に参内していた。
皇居上空は航空機の飛行が禁止されているが、アダムスキー型連絡艇以外に交通手段を持たないマルス人の事情を考慮した今上天皇の決断で、史上初となる空からの参内となっていた。
何故か唯一異星人と連絡の取れる携帯電話を持つ大月が、傍らで胃を抑える東山の指示を聞きながら、アマトハに降下ポイントの指示を出す。
赤みがかった青空の中、音もなく遥か上空から典型的なアダムスキー型連絡艇が皇居玄関にフワリと降り立つ。
♰ ♰ ♰
アダムスキー型連絡艇のハッチから現れた和装のアマトハは、物怖じする事無く皇居宮殿を護る警護官に誘導されて内部へと歩いていく。
しばらく応接間で待たされた後、会見場に案内されるアマトハ。
会見場は、中央に置かれたソファーと小さいテーブル以外には何も置かれていないシンプルな室内である。このシンプルな会見場は、度々海外で写真が公開される度に日本の機能的で華美を抑えた"侘び寂び"のある空間であると高い評価を受けている。
やがて静かに障子の貼られた会見場の扉が開くと、今上天皇が皇太子殿下を伴って現れる。
大月達から贈られた特大サイズの紋付き袴を着たアマトハが、ソファーから立ち上がる。
「お待たせしました」
温和な声で今上天皇がアマトハに声を掛けて近寄ると握手をする。
「良くお似合いですね!」
続いて、和装のアマトハを見て笑みを深めた皇太子殿下とがっしりと手を握りしめる。
「恐れ入ります。無理を言ってお邪魔してしまい、恐縮です」
手を握りながら、東山から事前にレクチャーされた通りにお辞儀で応じるアマトハ。
挨拶を終えソファーに腰を下ろして懇談が始まると、侍従や警護のSPが退室していき、会見場には3人だけとなる。
「"先日は"ありがとうございました。皇太子殿下。皆様のお気持ちがこもった美味しい料理が胸に染みました」
アマトハが今上天皇の隣に座る皇太子殿下に心から感謝してお辞儀をする。
試食会開催直後、血相を変えた東山が大月に耳打ちをした後に同じ様な顔になった大月がイワフネに皇太子殿下の参加を伝えていた。
イワフネから直ぐに伝えられたアマトハは、大月達日本国国民の"象徴"と言われている皇族の姿をしっかりと覚えていたのである。
「アハハ。いえいえ、料理人達は一生に1度の名誉だと申しておりましたよ」
皇太子殿下は笑って応えた。
「……一生に1度の名誉、ですか」
大袈裟な言葉に一瞬その意味を考えるアマトハ。
「陛下。現在の人類の寿命は、いか程になるのでしょうか?」
正直に尋ねるアマトハ。
「そうですね、男性で80年少し、女性は80年から90年位でしょうかね」
今上天皇が少し考えて答えた。
「だから、一生に1度の名誉なのですか」
アマトハが呟く。
今上天皇は頷きながら、
「だから、人間はまだまだやりたいことが有っても、限られた時間で自分の人生を選択していかなければならないのです」
感慨深げに答える今上天皇。
「陛下。私達マルス人類の寿命は平均で1000万歳になります。私は650万歳になりますが、日々宇宙の真理と理の研究を続けているのです」
アマトハが告白した。
想像を超えたアマトハの告白に今上天皇、皇太子殿下までもが絶句してしまうのだった。
♰ ♰ ♰
今上天皇との会見を終えたアマトハは、澁澤太郎総理大臣と懇談する為に送迎用のリムジンバスに乗り込むと首相官邸へ向かった。
火星転移前の平日午前中の東京都心部は、仕事で行き交う人々や配送物を載せたトラックやワゴン車、バイク便で混雑するのだが、火星転移後の現在は、エネルギー節約による交通規制と異星国賓警護の為閑散としている。
車窓からアマトハが見上げる都心の風景はプレアデスコロニーの洗練された建築物とは次元の違う温かみを感じさせるものだった。惑星マルスではない別の天体で進化した人類文化である事を実感するアマトハだった。
アマトハに人類文化を見せる為にゆっくりと走ったリムジンバスは、15分程で千代田区永田町の首相官邸に到着する。
首相官邸前には内閣の閣僚、官邸職員や霞が関の上級官僚が整列し、背後には自衛隊音楽隊がマーチを演奏している。
リムジンバスから降りたアマトハは、出迎えた澁澤総理大臣や内閣のメンバーと握手をした後、周囲に手を振る。追いかけ取材が規制されていたマスコミがその姿を懸命にフラッシュを焚いて撮影する。
しばらくして澁澤に案内されながら通された首相執務室で二人きりになれた澁澤は、アマトハにソファーを勧めると自らもどっかと腰を下ろす。
「やっとゆっくりお話ができますなぁ」
澁澤がざっくばらんに言った。
「同感です。私にとって異星の人類と話す経験は650万年の人生で初めてとなりますね」
応えるアマトハ。
「650万年ですか!」
驚いて目を見開く澁澤。
暫くしてカルチャーショックの落ち着いた澁澤から「何か不都合は有りませんか?」と聞かれたアマトハは、
「不都合は有りませんよ。尖山基地のイワフネからもコンタクト直後から良くして貰っていると報告がありました。留学準備の時に大月さんに取り寄せてもらった日本の近代、現代史、歴史書は大変興味深かったですよ」
アマトハが応えた。
「これらの資料を見て感じたのですが、我々と違って地球の方々は生き急いでいるように見えてしまうのは、仕方がない事でしょうか?」
率直な感想を述べるアマトハ。
「ええ、人の一生は短いし、常にチャンスが有るわけではない。だから、とある一瞬に人は全力を出せるように努力するのだと私は思いますよ」
澁澤が答えた。
「マルスの人々はどの様な政治体制で社会を築かれているのでしょうか?」
澁澤が質問した。
「我々はアカデミーという、研究統轄機関が政府の役割を果たす感じですね。マルス人の殆どは研究・調査の日々という人生を送ります」
アマトハが答えた。
「それは素晴らしい。我が国の学者達が聴いたらさぞかしうらやましがるでしょうなぁ」
澁澤が笑いながら言った。
「アマトハさん。実は訊いてみたかった事があるのですが、何故、過去の高度人類文明は、滅びたのでしょうか?」
澁澤が尋ねた。
「アトランティス、ムー、バベル、モヘンジロダロ、ナスカ、マヤ、オルメカ、ケルト。いずれの文明も、立ち上げ当初は我々が技術支援を行いました」
アマトハが衝撃的な発言をした。
「しかし、我々の技術支援は文明が"発展サイクル"に入ると終了します。
"彼らの文明"は、我々の模倣であってはならない、とアカデミーが決めているからです」
アマトハが説明を続ける。
澁澤は真剣な面持ちで聞き入っている。
「地球人類は、大きすぎる力を手にすると、それを応用したり派生させる研究に到達する前に、"そのまま行使"する傾向が強いのです」
「結果として、戦乱が激しくなり、やがてはその時代の生態系を道連れに、惑星規模の破滅に至るまで制御不能になります。
いずれの文明も、それが原因で、宇宙の果てまで行く前に、滅んでいます」
アマトハが嘆息して言った。
「ですから、我々は、即事技術承継を求めた一部極東各国の将来を危惧しています。しかし、ユニークな選択をした日本国は、今までに無い事例です。我々は期待せざるを得ない」
アマトハが澁澤の決断を評価した。
「我々は己の分を弁えるという考えがありますからな。しかし、国内には慎重すぎる、チャンスを逃すな!と批判する多くの国民が出るでしょう」
澁澤が悲観的な見通しを示した。
「その声が大きくなったとき、私は内閣を総辞職させ、総選挙で国民に信を問うやり方を取るでしょう」
澁澤はアマトハに、今後日本国政治で起こりうる最悪の事態を予告した。
「分かりました。私は、懸命であるあなた方に留まって欲しいと思っています」
アマトハに高評価された澁澤は、珍しく照れて笑うのだった。
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首相官邸にいたアマトハを迎えに来たのは、極東アメリカ合衆国の要人輸送用海兵隊ヘリ『マリーン・α』だった。
海兵隊ヘリに乗ったアマトハは、そのまま横須賀沖に停泊する航空母艦『セオドア・ルーズベルト』に着艦した。甲板では、ミッチェル大統領を始めとする政府首脳が出迎えた。
航空母艦のブリーフィングルームに案内されたアマトハはそこで、民主主義リーダーとしての大国、極東アメリカ合衆国の成り立ち、日本国との歴史的関係、今後のアメリカが考える火星開拓戦略を聞いた。
その後は甲板に出て、巡洋艦『ズムウォルト』のレールガンの威力や、極秘戦闘機『オーロラ』からの攻撃用レーザー発射等、軍事技術の強大さをアマトハにアピールした。
アマトハは、
「"懐かしい"兵器の数々を見ました。人類の技術進歩は戦争によるものだという事がよく分かりました。これが人類に有益に使われることを願います」
それだけ言うと、極東ロシア連邦の迎えのヘリに乗ってエトロブルクに向かった。
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極東ロシア連邦のパノフ大統領との懇談は、極東アメリカ合衆国と似ており、如何に極東ロシアが人類に影響力を持っているか、ロシア民族の苦難の歴史と北方四島の領有権の正統性をアピールした。
アマトハは、特に感嘆もせず、極東アメリカ合衆国に言ったのと同じことをコメントしてエトロブルクを発った。
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自衛隊ヘリで長崎県に向かったアマトハは、五島列島の1つで静かな海を望む邸宅で英国連邦極東 首相ケビン、ユーロピア自治区代表ジャンヌと懇談したが、"ティータイム"という形式でざっくばらんに話し合うパターンは、極東米露と違う毛色だった。
「アマトハさんは、地球人類が信仰する宗教についてどのような考えをお持ちか?」
英国のケビン首相から質問されると、少し考えてこう言った。
「誰でも、自分の信じるものを支えに日々生きているのだと思います。人類の特徴として、1つの目標に立ち向かう集団のエネルギ-は、マルス人が久しく忘れていたものを思い出させてくれます」
とアマトハは率直に評価した。
「しかし過去の人類の地球文明では、宗教的特徴を強調するあまり、本来の意義を見失って自らの身を滅ぼした文明もあります。科学と宗教のバランスは難しく、また、人々の宗教観念も異なります。これはまさに、永遠の課題ではないでしょうか?」
アマトハが見解を述べた。
「私達はこの豊かな自然の中で、伝統的な生活が送れていることを、神に感謝しています」
英国のケビンが言った。
「我々を何千年も支えたもうた偉大なる神"ゼウス"に毎朝感謝しています」
ユーロピアのジャンヌ代表が言った。
アマトハは"ゼイエス"がここに居なくて良かったと心から思うのだった。
「また、ティータイムにお話しましょう」
二人からティータイムの誘いを受けたアマトハは、
「お話だけなら」
了承して長崎を発った。
よくよく考えてみると、言質を取られていたことに気付いたアマトハだった。
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東京の迎賓館に戻ってきたアマトハは充てがわれた自室に戻ると、盛大にため息を吐いた。
やがてイワフネに電話し、「今日は飲むぞ!」と宣言し、『イワフネハウス』で大月達と宴会を開き、西野特製マルス料理をたらふく食べてストレスを大いに発散させた。
特製パインアップルのお酒が疲れたアマトハの心身に染みた。
「アマトハ、お前サラリーマンみたいだな」
とイワフネに真顔で言われ苦笑するアマトハだった。
翌日、アマトハは『母星から"急ぎ"の調査要請を受けた』と、留学を切り上げる旨を各国首脳に伝えた。
マルス人の感覚で"急ぎ"とは、地球人類の感覚に変換すると、概ね100年程度である。
ここまで読んで頂きありがとうございますm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・大月 満 = 総合商社角紅社員。内閣官房室に出向。
・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。
・春日 洋一= 20代前半。総合商社角紅若手社員。魚捌きが上手い。
・東山 龍太郎=20代後半。西野の大学同期。首相補佐官。
・イワフネ=マルス人。月(観測ラボ『ルンナ』)が彗星により損傷した時、自動的に地球に降ろされた。
・アマトハ=マルス人。アカデミー特殊宇宙生物理学研究所 所長。ゼイエスの善き理解者。
・澁澤 太郎=内閣総理大臣。
・ミッチェル=極東アメリカ合衆国大統領。
・パノフ=極東ロシア連邦大統領。
・ケビン=英国連邦極東首相。
・ジャンヌ=ユーロピア自治区代表。




