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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 火星新大陸
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外堀から

――――――クロエ・シモン ユーロピア共和国首相補佐官と台湾自治区 ワン代表の非公式会談が始まる3時間前【東京都大田区田園調布一丁目 総合商社角紅社長 仁志野清嗣の自宅】


 総合商社角紅社長の仁志野清嗣は、自宅のリビングで自由維新党の岩崎正宗党首から電話で報告を受けていた。


『仁志野さん。……我々自由維新党が国会に提出した、自衛隊ユーロピア共和国派遣法案が与党の反対で否決されてしまいました』


 淡々と報告する岩崎正宗の声は、野党党首としての惨めさを実感したのか、若干気落ちした様に聞こえる仁志野だった。


「何でなんや?ユーロピア共和国とは相互防衛条約を結んでるやろうに。条約不履行で国際裁判で負けてしまうで!?」

驚く仁志野。


『与党である立憲地球党が、自衛隊の"海外"派遣は憲法違反だと主張したためですよ』

答える岩崎。


「いやいや、それやったら自衛隊の地球派遣はアカンがな」

『"地球派遣"に限って言えば、PKO・PKFの趣旨に沿ったものであり合憲だと彼らは主張しているのです』


「はぁ?何やねん、その二枚舌は!言葉尻で誤魔化す野党時代の習性が抜けとらんな。

 しかし、同じ人類を救わんでどうするんや!」

呆れながらも怒りを露わにする仁志野。


『我妻首相はイスラエル連邦との首脳会談しか眼中に無い様です。留守番役の後白河外務大臣には半年後の火星帰還まで様子見に徹しろと指示していた様です』

呆れの混じる声で応える岩崎。


「地球到着まで3か月、向こうの首脳会談に2日、火星帰還まで3か月。随分と悠長な"外遊"やな」

皮肉気な仁志野。


『これで政府が"これから起こるであろう"火星生物災害に後手となる可能性が高まりました』


 ディアナ号の大月家一行からニューガリア防衛戦の一部始終を伝えられていた岩崎が憂いを帯びた声で嘆く。


「ユーロピア共和国を見捨てる訳にはいかんやろ。ひかりや満君達を助けてくれたんや。恩返しせなあかん!」


 同じ情報提供を受けていた仁志野が岩崎に語りかける。


『そうですね。とりあえず、出来る事から始めましょう。私は対馬から英国連邦極東に働きかけてみます』

「せやな。王さんにも話しはしとるから仕込みは十分やで?」


『では、後は"彼女"の頑張りに期待しましょう』


 岩崎との通話を終えた仁志野はリビングのソファーにもたれると、美衣子が自主制作していた梅酒をちびりと一口飲んで呟く。


「満君達にも声を掛けとくか……」


          ♰          ♰          ♰


2026年(令和8年)11月22日午後3時【神奈川県横浜市中区 横浜中華街『台湾自治区』総合庁舎】


「……えっと、此処が台湾自治区総合庁舎ですって!?」


 目の前の光景に唖然とするクロエ・シモン首相補佐官。


 築40年を超える中華風にアレンジされた鉄筋コンクリート造5階建の雑居ビルは、とても日本国から半ば独立した組織の総合庁舎とは思えない、雑居ビルの様なたたずまいだった。


 ユーロピア共和国『人類都市ニューガリア』への日本国自衛隊派遣協議が不調に終わり、前政権官房長官だった岩崎正宗から中華街の台湾自治区を訪ねてはどうかと提案されたクロエは「話だけでも」と一縷の望みをかけてこの場所を訪れたのだが、雑居ビルに入居する台湾自治区に驚きを隠さず目を瞠るのだった。


 日本列島火星転移の翌年となる2021年1月にアルテミュア大陸上陸に成功した日本列島各国のうち、極東アメリカ合衆国、極東ロシア連邦の両国は首都をアルテミュア大陸東海岸『人類都市ボレアリフ』に早々と移転させていた。


 "日本国とつかず離れず"を標榜する英国連邦極東とは対照的に"日本国に依存しない国家"を目指すジャンヌ・シモン首相率いるユーロピア自治区が、人類都市ボレアリフを拠点としてアルテミュア大陸西部への進出を加速させるべく日本国から『独立』していく中、われ関せずとマイペースに日本国内で自らの商売に打ち込んで今日に至る『台湾自治区』の庁舎は、1階で広州料理を提供する食堂の2階に入居している。


 驚きながらも、ビルの入り口まで出迎えに来た台湾自治区代表 わんに案内されたクロエ・シモン首相補佐官は、自治区総合庁舎事務所奥に在るこじんまりとした代表執務室の応接セットに座って王と向き合う。


「ニィハオ。クロエ・シモン首相補佐官殿、ようこそ台湾自治区へ」


 にこやかに自ら淹れた烏龍茶を勧める王代表。


「急な訪問を受けて頂き、感謝します。ムッシュ王」


 軽く頭を下げるクロエ・シモン首相補佐官。


「この度、貴国ニューガリアで発生した火星生物災害で命を落とした方々に哀悼の意を奉げます」

瞑目する王。


「台湾自治区の対応に感謝を。

 ここへ来る直前に現地から、貴自治区所属企業から無償で医薬品の提供を受けているとの報告がありました。……その……日本国から具体的支援が得られない状況下でこの支援は、とても勇気づけられるものでした!」


 不調に終わった日本国との協議後に入ったささやかな朗報に、感謝するクロエの声は上擦っていた。


「我々台湾自治区の面々が日本国内で商売をするに当たり、貴国ニューガリア産のアワビや海産物にはいつもお世話になっていたのです。困った時はお互い様。日本国内で長く過ごすとこの"習性"が身に付くのですよ」

微笑む王。


「ですが、最近の日本政府は対応が……」

顔を曇らせるクロエ。


「日本人は今日に至るまで、日本列島の中に留まって暮らす事が一番の安定した人生だと思っているのでしょう。今回の政権交代で誕生した我妻内閣はその最たるものだと思います。

 アルテミュア大陸に本腰を入れなくても、国内の自給率を上げれば対応出来ると考えているのです」

王が応える。


「将来的にはそうでしょうが、今は小麦の大半がアルテミュア大陸ボレアリフ産とユニオンシティ(旧極東ロシア連邦)択捉島産で不足分を補っています。鉱物資源も大部分がアルテミュア大陸の供給に頼っているのが現状です」

指摘するクロエ。


「おっしゃるとうりです。もっとも、大部分は東海岸ボレアリフですがね。

 今回の火星巨大ワニの襲撃が東海岸にまで及ぶのなら、日本政府も動くのでしょうが、今は様子見というのが彼らの本音だと思いますよ」

応える王。


「ですが、このままでは次の火星巨大ワニの襲撃でニューガリアはなす術も無く蹂躙され、人類はアルテミュア大陸西海岸の足掛かりを失う事になるでしょう」

悲観的なクロエ。


「毎月、地球欧米からの避難民が数千人単位で火星に到着している状況下で人類全てを日本国内で養うのは不可能です。いずれ我妻内閣もその事に思い至るでしょうが、今はイスラエル連邦に唆されて地球復興に重点を移そうとしている。故に貴国への対応は緩慢となっています」

現状を分析する王。


「地球復興は人類の悲願でしょう。ですが、そこへ至るまで数十年はかかります」

指摘するクロエ。


「その通りです。日本国の対応は人類復興という観点から見ると拙いと言うしかありません。彼らは順番を取り違えているのです」

言い切る王。


「日本政府の政策を方向転換させる事は可能でしょうか?」

クロエが尋ねる。


「……結論から言えば可能ですが、我々だけでは力不足です。ここは我妻内閣の選択肢を火星へ向けさせる為に外堀から埋めていきましょう」


 しばらく腕を組んで考えていた王が答える。


「貴国、台湾自治区、英国連邦極東、マルス・アカデミーの四者で協定を結びましょう」


 そう言うと、クロエ・シモン首相補佐官に右手を差し出す王代表だった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・クロエ・シモン=ユーロピア共和国首相補佐官。妹のジャンヌ・シモンはユーロピア共和国首相。

挿絵(By みてみん)

*イラストは、イラストレーター七七七様です。


・王=台湾自治区代表。

・岩崎 正宗=自由維新党党首。元内閣官房長官。

・仁志野 清嗣=総合商社角紅社長。ひかりの祖父。大月家の後見人。

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