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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 火星新大陸
257/462

イスラエル・スクール

2026年(令和8年)11月22日午前9時【東京都港区 外務省飯倉公館】


 赤坂に在る迎賓館と同じベルサイユ宮殿に似た建物を有するこの公館で、ユーロピア共和国特使のクロエ・シモン首相補佐官と後白河副総理兼外務大臣がアルテミュア大陸西海岸人類都市ニューガリアに襲来した火星巨大ワニへの対応について協議を行っていた。


「この度貴国で発生した火星生物災害の犠牲者に対し、日本人民と政府を代表して心からお悔やみ申し上げます。我が国といたしましては、この災害で心に深い傷を追われた貴国国民の皆様へ、日本赤十字社から義援金4億極東ユーロをお渡しすると共に、厚生労働省にてカウンセラーの派遣を行う用意があります。また、長崎市をはじめとした人類都市ニューガリアと姉妹都市協定を結んでいた各自治体から平和を祈願する千羽鶴の数々と小中学生による激励のビデオメッセージを……」


 協議冒頭に後白河外務大臣副総理が目録を淡々と読みあげてゆき、会議室に招かれたマスコミ各社のカメラマンが後白河とクロエ・シモンの2ショットを取るべくバシャバシャとフラッシュを焚く。


「はい!公開はここまでとなります。取材の皆さんは外へ出てください!」


 外務省広報官が警備員と共にマスコミを会議室の外へ誘導していく。


 ここまでの一連の流れを無表情で眺めていたクロエ・シモン首相補佐官だったが、マスコミ各社が会議室の外に出ていった事を確認すると、姿勢を正して後白河外務大臣と向き合う。


「社交辞令は結構です。……それで、貴国は自衛隊をニューガリア防衛に出す気は無いと言う事かしら?」


 若干早口な詰問調になるのは、今も尚、巨大ワニの脅威にさらされているニューガリアが心配故のことかも知れない。


「……ふむ。これ以上悠長なやり取りを続けると、貴女の美しいお顔が酷いことになりそうですね。

 ……結論を申し上げましょう。我が国に余剰戦力はありません。

 火星生物災害による貴国の危機は、我が国の危機でもあると考えた時、日本列島の長い海岸線を護る戦力は不足していると言う認識に至るからです……これは南半球ヘラス大陸に在る人類都市『ガリラヤ』を統治するイスラエル連邦も同じであると申し添えておきます」


 クロエの碧眼をじっと見つめながら答える後白河外務大臣。


「貴国の軍事衛星ライジンによる支援も難しいのでしょうか?」


「……ライジン?ああ、雷神の事ですか。

 『雷神』は民間企業であるミツル商事が経済産業省と開発した太陽光発電・送電システムです。軍事衛星では無く、商業衛星です。我が国は宇宙空間の平和利用について、先日あらためて国会決議をしたところです」


「以前、お国のナガサキ沖で火星由来海洋生物を迎撃した際に使用したのでは?」


「長崎沖の事件では、海洋生物の細胞が持つ生体電気を増幅させ、変質させる為の特例的な使用でした。この度の巨大ワニ?でしたか、それも同じ細胞構造だったのですか?」


「……それは現在わが国の学術庁が中心となって調査中です」


「そうですか。解明出来たらご連絡ください。我が国は貴国と共にある。……予定の時間を過ぎてしまいましたので。有意義な時間でした」


 唐突に協議を打ち切った後白河外務大臣が先にさっと立ちあがり、口許を引き締めたクロエは後白河の顔を一瞥もせずに正面に待機していた外務省広報官のカメラにぎこちない笑顔を向ける。


 微笑みをたたえた後白河と、ぎこちない笑顔のクロエが握手をした写真は、『日・ユ火星生物共同研究で一致』との見出しと共に、その日の日本列島夕刊紙一面に掲載されるのだった。


          ♰          ♰          ♰


「私の知る親切な日本人と政府は、何処に行ってしまったのでしょうか?」


 羽田国際宇宙空港へ向かう車の中から、携帯電話で思わず嘆くクロエ・シモン首相補佐官。


『今回の政権交代で、中東諸国を中心とする外務省内の"アラビアンスクール"が左遷され、少数ですがユダヤ専門家による"イスラエル・スクール"が台頭しています』


『アルテミュア大陸で苦境に立たされているユーロピア共和国に支援すると、イスラエル連邦が新たな領土とした南半球ヘラス大陸の開発や地球復興を遅らせかねないとイスラエル連邦が認識しているのを彼らは忖度そんたくしたのでしょう。

 イスラエル連邦の国是は、大変動前と変わらず"全世界のイスラエル人保護"ですから』


 後白河副総理との実りの無い会談に落胆したクロエ・シモンの質問に電話で応えるのは、対馬の病院で重態の澁澤元首相に付き添う元官房長官の岩崎だった。


「イスラエル連邦のその姿勢は生き残った人類同士の間で軋轢を生みかねませんよ?」


 眉をひそめて指摘するクロエ。


『全世界に同情されて滅びるよりも、世界を敵に回してでも生き残る、というのが彼の国の信念ですからなぁ』


 あっけらかんと答える岩崎。


「生き残った人類で最大勢力となった日本国と、強力な陸上戦力を持つイスラエル連邦がアルテミュア大陸西海岸の防衛をしないとなると、我が国は早晩ニューガリアを放棄してアルテミュア大陸から撤退し、再びナガサキに引き篭もる事になるでしょうね」


 ユーロピア共和国の将来を悲観するクロエ。


『クロエ首相補佐官殿。地球環境が再生されるまでの長期間、人類再起を図る場所として火星アルテミュア大陸、ヘラス大陸はいずれも有望な人類の生存領域です。日本政治独自の都合で生存領域を狭める事は許されない、と私は思います』


「ですが、日本とイスラエルの政策変更などどうやって促すのでしょうか?」


『我々だけの力では到底成し得ませんね。ここは同じ志を持つ仲間の助けが必要ですね。詳しい話はこれからご案内する場所でいたしましょう』


 そう言うと、横浜市中区にある中華街のとある住所を伝える岩崎だった。

 岩崎との通話を終えたクロエは、真っ直ぐに長崎へ戻る予定を変更して横浜へ向かうのだった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・クロエ・シモン=ユーロピア共和国首相補佐官。妹のジャンヌ・シモンはユーロピア共和国首相。

挿絵(By みてみん)

*イラストは、イラストレーター七七七様です。


・岩崎 正宗=自由維新党党首。元内閣官房長官。

・後白河 政徳=日本国外務大臣兼副総理。地球へ向かった我妻総理大臣の代理としてイスラエル連邦優先とも言える外交政策を推進する。

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