赤い砂嵐
2026年(令和8年)11月21日午後2時【火星アルテミュア大陸西海岸人類都市『ニューガリア』から東へ120kmの荒野】
風速120mという猛烈な砂嵐の中、緑色の電磁シールドを展開させながらゆっくりと荒野上空を進む『ディアナ号』だったが、鉄分粒子の濃い砂嵐に各種レーダーも機能せず、巨大ワニの捜索は難航していた。
「うーん。視界ゼロ。地上も空も砂だらけで何も見えないっス!」
双眼鏡で外を監視していた瑠奈が報告する。
「砂嵐はいつまで続くのかな。美衣子はその辺知ってる?」
酸化鉄を多く含んだ砂粒によって赤い靄がかかったような外の景色を見ながら美衣子に尋ねる満。
「……知らない。というよりも分からないわお父さん。46億年前のマルス人がいた頃とはあまりにも環境が違いすぎるわ」
小さくため息をついて首を横に振る美衣子。
「ムッシュ大月。第二次アルテミュア大陸上陸作戦後から観測している気象データだと砂嵐は数日から数週間続くと思われます」
掘り炬燵でミカンを剥きながらタブレットを操作していたアッテンボロー博士が答える。
「ありがとうございますアッテンボロー博士。では、しばらくこのまま埒があかない状況が続くと……」
思案する満。
「仕方ない。一度この砂嵐から出ましょう!」
決断する満。
「え~、折角入ったのに勿体無くないですか?」
炬燵の上に築き上げた蜜柑のピラミッドから蜜柑を摘みながら口を尖らせる琴乃羽 美鶴。彼女は炬燵に下半身を潜り込ませて寛いでおり、炬燵の魔力に抗えない故の反論である。
「何を言っているの美鶴。巨大ワニを見つける術が無いのならば砂嵐の中に居る意味は無いでしょう?」
琴乃羽に言いきかす岬 渚紗は炬燵から出てレーダー画面に張りついている。
「ん~巨大ワニは地上を移動するのですから、地上で手掛かりを探すしかないんですよねぇ……」
人差し指を口元に当てながら考えるひかり。
「レーダーが使えないなら空中に居る必要がないかもですね。ですがひかりさん、地上は砂嵐の影響で巨大ワニの痕跡が消えているのかもしれないなぁ……」
考え込んでしまう満。
操舵室の外で吹き荒れる砂嵐の勢いが一段と激しくなり、ディアナ号もガクンと僅かに揺れて斜めに傾く。
傾いた影響で炬燵の上で琴乃羽が暇潰しに築いていた蜜柑ピラミッドがバランスを保てなくなってボロボロと崩れ落ちて炬燵から頭を出していた琴乃羽の頭上に蜜柑が降り注ぐ。
「あらあらまあまあ。琴乃羽さん!食べ物で遊んじゃ駄目ですよっ!めっ!」
「あううっ!さーせんっ!もうしませんっ!ごめんなさい!」
ひかりに蜜柑遊びを咎められた琴乃羽がデコピンを食らって呻いて謝る。
「お父さん。シールドで船体が気流に揉まれない様にしているけど、徐々に進行方向から右に流されているわ」
航法制御卓に座る結が警告する。
先程よりもさらにガクンとディアナ号が揺れて斜めに傾く。琴乃羽に降り注いだ蜜柑はさらに転がって操舵室の隅にまで転がっていく。ひかりによるデコピン追撃を危惧した琴乃羽が慌てて炬燵から這い出して転がっている蜜柑を拾い集めていく。
「粉塵並に細かい砂がセンサーと磁力反射板に付着しはじめている。このままだと船体浮力が少しずつ低下してしまうわ」
結が警告する。
「美衣子。砂嵐と共に前進するのは止めて、此処に着陸して様子を見よう。降りれるかな?」
満が操舵中の美衣子に訊く。
「アイ、お父さん。降下可能よ。現在高度150m」
応える美衣子。
「じゃあ、降りよう。降りたら休憩しよう」
降下を指示する満だった。
30分後、衰える兆しのない砂嵐の中をゆっくりと降下したディアナ号は、南北に走る地溝帯の谷底へ着陸するのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月 ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・琴乃羽 美鶴=言語学研究博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事サブカルチャー部門担当者。少し腐っているかも知れない。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・サー・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国学術庁火星生物対策班長。生物学者。




