ソールズベリー
2026年(令和8年)11月21日午前6時【アルテミュア大陸西海岸 人類都市『ニューガリア』東部郊外】
ニューガリア東部郊外上空を千石船がゆらゆらと飛行している。
江戸時代、最も多く使われたデザインを持つ船は、大月家一行が日本列島脱出の際にディアナ号から追手の目を欺くダミーとして、美衣子達三姉妹が建造した多目的航行船『大黒屋丸』だった。
大黒屋丸の船頭室から視た地上は、巨大ワニよって破壊されたマンションの瓦礫や、機動装甲車の残骸が散らばり、激しい攻防戦の跡を残していた。
少し離れた新興住宅地では、工兵隊により新たな防衛陣地が構築中だ。
「マスター。砂嵐は徐々に東へ遠ざかっています。勢力はそのまま変化なし」
船頭室のレーダー端末を確認したクリスがソールズベリー卿に報告する。
「あの砂嵐はレーダー電波を通さないみたいだから、巨大ワニの捜索に苦労しそうだね」
これからあの中へ突入するであろう大月家一行の事を思い、眉を顰めるソールズベリー。
「大月家一行に会ってからミラクルな出来事ばかりだけど、流石に少し休みが欲しいところだね……」
全てが自動的に行われていく操舵室中央の船頭席に深くもたれかかれながら、冷めたミルクティーを啜るソールズベリー卿は疲れを隠せない様子だった。
「……はぁ。マスター。そんな事を言っていてはいつまでたっても、ケビン首相から借りたお金を返せませんよ?」
ため息をつきながら、カップに暖かいミルクティーを注いで主に差し出すクリス。
「お説ごもっとも。我が商会は英国連邦極東政府のテコ入れで再生中の身。馬車馬のように働くとしますか――――――ところで、なかなか旨いお茶だな」
肩を竦めながら皮肉気に呟くソールズベリー卿は、新しいミルクティーに口を付けると少しだけ生気を取り戻す。
「……こんな筈ではなかったのだけどねぇ」
ミルクティーで一息ついたソールズベリーが、操舵室の外に広がる薄赤い空と遠ざかる赤黒い砂嵐を眺めて呟く。
昨年1月、英国連邦極東外務大臣だったソールズベリー卿は、満とひかりの結婚披露宴でマルス文明謹製アンドロイドを余興のビンゴゲームで引き当てた。
このスーパーアンドロイドを元手に商売すれば大繁盛間違い無しと、喜び勇んでケビン首相に辞表を提出してソールズベリー商会を起業したものの、
「さすがに銀行強盗を撃退するだけで銀行の建物を破壊する警備はやり過ぎだったかも……」
窓口で銀行員に拳銃を突きつけた強盗へ向け、無警告でグレネードランチャーをぶっ放し、強力なレーザーとレールガンで追い討ちをかけたクリスは、とあるビリビリなヒロインより過激かも知れない。
銀行強盗を撃退したにもかかわらず、駆け付けた警察機動隊に拘束されて一晩ブタ箱のお世話になったソールズベリーとクリス。
翌朝、呆れ顔の岩崎官房長官に助け出されたのは半年前だったか。
ハイスぺックすぎるマルス・アンドロイド=クリスの暴走で警備事業は失敗、破壊された銀行建物の弁償で巨額の負債を抱えたソールズベリーは、かつての上司ケビン首相に泣きついて英国連邦極東政府から借金をする羽目となった……。
ケビン首相からは、極東MI6の''簡単なお仕事''を受ける事で負債を消せるという眉唾な話が持ちかけられ、危うい話だと気づきつつも、食うや食わずのソールズベリーに選択の余地は無かった。
「そんなお疲れマスターに日本から通信です」
いつの間に取り出したのか、時代物の黒電話を両手に持ったクリスが受話器を差し出す。
「もしもし?」
『ハロー!ソールズベリーはん。仁志野です』
仁志野 清嗣からの連絡だった。
受話器を取った途端、目の前のホログラフィック・モニターに悪戯っぽい顔で寛ぐ仁志野と、中華服を着た小太りな男性が映る。
「マイド。モウカッテマッカ?」
覚えたてのたどたどしい関西弁で返すソールズベリー。
「がはは。ぼちぼちですわ。早速やけど、ケビンさんにええ話があるんやけど?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら商談を始める仁志野。
「……ふむ。乗りましょう」
瞬時に関西弁から正統派英語に切り替え、キリリとした顔で商談に入るソールズベリー卿。
「さすが元外交官、切り替えが早いですな。ソールズベリーはん。私達と火星の物流を握りませんか?」
真面目な声音で仁志野が切り出し、隣の中華服の男性は恵比寿顔の笑みを更に深めるのだった。




