静観
2026年(令和8年)11月20日午前10時【東京都大田区田園調布一丁目 角紅社長 仁志野清嗣の自宅】
賑やかな居候だった孫娘の嫁いだ大月家一行が日本列島を脱出して半日、久し振りに静かな朝を迎えた仁志野 清嗣はダイニングで自ら淹れた珈琲を楽しんでいたが、長崎佐世保に居る元官房長官の岩崎正宗から電話連絡を受けるとテレビを点けて情報を確認する。
『—――—――極東BBC放送によりますと日本時間今日午前3時頃、アルテミュア大陸西海岸にあるユーロピア共和国首都『人類都市ニューガリア』に未知の火星原住生物が襲来しました。ユーロピア共和国防衛軍が迎撃したものの、市民を含めこれまでに1500人以上の死傷者が出ている模様です』
『—――—――現地の日本領事館によりますと、ニューガリアには海洋開発ビジネスに携わる邦人50人余が滞在していますがこれまでのところ、日本人が巻き込まれたとの連絡は無いとの事です。』
『—――—――後白河副総理兼外務大臣は首相官邸で記者団からの質問に対し、ユーロピア共和国のジャンヌ首相と電話会談を行い、在留日本人の保護を要請すると共に、火星原住生物対応について今後も緊密に両国が情報交換を続ける事を確認したと語りました。これを受けて外務省は、アルテミュア大陸西海岸への渡航禁止と現地に滞在する日本人に国外退避を勧告、在留日本人救出の為チャーター機を派遣する方向で調整に入りました。
――――――次のニュースです。日本列島の火星転移後初めて地球に到着した総理大人となった吾妻首相は、先ほど極東に着床した人工日本列島『タカマガハラ』に到着、イスラエル連邦のニタニエフ首相と初の首脳会談に―――』
「ひかりや満君達が居なくなった途端にこれかいな……」
イスラエル寄りとなった政府とマスコミの姿勢を嘆く仁志野。
『……ええ。一旦は日本列島を脱出した大月さん達でしたが、ユーロピア共和国ジャンヌ首相の緊急要請に応える形で火星原住生物を撃退してくれました。今も現地で警戒にあたってくれていますよ』
応える岩崎。
「……次から次へと巻き込まれて満君達も災難やなぁ。まあ、満君なりに表に出る決断をした以上は当然やけど。
それにしても、ニューガリアのニュースはこれだけかいな?政府は現地に応援の自衛隊を派遣したりせえへんのかいな?」
首を傾げる仁志野。
「永田町で党本部の留守番をしている桑田君からの報告では、立憲地球党は積極的な支援はせずに静観の構えだそうです。
我妻総理はイスラエル連邦と地球での首脳会談に集中したい様ですし、官僚の大半はニューガリアを襲った火星原住生物が日本列島に襲来するかも知れませんから水際対策に追われています。官僚達は”稚内の悪夢”が再現される事を恐れているのです」
政府与党の動きを説明する岩崎。
「つまり、日本列島だけで精一杯。遠く離れたアルテミュア大陸のユーロピア共和国は自力で何とかせえと……なんて薄情な!」
思案気に顎を擦っていた仁志野が吐き捨てるように呟く。
『仁志野さん。我々は失った力を取り戻して再び日本国をより良くする先頭に立ちたい。その為の活動を始めています。いずれ同志からの呼び掛けもあるでしょう。その時はどうか協力をお願いしたい』
「分かった。ひかりや満君達が安心して戻って来れるようにワシも力を貸すで」
岩崎との電話を終えた仁志野は、すっかりぬるくなった珈琲を啜りながら暫く天井を見つめて考え事をしていたが、不意に玄関のインターホンが鳴ったのでモニターを見ると、そこには中華服を着た小太りの中年男性が映っていた。
『毎度おおきに、仁志野さん!ええ話がありまっせ!』
関西弁の元気な挨拶がインターホンから聞こえてくる。
台湾自治区代表の王だった。
「さすが岩崎さん。仕事が早いがな……」
苦笑した仁志野はいそいそと王を迎えるべく玄関口へと向かうのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・岩崎 正宗=野党に転落した自由維新党党首。元内閣官房長官。
・仁志野 清嗣=総合商社角紅社長。ひかりの祖父。大月家の後見人。
・王=台湾自治区代表。




