ニューガリア攻防戦【中編】
2026年(令和8年)11月20日午前4時20分【アルテミュア大陸西海岸『人類都市ニューガリア』】
地球欧州都市パリを模したニューガリア中心部、第二エッフェル塔、新凱旋門近くのカフェテリアで早朝の珈琲を嗜んでいた早起きの市民は、突然港湾地区から出現した自走電磁砲を含む砲兵車輌が目の前で停車するなり、大急ぎで長大な砲身を次々と東へ向けるのを目の当たりにして仰天した。
『市民の皆さん、こちらはユーロピア共和国防衛軍です。
火星生物接近警報が発令されました!直ちに最寄りのシェルターへ避難してください!急いで!』
砲兵部隊を先導する装甲車のキューポラから青年士官が身を乗り出すと、必死の形相で呼び掛ける。
その頃になって、ようやくニューガリア中に重厚なサイレンが鳴り響き、大部分の熟睡中だった市民が叩き起こされた。
人類都市ニューガリア誕生以来、はぐれ巨大ワームやサソリモドキがたまに接近した際に出されていた火星生物接近警報だったが、今まで20分程で解除されており、今回の様にシェルターへ避難する経験が市民には無かった。
地球欧米で"大変動"と長期に及ぶ火山灰にまみれた避難生活を経験した元避難民達だったが、久しぶりに享受した安穏とした生活は、突如直面した生命の危機に対応するには時間がかかり過ぎた。
発射態勢に入る砲兵部隊を目の当たりにし、必死に繰り返される避難命令を受けてようやくニューガリア市民はのろのろと移動を始める。
「司令部より入電。火星巨大生物群は東部郊外まで20キロメートルを切りました!」
自走電磁砲の通信オペレーターが車長に伝える。
「初見入力完了。敵は既に電磁砲の射的範囲内です!」
砲手が車長に呼び掛ける。
「まだだ。他の火砲とタイミングを合わせるんだ。
……避難中の市民がすぐ傍に居るのだぞ!こんな高圧電力で発射したら感電してしまう!」
今まで経験した事の無い状況に、車長の反応は鈍い。
「東部郊外防衛陣地から、再度の支援砲撃要請!同時に司令部から弾道コースデータ受信!砲撃開始命令出ましたっ!」
通信オペレーターが車長に告げる。
「車長!?」「撃てっ!!」
砲手が促すと同時に車長が慌てて命令する。
ズバン!ズバン!
はらわたが締め付けられる様な轟音と共に203ミリ自走榴弾砲が砲撃を開始すると、近隣のカフェテリアや商店のショーウィンドウのガラスが砲撃による衝撃波を受けて一斉に砕け散り、避難中の市民に透明で危険なガラスの欠片が降り注ぐ。
ビシュッ!ヴォーン!
榴弾砲の砲撃とほぼ同時に自走遠距離電磁砲がスパークと共に青白い電光を放ちながら、独特の高性能モーター音を響かせて超音速弾頭を射出する。
電磁砲の発射により、モーターからスパークした超高圧電流が放電して近くに居た市民の貴金属ネックレスや携帯端末、衣服の金属部分、心臓ペースメーカーを通じてバチバチと火花を立てながら人体を通過していく。
ほんの十数分前まで、優雅な雰囲気だった凱旋門周辺のカフェテリア通りが、火薬と肉の焦げた臭いに包まれていく。
† † †
――――――【ニューガリア東部郊外 防衛陣地】
ニューガリア市民を巻き込んで発射された砲弾が、ほぼ垂直に近い角度で高空から落下すると、次々と火星巨大ワニの背中に着弾して砲弾の破片を周囲に撒き散らす。
しかし、砲弾の破片は硬い鱗に微かな傷を付けるのみで、巨大ワニの進む速さは変わらない。
続いて、超音速で低空を一直線に飛ぶ青白い光の矢が一筋、防衛陣地の真上を通過して、巨大ワニ群先頭をひた走る一頭の顔面に命中する。
グギヤアアア、とくぐもるような鳴き声を挙げて身体を反らすと、仲間から離れてのたうっていた巨大ワニは、再び仲間を追って走り出す。
「人類が持てる科学技術の粋を持ってしても尚、及ばないのか……」
機動歩兵陣地から、赤外線付双眼鏡で巨大ワニの侵攻を観察するロンバルト・アッテンボロー博士が絶望の呟きを漏らす。
巨大ワニ群は、防衛陣地まで5キロメートルの地点にまで迫っていた。
† † †
――――――【ニューガリア東部郊外 防衛部隊指揮所】
巨大ワニとの直接対決を前にして、自衛隊特殊機動団の退却に動揺する防衛陣地を必死に宥めながら、青年指揮官はニューガリア司令部首脳達に意見具申を試みる。
「クロエ・シモン首相補佐官、グリナート大佐。もはや核の使用しか有りません!
戦略ミサイル『ポラリス』と巡航ミサイル『トマホーク』を搭載した英国連邦極東軍潜水艦『トライアンフ』はいつでも攻撃可能ではありませんか!」
だが司令部首脳の反応は、青年指揮官には受け入れ難いものだった。
『核の使用は認められません。火星は人類欧米文明の再出発拠点です。第三次世界大戦と大変動により、放射能で汚染されてしまった地球の二の舞を火星で繰り返しはいけないのです』
無表情で応えるクロエ首相補佐官。妹のジャンヌ首相と瓜二つの整った顔が、やるせない状況に直面し、僅かに奥歯を噛み締める。
『—――—――あと30分、何がなんでも陣地を死守せよ!間も無く援軍が到着する。それまで持ち堪えるのだ』
険しい表情のグリナート大佐。
「……かしこまりました。死守します」
憮然とした面持ちの青年指揮官だった。




