異星間ホームステイ【イワフネの場合】
2021年10月5日午前10時【富山県立山市 マルス・アカデミー尖山基地】
「それなら、みんな"ホームステイ"に来ればいいんですよー」
あっけらかんと言い放つ西野。
ホームステイという言葉の意味が理解出来ないイワフネ、アマトハ、ゼイエスがキョトンとしているのを見た大月が、西野に説明を促す。北欧で幼い頃から生活経験のある西野が具体的な内容を説明していく。
地球人類と寝食を共にしながら地球人類の政治社会・文化・技術を実体験出来ると知ったマルス人達は、もろ手を挙げてホームステイを希望するのだった。
東京の首相官邸に戻った大月が澁澤総理大臣と岩崎官房長官に、「マルス人がホームステイしたいそうです」と報告すると、二人とも口をあんぐりと開けて固まっていた。
だが、日本国が試食会でフライングをしたと極東米露が反発していた事もあり、澁澤と岩崎はこれ幸いとばかりにイワフネ、アマトハ、ゼイエスの3人が列島各国を訪問するホームステイ計画を承認するのだった。
即ち、イワフネ、アマトハ、ゼイエス達マルス人が、1ヶ月にわたり"お忍び"で日本列島各国でホームステイをしながら政治、文化、科学技術を実体験する内容である。
イワフネは大月と寝泊まりを共にしながら、角紅の社員としてサラリーマン生活を送り、休日は庶民のレジャーを経験する。
アマトハは列島各国を廻って政治指導者と対話を行い、 人類国家の政治思想を聴く。
ゼイエスは列島各国の科学者と交流する。
アマトハとゼイエスは、各国が用意する滞在施設に泊まる。
トントン拍子に進む状況に戸惑いつつも大月は、西野や春日を道連れに総合商社角紅が持つコネクションを利用し、受け入れ準備に全力で取り掛かった。
ちなみにコネクション利用については、何故か西野が志願して仁志野社長に"直談判"して全面的バックアップを得ている。
角紅ディベロッパー部門のゼネコン設計士には、身長2m超の人間が快適に過ごせる住宅の設計・建築を大至急で依頼し、西野の伝で北欧家具を特注し、春日と東山は宮内庁、上野動物園に"異星人食"の相談をして試食会を成功させた。
衣服についても西野がリーダーシップを発揮し、取引先ファッションデザイナーを中心に異星人類の着る"実用的な"各種衣類を製作した。
衣食住が揃った段階で大月達は、マルス・アカデミーと各国政府に受け入れ準備が整った事を連絡したのだった。
大月達地球人類、イワフネ達マルス人双方は、遠足に臨む学生の様にワクワクしながらその日が来るのを楽しみにしながら待ったものだった。
♰ ♰ ♰
―――同年10月20日午前9時【東京都福生市 極東アメリカ合衆国空軍 横田基地】
福生市、調布市、西東京市に跨る広大な基地の滑走路脇に6張りの大型軍用テントが並んでいた。極東アメリカ合衆国を始めとした日本列島各国、自治区の代表がマルス人来訪を待ち受ける場所として設営されたものである。
日本国澁澤首相、極東アメリカ合衆国ミッチェル大統領、極東ロシア連邦パノフ大統領、英国連邦極東ケビン首相、ユーロピア自治区ジャンヌ首相、台湾自治区王代表を始めとする列島各国政府首脳が、マルス人"留学生"を出迎えるために其々のテントに集まっていた。
『―――っ!上空1万mから垂直降下する飛行物体を探知!』
横田基地管制塔から、飛行物体の接近を告げるアナウンスが響く。
軍用テントで待機していた各国首脳達は、あらかじめ打ち合わせしていた順番通りに滑走路脇に集まった。
やがて、やや赤みがかった初夏の青空から、鈍色に輝く三角形を上下に組み合わせた20ⅿ程のダイヤモンド形状をした物体が、各国首脳が集まる上空まで垂直に降下してくる。
「なんだあの形は?」「アダムスキー型じゃないのか!?」「土星型でもないぞ!」
宇宙人が乗っているとされる典型的なUFOの形状とは違う物体に、各国首脳と随行していた軍関係者が騒然となる。
「ダグラス、あの型に見覚えは?」
手をかざして眩しい日の光から眼を守りながら上空を見上げていた、極東アメリカ合衆国ミッチェル大統領が、振り返ると国防長官兼CIA長官を務めているダグラス・マッカーサー三世に尋ねる。
「有りません。大統領閣下。我々が知る限り、あの型はMJ-12(マジョリティー・トゥエルブ)の記録に該当有りません」
サングラスをかけたマッカーサー三世が答える。
「"エリア51"で研究中の機体でもないのかね?」
試しに訊くミッチェル大統領。
「その様な政府管轄施設は存在しません」
取り付く島もない返答をするマッカーサー三世。
「ダグラス君。地球のステイツはもはや存在しないのだ。あの施設についてそろそろ教えてくれても構わないだろう?」
食い下がるミッチェル大統領。
「地球のステイツが壊滅した事が正式に確認されない限り、私には情報を開示する権限が有りませんのでご容赦ください」
表情を変えず、慇懃に頭を下げるマッカーサー三世。
「……まったく。タヌキめ」
憮然とするミッチェル大統領だった。
各国首脳が集まる場所から10ⅿ程離れた場所で、"留学生"受け入れ先である総合商社角紅社長一行の端に控えて居た大月が降下する物体を視て呟く。
「あの形はエ○ァンゲリオンの"第6使徒ラミエル"か!?」
「えっ!?大月さん異星人の乗り物に詳しかったんですかぁ?」
大月の隣に並んでいた西野が驚く。
「え!?違う違う、昔見たアニメの敵キャラに似ていたからつい……」
思わず呟いた内容を聞かれた大月が、恥ずかしそうに弁明する。
「そうですよねぇ。やっぱり"ラミエル"ですよねぇ。イワフネさんに事前勉強用資料として渡したブルーレイBOXにエ○ァ入っていましたから、私もつい見ちゃいましたぁ」
納得した様子で頷く西野が、少しだけてへぺろと舌を出す。
「……そうなんだ。って!なに渡しているの!?」
思わず突っ込む大月。
「……真面目なマルス人ですから、完璧に"予習"して乗り物も合わせて作って来たのでしょうね」
二人の会話を聴いていた春日が呆れた表情で呟き、少し離れた所では澁澤首相と岩崎官房長官に付いていた東山が頭を抱えていた。
ダイヤモンド形状の物体は無音で代表団が待ち受ける滑走路脇上空に近付くと、4本の脚を逆三角形部分から出して静かに着地した。
やがて物体下方の一部分が3ⅿ程の長方形に切り取られたように外側へ開くと、内部からイワフネが降りて来る。
列島各国首脳陣の後ろに整列していた日米合同軍楽隊が、スターウォーズのテーマ曲を盛大に演奏し始め、各国首脳がイワフネに近づくと一人一人握手をしていく。首脳陣の背後で待機していたマスコミ代表カメラマンがシャッターを切り、テレビクルーが撮影を開始する。
「まさか本当に地球外生命体とこうして平和的なコンタクトするなんて、SF映画の登場人物にでもなった気分だよ」
澁澤首相の隣に並んでいた極東アメリカ合衆国のミッチェル大統領がおどけて肩を竦めてみせる。
「それを言うのならば、火星に私達が居る段階で充分にSFでしょう?」
澁澤首相がミッチェルに応える。
各国首脳との挨拶を終えたイワフネが、ホームステイ先となる総合商社角紅社長の仁志野清嗣と握手を交わす上空を、極東アメリカ合衆国空軍のF22ラプター戦闘機と極東ロシア連邦のスホーイ35戦闘機の合同編隊がスモークを噴き出しながら通過する。
横田基地のゲート前では、異星人を一目見ようと詰めかけた市民やマスコミ関係者が、轟音を立てて上空を通過する戦闘機パフォーマンスに歓声を上げる。
「熱烈なお祭り騒ぎですね。ここまで派手なショーにする必要があるのでしょうかね」
皮肉気に眉を顰める極東ロシア連邦パノフ大統領。
「必要でしょう。我々は只でさえ、未知の惑星である"火星"に居るのです。この列島に住む人々が等しく不安を抱える中で、明るい出来事が必要とされているのですよ」
英国連邦極東ケビン首相がパノフを宥める。
「ケビンの考えに私も同意するわ。国民がポジティブじゃないと苦労するわよ?このお祭り騒ぎの一方で、"異星人ホームステイ"を通じて有益な情報を収集したら、貴国は日本列島を出て火星大地に足を踏み出すのでしょう?」
ケビン首相の隣に並んでいたユーロピア自治区ジャンヌ首相がパノフ大統領に訊く。
「当然です。我々の領土択捉島は寒くて小さい。資源は大半が日本列島からの輸入に頼っている屈辱的状況です。我が祖国がソヴィエト時代から観測していた火星大地には、有望な資源が眠っているのですぞ!マルス人が教えてくれた通りに生存可能な環境であれば、我々が開拓しない手はない。偉大なスラブ民族を火星大地で復活させる、絶好の機会だと思うのです」
開き直ったパノフ大統領が答える。
「……領土拡大の野心は、地球を離れても変わらないものなのですね」
小声でぼそりと呟くと、肩をすくめるジャンヌ首相だった。
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―――翌日10月21日午前6時【神奈川県横浜市 アパート「サンライズ」105号室】
「おはようございまーす!」
西野の元気な声がインターホンから聴こえた。
「おはよう西野。元気だな」
寝ぼけ眼で西野を部屋に上げる大月。西野はニコニコと笑顔でそのまま大月の部屋を横切り、大月の壁に設置された特注の"玄関"脇のインターホンを押す。
「イワフネさーん!朝ですよー!」
イワフネのホームステイ1日目のモーニングコールである。
たっぷり5分かけて扉を開けたイワフネは、水色の特注Yシャツと、明るいグレーのスーツ、鰐皮素材のベルトを身に付けていた。
「イワフネさんバッチリ決まっています!いけてます!朝御飯召し上がりますか?」
西野がよくわからないテンションで褒める。
「ありがたい、よろしくお願いします」
ニコリと応えるイワフネ。
「あなた―っ!イワフネさん家で朝御飯ですよ―!早く着替えてくださいな―♪」
大月は洗濯機の中の衣類のように、新妻気取りの西野にぐるぐると小突きまわされながら着替えていく。
イワフネの滞在場所は、大月の住むアパートに隣接した空き地を政府が買収して角紅デベロッパー部門が威信をかけて急遽突貫工事で建設された。家主の承諾を得て正面玄関の他に大月の部屋に面した部分にも"玄関"が作られ、そこから出入り出来るようになっている。
建物のネーミングは西野によると『イワフネハウス』らしい。ひねらないの?と突っ込む暇もなく、西野が手際よく前日から仕込んでいたカボチャのポタージュとシーチキンサラダ、鳥の照り焼きという豪華な朝食を済ませると、3人は護衛のSPと共に横浜駅へ向かうのだった。
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イワフネを連れた大月達一行は、横浜駅からJR東海道本線に乗って東京まで通勤するのである。
朝のJR東海道本線は混雑が酷く、経済統制、交通規制下の現在は、自家用車の使用が禁止された為に過密さに拍車がかかっていた。一番混むとされる川崎~品川間の乗車率は300%を超えていたがその日、身長2mを超えるイワフネが乗ろうとすると車内が悲鳴と怒号に包まれる。
「すいませーん、特撮映画の撮影です!ご協力お願いしまーす!マスコミの人は乗らないで!降りてください!」
すかさず護衛のSPが叫ぶ。
『本日10号車において、異星国賓による特別行事が行われている為、電車大変混みあいまして申し訳ございません。ご協力の程、お願い申し上げます』
冷や汗を浮かべながらアドリブを効かせた車掌のアナウンスがされた段階で、乗客達は渋々とイワフネが乗る空間を、SP、駅員達と協力して空けたのであった。
だが、イワフネの収まった車両のドアは東京駅に着くまで、途中駅で開いても乗降出来る乗客は居なかった。
すし詰めとなった車内で大月はイワフネの巨体を後ろで支え、西野が大月のメタボな体をその後ろで嬉々として支え(ハグとも言う)、護衛SPは物珍しげに写メを撮ろうとする者を睨み付けて牽制したり、接触しようとする者を遮るなどして任務を全うした。
列車が東京駅に到着した時点でSPは、極度の緊張と急激な脱水症状で駅の医務室に運ばれた。
疲労困憊の体で大月、春日、何故だかツヤツヤ顔の西野が、イワフネと共に角紅本店に到着すると、久しぶりに出勤した大月と春日に同僚が早速仕事の相談を持ち掛けていた。
同僚達はイワフネに興味深い視線を向けたものの、自分の業務に集中しており、その姿勢にイワフネは感銘を受けた。
暫くすると、社長室から出迎えの秘書が来て、"新人"イワフネを挨拶させるために、西野を付き添わせ、社長室に案内して行った。
イワフネは、「地球人類は毎日過酷な生活をしているのに、働かずに研究ばかりしている自分はこれでいいのだろうか?」と齢500万歳を超える賢人は大いに悩むのだった。
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角紅社長室の応接セットに案内されたイワフネと西野に、
「ひかりちゃん、凄い新人さん連れてきたなぁ」
社長の仁志野が笑顔で言った。
「"お祖父ちゃん"こそ、いろいろ手伝ってくれてありがとう」
"仁志野ひかり"が嬉しそうに答える。父親が祖父と喧嘩別れして仁志野性を西野と変えて神戸で離れて暮らした西野ひかりはその後、阪神・淡路大震災で両親が死亡した為、祖父の仁志野に引き取られて北欧で10年間過ごしていたのである。
「そらぁ、火星の新人さんは会社創業以来やからなぁ」
思わずひかりのペースで関西弁に戻る仁志野社長。
「イワフネさん、ようこそ家の会社へ」
仁志野はニヤリと笑うと、初めてイワフネを歓迎した。
「ありがとうございます。ニシノ社長。よろしくお願いします」
イワフネが体をちょこんと折り曲げてお辞儀をした。
「礼儀正しいですなぁ」
感心する仁志野。
「大月さんに仕込まれました」
イワフネが苦笑しながら応えた。
「大月君かぁ。人事部の彼に対する評価は酷いもんやけど。ひかり、彼は化けたんかな?」
ニコリと笑う仁志野だが、眼は笑っていなかった。
「そうやね。彼はいろいろ独りで抱えていたみたいやけど、少しずつ男前になってるで。人事部は個人的には絞めておきたい所やけど」
ひかりものろけながら、瞳に暗い影を宿す。
「抑えて抑えて、ひかり。大月君は愛されとるなぁ……もう少し男を上げたらちゃんと紹介してな」
ガハハと笑う仁志野。
「ありがとう、お祖父ちゃん。」
心から感謝するひかり。
「イワフネはん、どうかうちらをよろしくお願いします。それと、ここでの話は大月さんには内緒やで?」
仁志野がいたずらっぽく笑いながら頭を下げる。
「分かりました。大月さんはしっかりとご自分の役割をこなす人だと思います。ひかりさんとは、お似合いだと思いますよ」
イワフネが応えた。
大いに満足そうに笑う仁志野だった。
西野ひかりとイワフネが社長室を去った後、似志野は人事担当役員と人事部長を呼び出すと大月の"正しい評価"について詰問するのだった。
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1ヶ月後、時季外れの人事異動があり、人事担当役員は子会社に出向し、人事部長を始めとする管理職の大半が地方の営業店に異動となった。
新しい人事部の管理職には地方営業店でどぶ板営業を培った猛者や、メンタルヘルスに精通した総務部女性管理職、首都圏営業部署の若手社員が抜擢され、手探りながらも社員を活かす新たな人事制度作りに取り組む事となった。
社長の似志野は、業界内での競争における勝ち負けに拘ることは必要としながらも、極端な成果主義に走ることで社員が不本意に過剰なストレスを受ける仕組みは論外だと明確に社員に伝えた。
その上で、今一度、自らの商社マンとしての価値を見出して欲しい、会社は正直な社員を見捨てることはしない、と宣言した。
全社員に向けて送信された似志野のメールを読んだ大月は、少しだけ永年の胸のつかえが取れた気がした。そして、にこやかな西野の手作りイワシパイを食べて胸がもたれるのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・大月 満 = 総合商社角紅社員。内閣官房室に出向。
・西野 ひかり = 総合商社角紅社員。実は社長の孫娘。
*イラストは、絵師 里音様です。
・春日 洋一 = 総合商社角紅若手社員。魚捌きは上手い。
*イラストは、イラストレーター 更江様です。
・イワフネ =マルス人月(観測ラボ『ルンナ』)が彗星により損傷した時、自動的に地球に降ろされた。
・仁志野 清嗣 =総合商社角紅社長。阪神・淡路大震災で亡くした息子夫婦の一人娘である西野ひかりを引き取り、保護者となる。
・澁澤 太郎 =内閣総理大臣。
・ミッチェル =極東アメリカ合衆国大統領。
・ダグラス・マッカーサー三世 =極東アメリカ合衆国国防長官兼CIA長官。
・パノフ =極東ロシア連邦大統領。
・ケビン =英国連邦極東首相。
・ジャンヌ・シモン =ユーロピア自治区代表。




