ニューガリア攻防戦【前編】
2026年(令和8年)11月20日午前4時10分【火星アルテミュア大陸西部ユーロピア共和国首都『ニューガリア』東部郊外】
夜明け前のニューガリア東部郊外。
造成中だった住宅地のど真ん中に配置された英国連邦極東軍のMLRS(マルス=多連装ロケットシステム)から、バシュッという鋭い発射音と共にミサイルランチャーから誘導弾が放たれると、進撃する巨大生物群1000m上空で無数の子爆弾が弾頭から放出される。
誘導弾本体と燃料部分はそのまま巨大生物群の真ん中に自由落下すると燃料を撒き散らして炎上する。
間髪入れずに、放出された無数の子爆弾が巨大生物の背中一面に降り注ぎ、パンパパンと爆竹の様な乾いた音を立てた無数の爆発が巨体を包み込むも、巨大生物の進行速度は変わらない。
「……あの生物の外皮は分厚いな。子爆弾による面制圧は効かんぞ」
塹壕から双眼鏡で巨大生物を観察する機動歩兵隊員が呟く。
やがて塹壕背後に在る砲兵陣地から、ユーロピア共和国防衛軍155mm自走砲が雷鳴の様な轟音を機動歩兵陣地にまで響かせて砲撃が開始される。
「偵察ドローン23号のリアルタイム映像、来ます!各自HDに投影!」
双眼鏡で巨大生物を監視する機動歩兵隊員の隣で、ヘッドセットをした通信オペレーターが叫ぶ。
塹壕で待機する機動歩兵隊員のヘルメットに装備されたHDに、巨大な四足生物の群れを上空から撮影している画像が映し出される。
赤外線撮影による白黒画面で白く浮かび上がる巨大生物の輪郭が白く浮かび上がる。
その輪郭はトカゲの様な形状をより強靭にしたワニに酷似している。
「で、でけぇ……」「オオトカゲ……いや、ワニなのか?」
息を呑み、掠れた声で呟く隊員達。
巨大ワニの映像に戦慄する機動歩兵部隊前方では、ユーロピア共和国防衛軍155mm自走砲の砲弾が巨大ワニ群の周囲に着弾して岩石を派手に噴き飛ばして土煙を上げる。
時折巨大ワニの背中に砲弾が命中すると、苛立ったような唸り声を上げて身悶えするものの、進む速度は相変わらずだ。
「多少の傷はある様だが、致命傷ではないか……」
機動歩兵陣地の塹壕で、携帯対戦車ミサイルを構える隊員の隣で迫りくる巨大ワニを観察する、砂漠戦用戦闘服に身を包んだ生物学者が居た。
塹壕から顔を出して双眼鏡で巨大ワニを観察しているのは、ユーロピア共和国学術庁火星生物対策班顧問であるロンバルト・アッテンボロー博士である。
彼は火星生物襲来の第1報を聞いた直後、ニューガリア中央政庁を飛び出して最前線に駆け付けている。
「……その様ですね。あの巨体を何とかするには火力が足りないですね。最大限の効果を望むとするならば、同時着弾攻撃が最も有効でしょう」
浅黒い肌をした中東出身の機動歩兵部隊隊長が応える。
「では、携帯ミサイルもタイミングを合わせるのかね?」
アッテンボローが訊く。
「各種ミサイルや砲弾の速度、それぞれの射撃位置に置ける風向きなどの射撃環境を精密に計算して火力を集中させるには、指揮・通信システムの完全な統合が必要です。この多国籍部隊には望めません」
肩を竦める隊長。
「……もっとも、それは此処の指揮官もよーく理解していると思いますがね」
そう応えた隊長が、ちらと背後の高層マンションを振り返る。
その前線指揮所で迎撃の指揮を執るユーロピア共和国防衛軍の若い前線指揮官は、ニューガリア中央政庁の司令部に支援要請を発し続けていた。
「ええ!ですから!火力が圧倒的に足りません!
巡航ミサイルでも、ダンケルク宇宙基地からのデブリ空爆でも、日本自衛隊のレーザー衛星攻撃でも構いません!
此方に戦力を回してください!今、直ぐに!」
甲高い声を上げて無線電話の受話器に喚く前線指揮官。
若い指揮官は、アルテミュア大陸西部開拓中に群れからはぐれた巨大ワームやサソリモドキを撃退、討伐した経験はあるが、いずれも単体であり、巨大生物集団との戦闘経験は無い。
更に指揮下の兵力は、不規則に襲来する火星生物向けに即応能力を重視した機動装甲車輌と外人機動歩兵部隊が中心であり、規模も500人程度と少ない。
唯一の機甲部隊は地球北米攻略作戦に参加しており、火力面においても脆弱だった。
『わが軍の戦略ミサイル原子力潜水艦「トライアンフ」はシレーヌス海でトマホーク発射準備中だ。
日本の太陽光送電衛星「アマノハゴロモ」システムは、使用についてミツル商事経営陣と日本政府内で調整中らしい』
前線指揮官の通話先は英国連邦極東軍のグリナート大佐だ。
地球北米攻略作戦に参加しているロイド提督の代理として、火星方面の英国連邦極東軍、ユーロピア共和国軍を統括している。
「大佐殿!調整なんて悠長なことを言っている場合では有りません!
このままでは、30分以内に首都ニューガリアが蹂躙されてしまいます!何の為の相互防衛条約ですか!」
『……はぁ。日本はこの期に及んで"日本列島外"での共同軍事行動を拒否してきたよ……』
憤る前線指揮官に思わずため息を漏らすと、事情を告げるグリナート大佐。
「なっ!」
絶句してしまう前線指揮官。
『相互防衛条約は"日本列島内に在るユーロピア共和国領土"に限定されるらしい……』
「そんな国内解釈は初耳です!
極東米露と共に我々もアルテミュア大陸に進出している事は誰もが知っています!何を今更!」
憤る前線指揮官。
『日ユ相互防衛条約締結当時、アルテミュア大陸に人類は上陸を果たしていなかった。第二次上陸作戦における火星原住生物殲滅後、人類都市ボレアリフからアルテミュア大陸西部開拓時点では、誰もこの様な事態を想定していなかったのだ』
『今も、あらゆる戦力を送るべく力を尽くしている。今少し、堪えてくれたまえ。……時間を稼ぐのだ』
苦渋にみちた声音で告げるグリナート大佐。
「……そんな」
「火星生物群郊外まで20kmを切りました!砲撃効果無し!」
途方に暮れる前線指揮官に作戦将校が報告する。
司令部との通話を中断すると、覚悟を決めて険しい顔をした前線指揮官が、展開している防衛陣地の全部隊に告げる。
「防衛陣地の諸君。こちらの阻止砲火にかかわらず、火星生物の侵攻速度は変わらない。間もなく20kmを切る……。
これより戦車部隊と機動歩兵による直接戦闘に入る!日本のパワードスーツ部隊は機動歩兵陣地前まで前進――――」
突如、自衛隊による戦域通信が前線指揮官の指示に割り込む。
『こちら日本国自衛隊特殊機動団アルテミュア派遣部隊。東京市ヶ谷からの最優先命令を受信。ニューガリア国際空港防衛任務の為、これより移動する』
「自衛隊パワードスーツ部隊が移動を開始、陣地から離脱しています!」
「待てよ!おい!戦闘が始まるんだぞ!」
前線指揮官の呼び掛けに応えないまま、オリーブ色に塗装された自衛隊のパワードスーツが、塹壕から飛び出してきた機動歩兵隊員達の制止を無視して次々と機動歩兵陣地から後退していく。
「おいおい!ガンダムが逃げちまうぞ!」「最前線の日本自衛隊が撤収を開始したぞ!どうなっているんだ!」
騒然とする機動歩兵陣地だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国学芸庁火星生物対策班顧問。生物学博士でサーの称号を持つ。
・グリナート=英国連邦極東軍提督代理。火星方面英国連邦極東・ユーロピア共和国連合軍司令官。大佐。




