救援
2026年(令和8年)11月20日午前4時【火星アルテミュア大陸 西海岸『人類都市ニューガリア』東部郊外】
赤茶けて荒涼とした大地と建設途中である住宅団地の境目に、ユーロピア共和国防衛軍を始めとする列島各国駐留部隊が即席の防衛陣地を築いて展開していた。
住宅団地の手前に背水の陣を敷いた防衛部隊の戦車やパワードスーツ、歩兵部隊の砲口は日の出前の薄暗い荒野から地響きと共に接近する巨大生物群に向けられている。
『こちらダンケルク宇宙基地。目標の巨大生物群は郊外から45kmに到達。接近速度変わらず』
「了解。10分後に各国砲兵は逐次射撃開始せよ」
防衛陣地後方に聳える建築中の高層マンションに設けた仮設指令所から、指揮官が各国部隊に指示する。
「へへっ、まさかアニメで視た"ガンダム"と共に戦えるなんて夢みたいだぜ」
塹壕の中から携帯対戦車ミサイルを抱えたユーロピア共和国防衛軍の兵士が、隣の掩体壕で30mmバルカン砲を構えている自衛隊のパワードスーツを横目に呟く。
親善訓練でニューガリアを訪れていた日本国自衛隊特殊機動団のパワードスーツ1個小隊が、日ユ相互防衛条約に基づいて自動的に参戦していた。
特殊機動団のパワードスーツは、地球に派遣された高瀬中佐が操る『サキモリ』型を簡素化させた量産タイプであり、戦術システムにAIは装備されていないがバックパックを交換することで地上、宇宙で活動可能となっている。
暫くすると、背後の住宅団地内に展開していた英国連邦極東軍の多連装ミサイルランチャーから次々と誘導弾が発射されて彼方へと跳んでいく。続いて、ズズンと轟音と共にユーロピア共和国防衛軍の155mm自走砲が砲撃を開始していく。
「ちっ!多国籍部隊だから効果の大きい同時弾着射撃は無理か……。
"ガンダム"さん、せいぜい頼りにしているから頼んまっせ」
対戦車ミサイルを肩に担いだ兵士は、遥か彼方から迫る巨大な影をスコープの中で捉えながら呟くのだった。
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2026年(令和8年)11月20日午前5時【火星第1衛星フォボス ユーロピア・英国連邦極東合同宇宙基地『ダンケルク』宇宙ドック】
直径22Kmに及ぶこの衛星の宇宙基地には、惑星間航行艦船専用の宇宙ドックがある。
2023年に勃発した宇宙国家アース・ガルディアとの戦争時、美衣子と結が火星を回る衛星2つに在るマルス・アカデミーラボ(研究室)を改装して、日本国、ユーロピア共和国・英国連邦極東向け宇宙防衛拠点として魔改造した際、衛星直径が大きいフォボス内部をマルス・アカデミーラボよりも更にくり抜いて増設したのがこの宇宙ドックである。
ちなみに日本国航空・宇宙自衛隊のダイモス宇宙基地は、衛星直径が11Km程度と小さい為に艦船専用ドックは宇宙基地外に仮設された移動式簡易ドックであり、本格的な艦船メンテナンスには向かない。
現在ダンケルク宇宙基地のドックには、数時間前に火星日本列島駿河湾から飛び立った『ディアナ号』が入渠していた。
ディアナ号は人類都市『ニューガリア』救援に向かうべく、美衣子達三姉妹によって大急ぎで装備の換装が行われていた。
本来であれば火星日本列島を脱出した大月家一行は、木星最深部に姿を消したシャドウ帝国創始者のダグリウスを追跡すべく木星へ向かう為の惑星間航行に備えた整備が行われる予定だった。
だが、大月満がユーロピア共和国ジャンヌ首相の緊急要請に応えて火星アルテミュア大陸西部の人類都市『ニューガリア』の救援に向かうと決断した事で、ディアナ号は惑星間航行に必要な装備を取り外して砲台を設置したり、弾薬の入ったコンテナが慌ただしく積み込まれている。
宇宙服を着た瑠奈が、命綱なしで舷側に据え付けた砲台に取り付くと、レーザー溶接で固定していく。
「……なんだか物々しい装備だね」
宇宙ドック内上部に在る整備作業管制室から、ひかり、美衣子と共に特殊強化ガラスの向こう側に浮かぶディアナ号を見下ろしていた満が呟く。
「これから火星生物と一戦交えるのだから、それなりの備えは必要よ」
満の隣で白衣を着た美衣子が、インカムを使って整備隊員へ向けて指示を出しながら応える。
『―――姉さま。この核弾頭は舷側の副砲用だったかしら?』
宇宙服を着た結が美衣子に指示を仰ぐ。
「そうよ。空中爆発用と電磁パルス攻撃用、核地雷用と異なるから混ぜないようにしてちょうだい」
指示を出していく美衣子。
「核地雷だって!?」
驚く満。
「そうだけど?」
キョトンと首を傾げる美衣子。
「いやいや!核兵器は使用禁止でしょう!」
慌てて突っ込みをいれる満。
「……お父さん。これから私達が救援に向かう所は日本国内じゃないわ。本場の火星大地よ。お父さんが気にする所の日本国憲法なり、非核三原則という日本国内だけの不文律が通用する世界とは全く違うのよ」
縦長の瞳で満を見据える美衣子。
「……そう、だったね。ごめんなさい」
自らの認識違いに気付いた満がしゅんとする。
「あなた。今はニューガリアの人を救う為に動かないとですよぅ」
ポンポンと背中を軽く叩くと、満を励ますひかり。
「そうだね。落ち込むのは後にするよ」
小さく頷く満。
今のところ、満がやろうとしている事と出来る事には大きな違いがあり、それを自分が認めない限り前に進めないのだ。
火星日本列島のNEWイワフネハウスでじりじりと事態を傍観していた時と同じ思考と行動ではダメなのだ。
何の為に脱出したのか、軽く深呼吸して思考を整理する満。
『―――ムッシュ大月。改装が間もなく終了します』
作業員が満に報告する。
「ご苦労様です。みんな、これからの事なんだけど……」
満は作業員に労いの声を掛けた後、作業管制室の片隅に家族を呼び寄せると、これからの行動について密かに打ち合わせを始めるのだった。




