まずは此方へ
2026年(令和8年)11月19日午前7時【長崎県対馬市 対馬空港ロビー】
「レディ、この度は大変ご苦労様でした。お二人の働きに対し、英国連邦極東政府から謝礼金をお二人の銀行口座へ入金しています。ささやかな金額で恐縮ですが」
丁寧な物腰で二人に頭を下げるソールズベリー商会長。
福江島の英国連邦極東軍研究施設で、澁澤を襲撃したテロリストのDNA鑑定を行った岬と琴乃羽は、そのまま島の中央部に在る温泉宿に滞在してバカンスを満喫した後、途中から世話役として同行していたソールズベリー商会のソールズベリーと助手クリスと共に、対馬から福岡へ向かう飛行機に乗る為、空港を訪れていた。
「……なっ!1億ですって!?」
思わず両眼がキラーンと¥マークに変貌する琴乃羽美鶴。
「とんでもない!こちらこそ、分析のお手伝いは1日かそこらでしたし、後はほとんど福江島の温泉旅館でのんびり出来ましたし、良いバカンスでした」
大金に眼が眩むのを根性で抑えて、お淑やかに礼を言う岬渚紗。
「良い有給休暇でしたけど、よく考えてみたら今回の私達の行動は副業にあたるから会社にばれると不味いのでは?」
琴乃羽が不安げに呟く。
「日本の商慣習は分かりませんが、火星転移後は農業を副業としている会社員も多いと聞きましたけれど?」
首を傾げる助手のクリス。
「会社でやっている仕事と"同じ事"を社外で行って報酬を得る行為が不味いのですよ」
思い当たる節があるのか、考え込む岬。
「ま、ここで考えてもしょうがないから、取り敢えずチケットを買わないとね」
楽天的な琴乃羽が、クレジットカード片手に足取りも軽く航空券販売カウンターへと向かう。
「彼女、なかなか強かですね」
感心するソールズベリー。
「……あはは。なんにも考えていないだけだと思うんですけどねぇ。
もとから楽天的な所はあったけれど、福音システム攻撃の時に彼女は一度ヒトの姿を失っていますからね……。ですから、大概の事には動じないみたいですよ?」
苦笑する岬。
むしろ、色々と思い込みがちな私を引っ張ってくれる存在かも知れないと岬が思っていると、航空券カウンターから琴乃羽の慌てる声が聞こえてくる。
また琴乃羽が何かしらやらかしたのに違いない……はぁ、とため息をつきながら琴乃羽の元へ向かう岬だった。
♰ ♰ ♰
「はぁ?どうして私のクレジットカードが使えないのよ!?毎月のリボ払いもキチンとしているし、ゴールドカードなのに!」
航空券販売カウンター前にある券売機で地団駄を踏む琴乃羽。券売機はクレジットカードが使用出来るのだが、何故か琴乃羽の持つクレジットカードは決済不能として使えなかった。
「……琴乃羽、リボ払いは当然として電話代とか大丈夫?」
不安そうな顔で訊く岬。
「全っ然大丈夫!なぜなら自作の携帯電話だから!」
フンとどや顔で胸を張る琴乃羽。
「へえ、貴女工作出来るんだ……。それでもNTT回線の使用料は必要よ?そっちは届け出しているの?」
感心しつつも突っ込みを入れる岬。
「……うっ!?」
何にも考えていなかったらしく、言葉に詰まる琴乃羽。
「そして美鶴……、貴女の使っているカードは会社のカードじゃないのかしら?」
「えっ!?」
「はっ!?」
やらかしたと気づく琴乃羽と、マジで知らんかったんかコイツと呆れる岬の二人が上げる驚きの声がハモる。
「……貴女それ、下手したら会社の資産を流用していると疑われるわよ?」
震える指で琴乃羽を指さす岬。
「なっ!?み、岬っ!貴女も一緒に過ごしたのだから、同罪よ!」
「なんでっ!?」
「……これが日本人の固有文化である"MANZAI"で言うところのノリ突っ込み、ですか」
ぼそりと呟くクリス。
冷静に二人を見つめるソールズベリーとクリスだったが、なかなか福岡行きの航空券を購入出来ず、途方に暮れている岬と琴乃羽にたまりかねて声を掛ける。
「レディ。このままだと、お二人は日本の外事警察に拘束されますよ?先ずは此方へどうぞ」
促されるまま、ロビーの片隅に纏めてあった黒い音響ケースに隠れて英国連邦極東軍の連絡機で対馬空港から福江島へ戻る二人だった。
♰ ♰ ♰
―――2時間後【長崎県五島市福江島 英国連邦極東軍研究所】
「一体どういう事でしょうか?」
再び福江島の研究所に戻るなり、ソールズベリーに事情を尋ねる岬。
「日本の外事警察は、お二人が不法に日本国を出て英国連邦極東へ入国した疑いで行方を追っている様です。あくまでも表向きの理由の様ですが……」
答えるソールズベリー。
「あっ!そう言えば、英国連邦極東海軍の空母から"直接"長崎に来たんだった」
ポンと手を叩いて納得する琴乃羽。
「簡略的な物とは言え、入国手続きは必要です。我が国はそこまで神経質ではないのですがね」
肩を竦めるソールズベリー。
「では、私達はどうすれば……」
おろおろと狼狽える岬。
「いっそのこと、英国連邦極東に来ますか?」
ソールズベリーが二人に言った。
「「え!?」」
見事にシンクロした動きで首を傾げる岬と琴乃羽だった。
「レディ、もうすぐ日本国は貴女達が研究を進めるのにはとても厳しい環境となりますよ?貴方達の勤めるミツル商事も、完全に日本国政府の直轄に入ります」
「ミツル商事はこれから、先進的な取り組みをしていた海洋養殖研究よりも、他社事業への投資が主なものとなるでしょう。貴女方の研究をサポートしていた方も間もなく日本を離れる様ですよ?」
続けて説明をするソールズベリー。
「えっ?大月社長やひかりさんが海外へですって!?」
聞き捨てならない事情に思わず詰め寄る岬と琴乃羽だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・岬 渚紗=ミツル商事海洋養殖部門、医療開発部門担当。海洋生物学博士。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・琴乃羽 美鶴=ミツル商事サブカルチャー部門責任者。言語学研究博士。少し腐っている。
*イラストはイラストレーター更江 様です。
・ソールズベリー=ソールズベリー・カンパニー商会長。元英国連邦極東外務大臣。クリスを引き当てた事で独立起業した。
イラストは七七七 様です。
・クリス=ソールズベリーの助手。大月家結婚披露宴の大ビンゴ大会で賞品としてソールズベリーが引き当てたマルス・アンドロイド。
イラストは七七七 様です。




