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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 変わる世界
238/462

底の先

――――――【火星北半球 アルテミュア大陸中央 シドニア地区 マルス・アカデミー地下研究施設『ヘル・シティ』】


 上空からその地区を視ると、巨大な人面岩の如き一枚岩がぽつねんと存在しているだけだが、地下にはマルス・アカデミー本部と共に、広大な研究施設が広がっていた。


 火星環境が生存に適さなくなる事を予知したマルス人が、プレアデス星団へ移住した現在は封鎖されており、警備用のアンドロイド兵士が巡回するだけの寂しい場所の筈である。

 だが、今は広大な研究施設の片隅で三人の人影があくせくと作業に勤しんでいた。


「結。そっちの出来具合はどうかしら?」


 制御卓を忙しなく操作しながら、美衣子が格納庫で作業中の結に訊く。


『アルテミュア大陸の土を含んだ海流を、駿河湾の深海まで繋げる事には成功したわ姉さま』


 答える結。


『こっちも順調っス!沈没船の型はとったっス!後は海流の物質化に合わせて組み立てればいいっス!』


 結の隣で作業中の瑠奈も応える。


「優秀な妹達を持って鼻が高いわ」


 ふふふんと満足げに呟く美衣子。


 最近は仁志野清嗣の自宅で朝食を摂った後、ピクニック準備と称して冷蔵庫からシドニア地区まで移動して出立の準備を進めている三姉妹だった。


 横浜に在るNEWイワフネハウスが裁判所に差し押さえられて三姉妹の研究室が使えない今、田園調布の仁志野宅から『どこへもドア』を使ってシドニア地区の地下研究室を使用しているのだ。


「あら?久しぶりにマスターからの通信だわ。結、瑠奈、マスターからの通信よ。通信室に集まるのよ」


 制御卓を操作しながら、通信コンソールの表示を見て妹に集合を呼び掛ける美衣子だった。


          ♰          ♰          ♰


「マスターのマスター。伝言承ったわ。木星最深部ね」


 研究施設内に在る通信室で、結や瑠奈と共に恒星間通信をする美衣子。

 通信室のモニターには、マルス・アカデミープレアデス星団本部に居るアマトハと、美衣子を含む日本列島生態環境保護育成システムを開発したゼイエスが映し出されている。


『第5惑星再生作業船団のデータを詳しく分析した結果、第3惑星を脱出したダグリウスは、第5惑星最深部に突入したと結論付けられたのだ』


 アマトハが伝える。


「重力の底に突入するなんて自殺行為ではないかしら?追いつめられた末の自殺では?」


 結がアマトハに尋ねる。


『まさか。マッドサイエンティストのダグリウスが研究を捨てて死ぬ事など有り得んよ。逆だよ。彼は生き延びる為に突入したのだ』


 頭を横に振って答えるアマトハ。


『第5惑星の重力は太陽系で一番大きい。先日、第5惑星再生を担う先遣隊が観測した正体不明の高エネルギー体が大赤斑に到達した異常現象から推測するに、重力の底の『先』には何かが在るとしか思えないのだ』


 第5惑星(木星)の全体画像を投影して説明するゼイエス。


「むーん……地底世界っスか?」


 瑠奈が腕を組んで考え込みながら訊く。


『……惜しい。地底では無く、別次元の世界だ。あくまでも仮説だがね』


 思案気に答えるゼイエス。


「この情報は日本政府に伝えればいいのかしら?」

首を傾げる美衣子。


『……今のところは必要ないだろう。

美衣子の報告を聞く限りでは、地球人類は第3惑星上の文明復興に忙しくて、宇宙の彼方へ逃亡した異星人の事は見向きもしないようだ。日本国の澁澤か岩崎、大月夫妻にだけ報告すればいい』


 僅かにため息をついて肩を竦めるアマトハ。


「……わかったわ。お父さんとひかりに伝えておく」


 そう答えると通信を終了する美衣子だった。


「美衣子姉さま。そろそろお昼ご飯の時間よ。あまり遅いとひかりがチャーハンを片づけてしまうかも」


 少し焦り気味の結。


「お先に行くっス!」


 ダッシュで通信室の奥に置かれた冷蔵庫を模した『どこへもドア』へ飛び込んで帰還していく瑠奈。


「……全く。食い意地の張った妹だこと」


 悩まし気に頭を振る美衣子。


「姉さま。本当に急がないと。このままだとおカズの回鍋肉がお父さんに全部食べられてしまうかも……」


 美衣子の目の前の空間に、満が回鍋肉をガツガツと貪るようにもりもり食べる姿が投影される。


「クエッ!?」

 

 映像を視て驚きの声を上げると、冷蔵庫へ向けてとてとてと走り出す美衣子。


「後はお願い。頼れる妹よ」


 走りながら後ろを振り向いて結に言うと、全速力で冷蔵庫へ飛び込んでいく。


「……姉さまに頼られる私、グッジョブだわ」


 通信室に一人取り残された結だが、美衣子の言葉を聞くと満足そうに胸を張りながら研究室へ戻って"作りかけている宇宙帆船"の後片付けをするのだった。


           ♰          ♰          ♰


2026年(令和8年)11月19日午前6時【東京都大田区田園調布一丁目 】


 仁志野清嗣の自宅リビングで"ピクニック"の準備に追われる大月家一同。


「忘れ物ない?」


 皆に声を掛けるひかり。


「ないわ」「完璧よ」「忘れ物が有るか忘れたっス!」


 通常運転の返事で返す美衣子達三姉妹。


「大丈夫だな」


 三姉妹を見て頷く満。


「満君。君のお母さんの事はワシら居残り組で面倒看るさかい、気にせんと行ってええねんで」


 病院で長期療養中の満の母に寄り添うと、仁志野が告げる。


「ありがとうございます。お義父さん」


 神妙な顔で頭を下げる満。


「それじゃあ、行こうか」


 皆の顔を見回すと、顔を引き締めて玄関口へと向かう満だった。


「お父さん、ちょっと待って!」


 いきなり満の脚にしがみ付く美衣子。


「外は”知らない人達”が待ち構えている様だから、ピクニックへ行くにはこっちが正解よ」


 満をずるずると力強く引っ張りながら、冷蔵庫へ向かう美衣子。

 ひかりや結、瑠奈は、知ってか知らずか平気な顔をして満について行く。


「冷蔵庫?」

怪訝な顔の満。


「……最短距離だから」「安全よ」「お得っス!」

口々に答える三姉妹。


「とにかく、先ずは此方よ」


 美衣子が冷蔵庫の扉をバッと開けた瞬間、仁志野清嗣を除く大月家一同が中から溢れ出る光に呑み込まれるように消えて行った。


 がらんとしたキッチンで冷蔵庫に向かって立ち尽くしていた仁志野は小さく息を吐くと、おもむろに懐から携帯電話を取り出して”とある先”へ連絡を入れる。


「ワシや。満君やひかりは家を出たで。後はよろしく頼んまっせ」


 相手に念を押す仁志野。


「……気つけて行っといで。必ず帰ってくるんやで?」


 冷蔵庫へ向かって呟く仁志野だった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月満=元ミツル商事社長。自己破産して現在求職中。

・大月ひかり=満の妻。ミツル商事監査役を解任され、角紅役員も辞任して現在求職中。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・仁志野 清嗣=総合商社角紅社長。ひかりの祖父。

・アマトハ=マルス人。マルス・アカデミー・特殊宇宙生物理学研究所 所長。同僚ゼイエスの善き理解者。

・ゼイエス=マルス人。マルス・アカデミー・特殊宇宙生物理学研究所技術担当。

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