委譲
2026年(令和8年)11月20日夜【鳥取県 出雲大社本殿 屋根裏】
今宵も屋根裏には神無月ではないのにも関わらず、日本列島全土から集結した800万に及ぶ神々=ナノマシーン光球体が放つ白色の輝きが、低い天井を照らしている。
いつもの夜と違うのは、屋根裏へ密かに引き込まれた1本の光ファイバーケーブルと電源コードのついた1台のゲームセンターで使われる筐体が屋根裏中央にズンと置かれていることだった。
「それでは、これから800万の神々とAI(人工知能)の"合コン"を始めるっス!」
何故か小指を立ててマイクを握る、合コン幹事の瑠奈が宣言すると、屋根裏を800万の神々=ナノマシーン光球体が喝采するかの如く乱舞する。
続いて瑠奈の後ろに控えていた結がゲーム機筐体の電源を入れると、画面が点灯して『祝♡合コン』の文字が表示されるとゲーム筐体からラ●ライブの歌が流れ出して画面から光が溢れ出る。
「ホログラム投影システム、オンよ!」
いつの間にかサンタクロースのコスプレをしてゲーム筐体後ろでスタンバイしていた美衣子がクラッカーをパン!と鳴らす。
次の瞬間、画面から溢れ出した光が一気に屋根裏中に広がり、その光が収まった時には、屋根裏は経産省"AIコミニュティ"メンバーでひしめいていた。
屋根裏での喧騒が最高潮に達した段階で美衣子は屋根裏周辺に空気を遮断する電磁シールドを展開、本殿に務める神職や巫女の迷惑にならないように配慮する。
「……ふぅ。これでやっと本題に入れるわね。
注目!今日の合コンのお題はこれよ」
美衣子がバンと低い天井を指し示して提示したホログラム映像には『日本列島生態環境保護育成システムの一時的権限委譲』と表示されていた。
「それでは、長い夜を楽しむのよ!」
縦長の瞳孔を細めながら美衣子が尻尾でぺちぺち床を叩くと、それを合図だと言わんばかりの勢いで神々とAI達の打ち合わせがあちらこちらで始まるのだった。
「あれっ?自己紹介とか、告白タイムはどこへいったっスか!?」
屋根裏の真ん中で、一人マイク片手にポツンと喧騒から取り残される瑠奈だった。
「瑠奈。お使い行ってきて頂戴。ダッシュで……」
早速、空のバドワイザー缶とスナック菓子の空き袋を掲げて注文する結。
「喜んで!って、何でっ!?」
反射的に元気よく答えながら『どこへもドア』をくぐった瑠奈は、途中で握りしめていたマイクの存在を思い出して自らの存在意義に首を捻りながらも、酒と肴を探しに真夜中の鳥取市内へ駆けていくのであった。
勿論、警察のパトカーに呼び止められて職質を食らってしまう"お約束"も忘れない瑠奈だった。
その夜、美衣子達三姉妹が統括していた『日本列島生態環境保護育成システム』の権限を、AIコミニュティ面々が一時的に引き継ぐことでAIと800万の神々は了解すると、買い物と職質を終えた瑠奈が戻って来たタイミングで打ち上げの祝宴へと移行するのだった。
"ヒトの中学生"と勘違いして瑠奈に職務質問をした罪滅ぼしと言わんばかりに、警察官がパトカーに積み込んだ大量の酒と肴を社務所了承のもと、屋根裏へ持ち込んだ事で酒宴は最高潮となった。
勿論しばらくの間、鳥取市内でオレオレ詐欺や違法薬物の闇売買、空き巣が、神々とAIによって瞬時に鳥取県警本部へ通報され検挙率が激増、東京の警察庁が首を捻ったのは別の話である。
日本列島始まって以来となる800万の神々と、ヒトが造り出したAIとの共同作業に屋根裏の皆が浮かれる中、片隅で床に捨て置かれた様なウサギのぬいぐるみが、酒宴をじっと見つめながら主へリアルタイムで中継していた事に誰も気付かなかった。
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―――3日後、11月23日午前8時【東京都大田区田園調布1丁目 角紅社長 仁志野清嗣宅】
勤労感謝の休日、早朝から仁志野清嗣と大月家一同は、久しぶりに富山市尖山へ1泊2日のピクニック旅行に行く準備を進めていた。
リビングのテレビからは、昨日誕生した『地球創生党』が中心となって誕生した新政権の首班として選出された我妻総理大臣の就任会見録画が映し出されていた。
『―――よって我が国は、人類同士が殺し合う悲惨な戦争を止める為、地球連合防衛条約からの離脱を宣言いたしますと共に、母なる地球の復興と、地球市民の一員として、日本人民の安全・安心な地球帰還を実現すべく、イスラエル連邦共和国と同盟関係を強化する協議に入るものであります』
真顔で熱弁を奮いつつも、どこか綺麗言葉の並んだ空虚な言葉が目立つ我妻首相の会見だった。
たまにテレビの近くを通りがかった仁志野清嗣が、ちらりと会見内容を横目で見る以外は、皆その様な些事は知らないとばかりに"ピクニック"の準備に没頭するのだった。
出立の時が迫っていた。
☨ ☨ ☨
――――――同時刻【長崎県佐世保市 ダウニングタウン10番街 英国連邦極東 首相官邸執務室】
希少なマホガニー材を使用した家具で統一された執務室には、応接用ソファーに座って我妻首相の就任会見を視るケビン首相とユーロピア共和国ジャンヌ・シモン首相の姿があった。
「……これから日本は冬の時代になるな」
苦虫を噛み潰した顔で、火の付いていない葉巻を咥えるケビン首相。
「……ええ、そうね。我が国は食料やエネルギー面ではアルテミュア大陸からの供給で大分賄える様になってきたけれでも、いざという時の後ろ盾があんな偽善者だと不安になるわね」
火の付いていない葉巻にも関わらず、見えない煙から逃げるように身をよじりながら、羽に衣着せぬ物言いで我妻の発言を切って捨てるジャンヌ首相。
「政治家は大なり小なり皆偽善者だよ。
それにしても相変わらず貴国は流石用意周到だな。地球での戦いに外人部隊しか派遣しなかっただけの事はある」
皮肉気にユーロピア共和国のしたたかさを評価するケビンに、ジャンヌ・シモン首相の後ろに立つクロエ・シモン首相補佐官の姉が眉を顰めて言い返そうとするのを、妹のジャンヌ首相が手振りで制止する。
「お褒めに預かってなによりですわ。
貴方の所もマルス・アカデミー関係者を手中に収めるそうじゃない?これからイスラエル連邦に引きずられて停滞する日本と一線を画して技術革新に取り組むなんて、強かですこと」
オホホと笑ってケビンの皮肉に応えるジャンヌ。
「……お互い様だな。とは言うものの、日本列島諸国の一員として表立った対立は出来ん。首脳間の対話は官僚共に任せる事が多くなるがな」
「そうね。此方には貿易大臣を常駐させるけど、私はアルテミュア大陸のニューガリアで執務する時間が長くなる予定よ」
ケビン、ジャンヌ両者とも日本国との関係を見直す方針を固めるのだった。




