提案
2026年(令和8年)11月20日午前9時50分【東京都大田区田園調布1丁目 角紅社長 仁志野清嗣宅】
リビングのテレビは急な来客があったものの電源が消される事は無く、少しだけ音量を落とした状態でニュース番組を映している。
『—――—――今日も政界に大きな動きがありました。新党の誕生です』
『汚職事件に揺れる自由維新党、立憲地球党のそれぞれ半数を超える所属議員が、後白河外務大臣、我妻代表と共に両党を離党、新党『地球創生党』を結成、先ほど総務省選挙管理委員会に新党設立の届け出を行いました。
この新党に所属する議員数は衆参共に議席の過半数を超え、自由維新党、立憲地球党を抑えて第1党となり、政権交代が実現する見込みとなりました』
リビングのテーブルには、テレビから流れるニュースの当事者であるはずの岩崎自由維新党総裁と、何故か緊張した顔でその隣に座る春日洋一が居た。
「……えっとお話を伺う前に、お二人の組み合わせにとても違和感を感じるのですが……」
異質な組み合わせと対面して緊張したのか、おずおずと切り出す満。
「春日君の後見人は、私と長年付き合いがありましてね。この度、私の下で政治家になる修行を積むことになったのです。あと数時間で与党の座を明け渡す党の党首は、暇が多いものでね……」
皮肉気に自嘲する岩崎。
「……大月さん。実は政治家だった叔父が、この前の選挙で落選した事で政界引退を決意したので、僕に後を継がないか?と誘われたんですよ」
春日が説明する。
「……そうなのか。
政治家ですか……。地縁・血縁のしがらみがものを言う選挙活動とか、陳情とか、政治資金とか、派閥のあれこれとか、春日に似合わない泥臭い世界だと思うんだけど大丈夫なのか?」
最初こそ言葉に詰まっていたが、段々と喋るうちに春日の未来に不安を感じてしまう満。
「大月さんのおっしゃる通り大変でしょう。ですが、日本列島が火星に転移した現在、新しい環境下で新しい政治への道を切り開く政治家を育てるのは今しかないと思うのです。
及ばずながら、この老骨もお手伝いさせて頂きます」
満の不安を認めつつも、自分も春日の面倒をみると宣言する岩崎。
「新しい世代の政治家が必要というのはわかりました。
でも春日、お前は政治家になって何を目指すんだ?いきなり”日本の夜明けが―――”とか言うんじゃないよな?」
首を傾げて訊く満。
「出来る事なら、角紅やミツル商事で経験した養殖販売業や海洋開発に関係した政策に力を入れたいですね。
アルテミュア大陸やヘラス大陸沿岸で養殖事業を起こした事は、良い経験になりました。ですから、日本周辺の海も新しい火星の海を活かしてみんなの生活が豊かになれば良いと思っています」
満を真っ直ぐに見つめて答える春日。
「……そうか。それなら無理せず頑張れ!応援しているよ」
励ます満。
「春日は良く分かってる。火星の海は復活して間もない海。すべてはこれからよ」
ミルクセーキをちろちろと長い舌で舐めながら応援する美衣子。
「火星原住生物を上手くテイム出来る事を祈っているわ」
何処から取り出してきたのか、チーズかまぼこにむしゃむしゃと齧りつきながら、何故か巨大ワーム使いを勧める結。
「巨大ワームの一夜干しが食べたいっス!」
コーラを禁止されて、ミネラルウオーターをぐびぐびと飲みながら、欲望に忠実な瑠奈が叫ぶ。
「おいおい瑠奈。春日は一夜干しを作るために政治家になるわけじゃあないんだ。そうした環境を整える側になるんだよ」
瑠奈に諭す満。
「春日さんは営業でお得意様を回ったり、スーパーの試食販売もやってきて色々なお客さんに鍛えられたでしょうから、有権者や後援会とのやり取りは心配ないかもですねぇ」
満の隣に座ったひかりが、頷きながら春日の選択を評価する。
やがて岩崎が、ひかりの出したお茶をずずっと一口飲むと、呼吸を整えて話し始める。
「春日君の話はここまでです。
本題は、大月さん達にある提案をさせて頂くために今日は参りました。
……昨今のニュースを視るとお分かりの通り、今の日本国内でマルス・アカデミー=マルス人と共生する大月さん達を支える勢力がイスラエル連邦の介入で様々な困難に遭って、激減しています。遠からず、その大半は政治・経済の表舞台から姿を消す事になるでしょう」
目を伏せる岩崎。
「……大月さん達にとって、これからの火星日本列島は今迄と違い、居心地の悪い世の中に見えてくる事でしょう。
そしてこのまま状況が悪化すれば、大月さん達は普通に生活していく事さえ出来なくなってしまうでしょう。
……ですが大月さん達は私達の助けがなくても、美衣子さん達の力で火星日本列島を離れてどこへでも行く事が出来ると思うのです。
私達政治家が油断していた隙に、ここまで状況を悪化させてしまい誠に申し訳ない。不本意でしょうが此処はご家族やお仲間に危害が及ぶのを防ぐ為にも、一時的に火星日本列島の"外へ"移られては如何でしょうか?」
一気に言い切ると頭をテーブルにつけんばかりに低く下げて詫びる岩崎。
岩崎の隣に座る春日は強張った表情で満を見つめると、無言で僅かに頷く。春日はこの提案を有益なものと判断しているらしい。
「頭を上げてください。
別に岩崎さんお一人のせいではないでしょう?何となく、こうなるかなぁと最近感じていたのは事実でしたから。
……分かりました。どの様に行動するかは決めていませんが、その際はご連絡をさせて頂きます」
岩崎の提案を受け入れる満。
「私も満さんに付いて行きますが、岩崎さんや桑田さん、甘木さん達はこれからどうなさるおつもりですか?」
ひかりが馴染み深い面々の今後について訊く。
「澁澤さんは対馬の病院で重態のまま、未だに動けません。奥さんの真知子さんと共に、私が傍につきます。
そして、かつての政権閣僚として急速に変わっていくであろうこの国の行く末を仲間と共に見届けねばなりません。僅かですが、支援者も居ます。私達は大丈夫です。
大月さん達は、まず長崎の英国連邦極東政府を頼ってください。此方からケビン首相に連絡は入れておきますね。それぐらいの事しか出来なくて申し訳ないのですが……」
ひかりに答えながら、満へ英国連邦極東政府窓口の連絡先を記したメモを手渡す岩崎。
「さあ、動きましょうか。
これからしばらくの間、この国は色々と揺れ動くでしょう。もっとも、日本国は火星に転移してからずっと揺れ動いてきましたが、今回の様な『外国』から日本政治の内側にまで入り込んできた"危機"は初めてかも知れません。
皆さん、どうかお気をつけて!」
そう言い残すと美衣子達三姉妹と握手を交わし、春日と共に帰っていく岩崎だった。
「それじゃあ、片づけようか」
大月がリビングに居るひかりや美衣子達三姉妹に声を掛ける。
その一言で、ひかりはいつも通り満とキッチンで洗い物をした後に買い物へと出かけ、美衣子達三姉妹は冷蔵庫の扉に偽装した『どこへもドア』を使って、海底お仕置き部屋で"例の準備"を進めるのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=元ミツル商事社長。自己破産して現在求職中。
・大月ひかり=満の妻。ミツル商事監査役を解任され、角紅役員も辞任して現在求職中。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・春日 洋一=ミツル商事海産物養殖担当。満が務めていた総合商社角紅の後輩。
*イラストは、イラストレーター更江様です。
・岩崎 正宗=自由維新党党首。元日本国内閣官房長官。




