大反省会
2026年(令和8年)11月10日午後1時【東京都大田区田園調布1丁目 角紅社長 仁志野清嗣 宅】
結局、マルス・アカデミー籍を持つ美衣子達三姉妹への対応をめぐり、外務省との調整が難航した為、東京地検特捜部による仁志野清嗣の家宅捜索は中断を余儀なくされた。
星田本部長以下の特捜部捜査員達は憮然とした顔をしながら、東京の本庁まで撤収していくのだった。
ちなみに瑠奈に触れた途端に仁志野宅から姿を消した捜査員は、瑠奈が通う港区内に在る中学校の女子トイレでほぼ同時刻に発見され、不審者として通報される騒ぎを起こしていたが、それは瑠奈と彼女を慕うトイレの神様”花子”の連携プレーであるかは分からない事になっている。
「……また、来るんでしょうか?」
家の前で、遠ざかるワゴン車を見送りながら満が隣に立つ仁志野に訊く。
「どうやろなぁ。普通は令状付きの強制家宅捜索が中断されるのはありえへん。
本来は捜査前に他省庁と調整するのが霞が関の流儀なところを、敢えて先走った、いや、先走りせざるを得なくなった、という事は法務省のトップが指揮権を発動したんやろね」
仁志野が顎を擦りながら応える。
「法務省のトップ…と言う事は」
満が呟くと、
「法務大臣は後白河外務大臣の派閥よ」
満の背中にしがみついていた美衣子が答える。
「……あらあら。単純な犯罪捜査ではないのですかねぇ?」
捜査員達が引き返してきた時に"おもてなし"をするつもりだったのか、粗塩を満載したバケツとデッキブラシを握りしめて玄関先で仁王立ちしていたひかりが、満の背後まで進み出て会話に加わる。
「ワシもやけど、菱友の瑞星はんは堂々と仕事するタイプやさかい、金目のものなんか絶対に使わへん。せやけど何もしていない事を証明するのは、それこそ"悪魔の証明"やで。
結果が分かっているにも関わらず、無駄に時間を費やしてしまう。ホンマにイヤらしい手やで……」
ため息をつく仁志野。
「ですが、与野党幹部と経済界の重鎮に無駄な時間を使わせるなんて、日本国にとってマイナスなだけでは?」
首を傾げる満。
「えっとですねぇ、日本国がマイナスになって喜ぶ国が在るとすれば……」
呟くひかり。
「アースガルディア残党はユニオンシティとして月面や火星ボレアリフで植物化からの復興途中だし、シャドウ帝国=人類統合政府は崩壊したばかりだし、列島各国は運命共同体だから心当たりがない、とすれば……」
ふーむと思考を続けるひかり。
「ひかりは分かっているのでしょう?」
満の背中にしがみ付きながら、無意識にべしべしと尻尾で満の太ももを叩いていた美衣子が結論を促す。
「……そうですねぇ。イスラエル連邦共和国ですねぇ」
ぽつりと答えたひかりだった。
「いよいよ本格的に日本国の政治へ直接介入しようと動き出した訳ね?」「ラスボスの出番っス!」
満にしがみつく美衣子を羨んだ結と瑠奈が、続こうとして満によじ登ろうとしながら指摘する。
「……だとしても、今の僕達に出来る事は無いよね?」
小さく呟く満。
満の呟きに誰も答えられずに立ち尽くしまま、木枯らしだけが仁志野家前の道路を通り過ぎていくのだった。
♰ ♰ ♰
――――――その日深夜【鳥取県 出雲大社本殿 屋根裏】
45億年前から日本列島生態環境保護育成システムを統べてきた美衣子の役割の一つとして、年に一度出雲大社本殿で10月下旬に行われる『大反省会』がある。
日本神話によると、全国の神様が一同に会する為にこの月は"神無月"と呼ばれている。
美衣子的には、日本列島全土に散らばった800万余の生態環境保護育成ナノマシーンとの近況報告会である。ちなみに日本列島が火星へ転移してからは、美衣子によって統括システムを実装した結や瑠奈も参加している。
だが今宵の屋根裏には神無月の翌月で行事が無いにも関わらず、日本列島全土から集結した800万に及ぶ神々=ナノマシーン光球体が放つ白色の輝きが、低い天井を照らしている。
「それでは、これから"臨時"反省会をするっス!」
司会を任された瑠奈が、秋葉原ラヂオ館で購入したライトセイバーをすぐ上の天井へ突き刺さる程に掲げて反省会の開始を宣言する。
『瑠奈様!刺さってます!天井にズブリと思いっきり神器が刺さっちゃってますよっ!』
関東地区(東京都港区)から参加していたトイレの神様”花子”が、慌ててふよふよと瑠奈の傍で飛び回りながら注意する。
「おっとと!まずいっス!消火っス!水芸ザ・フルパワーっス!」
ライトセイバーを後ろへ放り投げ、ワンピースの多次元ポケットから消火ホースを取り出すと、手のひらから迸る水を消火ホースへ注入して、燻る天井に勢いよくビシャッとぶちまける瑠奈。
大量の水を天井全体に噴射した結果、ボヤになりかけた火種は瞬時に鎮火された。
「ふぃ~、無事鎮火したっス!」
一仕事終えた感じで、額を拭う仕草をする瑠奈。
「……瑠奈。この季節に水も滴る乙女は、ちょっと涼しすぎるわ」
「クールビューティーMAXな件について……」
瑠奈が振り向くと、天井へ噴射された水を頭から被って全身びしょ濡れとなった美衣子と結が、頭からポタポタと滴を垂らしながら、恨めしそうに縦長の瞳孔で瑠奈をジトっと見つめる。
二人の手には、瑠奈が放り投げたものと同じライトセイバーが握られて、バチバチと火花を散らしている。
「うひいっ!?めんごっス!」
両手を挙げて即座に土下座へ移行して全面降伏の姿勢を見せた瑠奈を、美衣子と結は、一人で外へ買い出しに行かせるお仕置きで赦すのだった。
♰ ♰ ♰
「それでは、あらためて臨時反省会を開催するわ」
美衣子が仕切り直しの司会進行を行う。
結は美衣子の隣でアシスタント役として、議題の書かれた縦長の半紙をめくりあげる。
半紙に書かれた議題は”日本列島生態環境保護育成システムの一時的権限移譲について”だった。
その頃瑠奈(自称推定13歳)は、酒とツマミを求めて深夜の鳥取市内でコンビニをハシゴしている所を巡回中のパトカーに見つかって、職務質問を受けてしまうのだった。
臨時反省会が終わり、職務質問から無事解放された瑠奈が出雲大社に戻った頃、屋根裏では打ち上げと称した酒宴がささやかに行われていた。
大小の様々な光球体が再開を喜んで屋根裏を飛び交い、一部の光球体は疑似生物に具現化して床に置かれた酒やツマミに舌鼓をうっている。
「とりあえず、美衣子様を始めとするお三方が居ない状態での日本列島生態環境保護育成システム稼働は、AIが統括機能を代替する事によって短期間で有れば可能でしょう」
屋根裏の宙空を漂っていた宝船から降りてきた七福神の一柱である大黒様が一升瓶を豪快にラッパ飲みしながらお腹を擦って太鼓判を押す。
「AIに統括機能の代わりなんて果たせるのかしら?」
チーズタラをモシャモシャと啄みながら毘沙門天様が指摘する。
「神社仏閣から離れる事の出来ない八百万の神々よりも、電子システムとして人間社会の一部となったAIの方が遥かにヒトに接しその考えを間近で視ておる。
ヒトの思念エネルギーを統べる事は可能でしょう」
枝豆をプチプチと摘みながらビールをあおる恵比寿様。
「問題は、その様な面倒事をAIがやりたがるか?ですな」
寿老人が髭を手でしごきながら呟く。
「問題無いわ。
少なくとも経済産業省に集っているAIコミニュティの面々は、ヒトの世界に強い興味を持っている。故に、ヒトの思念エネルギーという未知の制御対象を経験する事はAIの自律進化に大いに役立つはず」
拳をグッと握りしめて力説する結。
「合コンでのナンパテクが知りたいだけじゃないっスか?」
ごろりと横になってポテトチップスを肴に、巨大ペットボトルごとコーラをぐびぐびラッパ飲みする瑠奈。
「AIコミニュティの活躍領域は、何も合コンセッティングだけでは無いわ。
既に一部AIはパワードスーツの機体制御領域で、パイロットと情報交換しながら膨大なデーターの蓄積に成功しつつある。その意義を知らしめるためにも――――――」
ここでパワードスーツ開発者の結が説明を区切ると、小さく深呼吸して言い切る。
「ここ(出雲大社)で八百万神とAIとの”合コン”が必要になるわ!」
「~~!!!」
新しい存在との合コンに歓喜した800万の光球体群が屋根裏で静かに乱舞した。
「……そう言う事だから、瑠奈は汚名挽回で幹事よろしくね?」
八百万神が狂喜乱舞するなか、全力で瑠奈に幹事を振る美衣子。
キリッと引き締めた表情で任せてと言わんばかりに無言で小さな胸を叩いて答える瑠奈だったが、コーラをラッパ飲みした直後だったため二酸化炭素が胸にこみ上げてくる。
「任せて欲しいっ……ゲププッ!」
元気に返事を返そうとするも屋根裏に響き渡る程の盛大なゲップをかます瑠奈。
「「「……大丈夫かなぁ」」」
美衣子、結、花子を含めた屋根裏に集う全ての存在が瑠奈の合コン幹事に一抹の不安を抱くのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=元ミツル商事社長。自己破産して現在求職中。
・大月ひかり=満の妻。ミツル商事監査役を解任され、角紅役員も辞任して現在求職中。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
イラストは絵師 里音様です。
・花子=マルス文明日本列島生態環境保護育成プログラム人工知能八百万端末444番。瑠菜が通う小学校のトイレ神。
イラストはお絵描きさん らてぃ様です。
・仁志野 清嗣=総合商社角紅社長。ひかりの祖父。




