家宅捜索
2026年(令和8年)11月10日5時31分【同玄関口】
ドンドンと激しくドアを叩く音に押される感じて玄関を満が開けると、いかめしい顔をした紺のスーツを着た男性が1枚の令状を満の目の前に掲げて宣言する。
「東京地方検察庁特別捜査本部の者です。
仁志野清嗣さんが複数の政治家へ収賄をした疑いが有り、裁判所から家宅捜索の令状を取っています。ご協力をお願いします!」
男性の宣言が終わるや否や、後ろで待機していたスーツ姿の捜査官達が次々と満を押しのけるようにして家の中へ入って行く。
「ちょっと!?待って!待って下さい!」
呆然としていた満は直ぐに我を取り戻すと、次々と家に入ってくる捜査官に縋り付く。
「君っ!離したまえっ!」
縋りつかれた大柄な男性捜査官が満を怒鳴りつけ、リビングまで体格差を活かして押しやるとソファーに座らせる。
「家宅捜索に協力をしないのならば、公務執行妨害で逮捕します!私達は逮捕権限も持っているんだ!」
ソファーに座らせれた満に捜査官が怒声を飛ばす。
キッチンで朝食の支度をしていたひかりは、怒声を上げて満を威嚇した捜査官を睨みつけながら、インターホンで未だ寝室に居るであろう祖父の清嗣を呼び出そうとするが、
「君っ!今すぐその受話器を戻しなさい!」
キッチンの傍まで来ていた別の捜査官がひかりから受話器を取り上げて元に戻してしまう。
憮然とした表情で捜査官と睨み合うひかり。
その時、続々と家に入る捜査官の列の最後に姿を現した、温和な表情をした年配の男性捜査官がひかりと満の所へ歩み寄ると丁寧に頭を下げながら挨拶する。
「朝早くに突然お邪魔して申し訳ございません。私、東京地検特捜部長の星田と申します。
この度、仁志野清嗣さんが収賄に関わった容疑を調べる為に家宅捜索を行う次第となりました。
捜索を円滑に進める為、皆さんが外部と連絡を取る事は禁止させて頂きます。
また、こちらの許可無くその場から動かない様にお願います。トイレなどやむをえない場合は、お近くの捜査官に一声かけてください。
これは、現場保存の為のやむを得ない処置なのです。
家宅捜索が終了するまで、ご不便をおかけする事になり大変恐縮ですが、どうかご協力の程よろしくお願いします。これは、貴方達を守る事にもつながるのです」
終始温和な口調で説明する星田の説明を受けた満とひかりは顔を見合わせると、不承不承といった感じで手を繋いでソファーに座るしかなかった。
テーブルに座ったまま大月夫妻と捜査官のやり取りを横目に、割れ関せずとプリンを楽しんだ瑠奈が満足そうにお代わりのブドウゼリーを頂こうと再び冷蔵庫へ向かう。
「君っ!何をする気だ!」
大柄な捜査官が瑠奈の動きを見咎めると、その場に押し留めようと彼女の肩に手を伸ばす。
次の瞬間、捜査官の姿がフッとその場からかき消える。
何事もなかったかの様に冷蔵庫に辿り着くと、ゴソゴソと奥に隠していた生協のブドウゼリーを見つけ出す瑠奈。
リビングに居た捜査官と大月夫妻が呆気に取られる中、テーブルへ戻ってブドウゼリーをズズッと一口で吸い尽くす瑠奈。
「食べ方についてはお行儀が悪いと叱る所ですけどぉ、さっきのはグッジョブですぅ!」
強張った顔を笑顔に変えると、親指を立てて瑠奈を褒めるひかり。
「……子供と言えど、捜査の邪魔をさせる訳には参りませんなぁ」
瑠奈を取り押さえようと部下に指示する星田。
「……えっと、瑠奈はマルス・アカデミー大使館員の資格を持っているのですが、取り押さえると外交特権を無視したとマルス・アカデミー・プレアデス星団に思われないでしょうか?」
ソファーに座ったままの満が遠慮がちに星田へ訊く。
「むう……」
唸って部下への指示を取り消す星田。
「君。外務省へ繋いでください」
満を監視していた部下に言うと、大月の向かいに有るソファーにどっかと座り込む星田。
「さて、外務省からの返答が来るまで根比べと行きましょうか」
腕組みをして満を見据える星田だった。
「……ふわぁ。えっと、賑やかやけど、おはようさん?」
あくびを噛み殺しながら、ようやくリビングに姿を現す仁志野清嗣。
「お祖父ちゃん、遅いっ!」
リビングの大月夫妻に加え、客間から顔を出した美衣子や結までもが声を揃えて仁志野に突っ込みを入れる。
「んぐんぐ……げぷっ!」
いつの間にか取り出したコーラをイッキ飲みした瑠奈が盛大なゲップをする。
「……そちらのお嬢さん方はマイペースですなぁ」
お腹をさする瑠奈を見て呆れた様に呟く星田に、大月夫妻は同意する様に苦笑するしかなかった。
仁志野家の家宅捜索は外務省からの返答が来るまで一時中断される事となった。
† † †
この日早朝に行われた強制家宅捜査は、仁志野清嗣の自宅以外にも、総合商社角紅、自由維新党党本部、立憲地球党党本部、菱友銀行本店、ミツル商事本社へ同時に行われ、会計書類、郵便物、預金通帳等が押収された。
外出も外部との連絡も禁止されて何も出来ない大月夫妻は、リビングのソファーに座ったまま、テレビを視る事しか出来なかった。
テレビのニュースは収賄事件をトップに、対馬で起きた澁澤総理大臣暗殺未遂事件に立憲地球党党員が関与した事をセンセーショナルに伝え、与党が政権を維持した選挙結果は3番目にしか伝えられなかった。
強制捜査を受けた自由維新党、立憲地球党双方とも党内は混乱を極め、所属議員はもとより、その支持者までもがこの収賄事件に衝撃を受け、国民は与野党執行部への不信感を増大させていくのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=元ミツル商事社長。自己破産して現在求職中。
・大月ひかり=満の妻。ミツル商事監査役を解任され、角紅役員も辞任して現在求職中。
※イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生態環境保護育成プログラム人工知能。
※イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
※イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
※イラストは絵師 里音様です。
・仁志野 清嗣=総合商社角紅社長。ひかりの祖父。
・星田=東京地方検察庁特別捜査本部長。




