段ボール〇記
2026年(令和8年)11月10日午前5時15分【東京都大田区田園調布1丁目 角紅社長 仁志野清嗣の自宅食堂】
――――――満の起床15分前
夜明け前の外はまだ暗かったが、いつものように朝食の支度を始めたひかりの傍へ、パジャマ姿の美衣子がとてとてと近づいて来る。
「お母さん。昨日の夕方から家の周りに怪しい人影がずっと張りついているわ」
小声で話し掛ける美衣子。
「んん~?どんな人影ですかぁ?」
あらあらまあまあと手を頬に当てると困ったように首を傾げるひかり。
「……段ボール箱を持った人が沢山乗ったワゴン車が前の通りと裏の通りに2台ずつ、通りの先の曲がり角に更に2台は待機中」
美衣子に続いて、結がとてとてと客間から現れるとひかりに近づいて小声で報告する。
「一足早いサンタクロースっスか!?まだ靴下の準備も、モミの木も、トナカイやケンタッキーも準備していないっス!」
結のすぐ後を、枕を抱えた瑠奈が寝ぼけ眼をこすりながらヨタヨタと覚束ない足取りで食堂に現れる。
「瑠奈。何を言っているの?クリスマスまでまだ1月以上あるのよ?
今は"トリック・オア・トリートメント?"と相手に合言葉で誰何するのが礼儀だわ」
呆れた顔で美衣子が瑠奈に間違いを正そうとする。
「……姉さま、それも違う。ハロウィンはとっくに終わっているから。……それに合言葉とやらも思いっきり趣旨が違うと思う」
冷静に突っ込む結。
「あら、違うの?それにしてもこんな朝早くから段ボールで遊ぶ習慣なんて日本に有ったのかしら?」
首を捻る美衣子。
「段ボール●記ッス!」
眼を輝かせる瑠菜。
「段ボールですかぁ……まさかマルサ(国税庁特別査察チーム)かしら?私、失業中だからお金無いですぅ……」
困ったように呟きながらも、スタスタと美衣子と結の手を引くと三姉妹仮の寝室である客間へ戻すひかり。
「ひかり?何か怖い顔になっているのだけれど?明るい朝のバラエティはこれからよ?」
ひかりの強張った顔を見て、心配そうに様子をうかがう美衣子。
「大丈夫よ美衣子ちゃん。
これから来るお客様は、お父さんとお母さんでキチンとおもてなしするから、美衣子ちゃん達は大人しくお部屋に居てね?」
ニコリと笑いながらも決然とした表情に切り替えるひかり。
「分かったわ。でも、お父さんとお母さんに何か有ればすぐにおもてなしの手伝いをするからね?」
頷く美衣子。
客間から戻ったひかりは、突っ込みを待ち焦がれる瑠奈を華麗にスルーして玄関先へ向かうと、ポストに配達されていた朝刊を手に取ってちらりと見出しを見て呟く。
「やはり、そういう事ですかねぇ……」
ひかりは、そのまま何かを考え込みながら無言で朝食の支度を再開するのだった。
「……あ、あのぅ。自分、突っ込み待ちッスけど!?」
「……(黙々とキッチンで出汁巻き卵を作るひかり)」
「……(無言でテレビ欄をチェックする美衣子)」
「……(無言で恐竜図鑑に見入る結)」
今か今かと突っ込みを待ち構えていた瑠奈が皆からスルーされてむくれながらも、冷蔵庫から朝のおやつであるプリンを取り出すとテーブルでもそもそと味わい始める。
「ほわぁぁ~」
満が目を覚ましてリビングに現れたのはその5分後だった。




