今までと同じ明日
2026年(令和8年)11月9日(投票日)午後7時30分【東京都千代田区永田町 自由維新党党本部】
太平洋戦争終結間もない頃から、日本政界中心地として此処に建ち続けた武骨な鉄筋コンクリート造の党本部最上階会議室で、澁澤から総裁職を引き継いだ自由維新党総裁岩崎正宗と、党役員が一同に会して衆議院選挙の情勢分析を行っていた。
選挙戦当初は、地球回帰を望む世論の雰囲気に呑まれて支持率が低下、拍車をかけるように「オリンポスの桜を見る会」に与党議員地元後援会や霊感詐欺商法で逮捕された反社会的勢力の代表を優遇して招いたとマスコミと野党がネガティブキャンペーンを展開した為に、候補者の応援演説に駆け付けた党本部役員や閣僚に、有権者から容赦の無い罵声やヤジが浴びせら苦戦を強いられていた。
だが、対馬における澁澤総理大臣暗殺未遂テロの惨劇を契機に、ネガティブキャンペーンは控えめとなり、重態が続く澁澤に対する世論の同情も有ってか、選挙戦終盤では苦戦を強いられる場面は少なくなったと彼らは実感していた。
「—――—――そうですか。ご連絡ありがとうございました」
会議中にも関わらず、電話に出た岩崎に他の役員の視線が向く。
「NHKの報道局長から、電話世論調査で我が党に投票すると答えた人が全体の55%だったと報告がありました。30分後の開票速報で公表するにあたり、事前に連絡をしてきたようですね」
役員達の物言わぬ視線に応える岩崎。
「……それはよかった。
火星ギャラップ社、極東BBC、ユーロピア2チャンネル、旭日新聞、米日新聞の電話世論調査でも、我が党へ投票すると答えた人が過半数を越えたと各社から報告がありました」
選挙対策本部長だった経済産業大臣の甘木が額の汗を拭う素振りで一息つく。
「旭日や米日は向こう側(立憲地球党)のマスコミですよね?よく我々に情報を教えてくれましたね?」
不思議そうな顔で訊く総務役員を兼務する文部科学相の鈴木。
「そもそも、彼ら反体制派マスコミは4年前の対馬事変直後に国家内乱罪で新聞社は解散、役員は投獄すべき存在でしたが、澁澤さんの超法規的指示で国内反体制派の取りまとめ役として”ワザと”生かしておいたのですよ」
青年部会長を兼務する後白河外務大臣が答える。彼自身が澁澤の命を受け、国家公安委員長として対馬事変に関わった者の捜査・処罰に当たった経緯がある。
「なるほど。一党独裁で国内を締め付けるよりも、敢えて反体制派を泳がせマークする方が、締め付けより自由を好む国民に受けが良さそうだ」
納得して頷く鈴木文部科学相。
「……鈴木さん。国民を下に見る言動はいただけませんよ?」
窘める岩崎。
「もっとも、惨敗必至と言われた選挙が好転したのですから気が緩むのは無理も有りませんがね……」
呟く岩崎。
「だけども、比例代表枠は何とか勝てても小選挙区は分からんぞぉ?最後の最後まで油断は出来ねぇべ」
国会対策委員長の春日が、役員達に浮かぶ安堵の表情を見咎めて釘を刺す。
「春日さんのおっしゃる通りだ。
イスラエル連邦が地球連合防衛条約から離脱して人類の先行きが不透明な状況で、平和を求める我が国の立場は日々変化しています。現地では、派遣した自衛隊がイスラエル連邦軍と極東地区で緊張状態に置かれているとの報告が入っています。
私達はこれらに対応しながら自衛隊員を守り、油断せず襟を正して明日からの政権運営に備えなければなりません」
党役員達を見回しながら、自分自身にも言い聞かせる様に話す岩崎。
「岩崎さんに同感です。
METPP(火星地球自由貿易協定)に拘ることなく、我が国は一刻も早くイスラエル連邦とのFTA(二国間自由貿易)交渉に入るべきでしょう!
……あの、会議中申し訳有りませんが、この後地元支持者と共にテレビに出演する事になったのでお先に失礼します!」
何かを受信した携帯画面を見るなり、慌ただしく席を立って会議室から出て行く後白河。
「……突飛な主張には首を傾げざるを得ませんが、大活躍の青年部長ですね。
今回の選挙戦、後白河君は若手の応援で全国を駆け回っていましたね……」
後白河が出ていった後、会議室の扉を見つめて呟く甘木経産大臣。
「若手育成の鑑ですな。ところで、彼が立憲地球党の我妻党首とウラで繋がっているという噂ですが……」
鈴木文科相が声を落として話そうとする。
「……鈴木さん、選挙で同じ釜の飯を食った仲間の事を疑うのは、今は無しにして下さい。共に日本国を運営する仲間なのですから」
鈴木を窘める岩崎。
「……失礼しました」
バツの悪い顔をして謝罪する鈴木。
「さて、皆さんも後白河君と同様、地元で選挙の行方を見守らなければならないでしょう。一旦散会して明日早朝に再び集まり組閣について打ち合わせをしましょう。入閣待機者の各派閥リスト提出はお早めにお願します」
バツの悪い雰囲気を切り替えるべく、会議の一時中断を宣言する岩崎だった。
☨ ☨ ☨
――――――同日午後8時【東京都大田区田園調布1丁目 角紅社長 仁志野清嗣の自宅】
接待ゴルフから帰宅した仁志野と大月家一同が夕食を終え、食後のデザートを食べ始めた頃、リビングのテレビから衆議院選挙のNHK開票速報が流れ始めた。
『—――—――地球回帰の是非を問う衆議院選挙は、僅差で与党自由維新党が過半数を獲得する情勢となり、辛うじて政権を維持する事となりました!』
テレビからは『辛勝』というテロップと共に、与党議席数を現す青いグラフが半数を僅かに超えた所で止まり、暖かいオレンジ色を現す野党議席数を現すグラフがあと僅かで半数に達するかという所で留まっていた。
「……なんや。立憲地球党の世の中になって商売あがったりやなと覚悟したけど、取り越し苦労で済んで良かったわ」
ホッとため息をつくと、ひかり手作りのアップルパイをサクサクと味わう仁志野。
「これであとは、澁澤総理の次の人が与党を支えてくれたら良いんですけどねぇ~」
自分で取り分けたアップルパイに生クリームを多めに乗せると美味しそうに頬張るひかり。
「……となると、岩崎さんかな?」
満がアップルティーの香りを楽しみながら誰に問う訳でも無く呟いた。
「岩崎は参謀タイプだから、それはないわ」
シリアスに応える美衣子。
美衣子は満の後頭部に左手でしがみ付きながら、尻尾で器用にアップルパイを載せた皿を支えてひかり並みにクリームをトッピングしたアップルパイをもしゃもしゃと頬張っている。
時折、アップルパイの生地がぽろぽろと顔に零れ落ちるので微妙な顔をするが、可愛い愛娘の為に敢えて我慢する満。
「……やはり此処は、AIコミニュティを作った功績で甘木に決まりね」
背中を満に預けて寛ぎながら、やはりクリームましましのアップルパイを頬張る結が指摘する。
「え~!?瑠奈達の月面研究室を守っている東山っちこそが相応しいっス!」
満の膝上で寛ぐ瑠奈がアップルパイを頬張りながら主張する。
「……瑠奈。東山はそもそも選挙に立候補していないんだけど?」
突っ込む満。
「澁澤さんという極めて有能な政治家が第一線を退いたのは大きいですねぇ……。与党が引き続き政権を運営すると言っても、今までみたいに何かやらかしても謝りに行けば許してくれる、みたいな事はないでしょうね~」
頬に手を当てて、ふぅとため息をつくひかり。
「ところで、満君はまた起業するんかいな?」
満の周囲で寛ぐ三姉妹を目を細めて見守っていた仁志野が満に訊く。
「分かりません。
もともとは、美衣子達や私の事情で巻き込んでしまったみんなを守る為のミツル商事設立が近道だと思ったのですが……今はちよっと、どうすればいいのか思いつきませんね」
苦笑して答える満。
「そうか。火星に転移してから皆ずっと走りっぱなしやさかい、休んでもええんやで?此処に居って、のんびり考えたらええんやで」
苦笑する満を見て、急かさずに休養を勧める仁志野。
「そう言うお祖父ちゃんこそ、たまには休んで欲しいわ」
ジト目で突っ込むひかり。
「ひかりちゃん、それは殺生やで。ワシから仕事取ったら生き甲斐がなくなるで?」
悲しそうな顔で訴える仁志野だが、アップルパイを食べる速度は変わらない。
「そうそう、仕事と言えばあれや!ゼイエスさんとこと進めていたMR(火星鉄道)計画やけど、菱友の瑞星頭取から連絡があってな、融資OKになったさかい、忙しくなるで?
火星中に新幹線が走るんやで?燃えるわー」
浮き浮き笑顔でさらにアップルパイをサクサクと平らげる仁志野。
「お義父さん、お身体も大切になさってくださいね」「お祖父ちゃん、身体は資本よ?」「メンテナンスは大事だわ」「瑠奈も新幹線に乗りたいっス!」
新しい事業に意気揚々とする仁志野を暖かく見守る満と三姉妹。
状況が多少変化しようとも、今までと同じ明日が続くに違いないと、岩崎や大半の自由維新党役員、仁志野、大月家一同は思っていた。
全員が間違っていた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=元ミツル商事社長。自己破産して現在求職中。
・大月ひかり=満の妻。ミツル商事監査役を解任され、角紅役員も辞任して現在求職中。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
イラストは絵師 里音様です。
・仁志野 清嗣=総合商社角紅社長。ひかりの祖父。
・岩崎 正宗=日本国内閣官房長官だったが、澁澤太郎が対馬爆弾テロで重態となり辞任した為、総理大臣職を引き継ぐ。
・後白河 政徳=日本国外務大臣兼財務大臣。自由維新党青年会部長。
・甘木=日本国経済産業大臣。自由維新党選挙対策本部長。
・春日 陽介=自由維新党国会対策委員長。春日洋一の叔父。
・鈴木=日本国文部科学大臣。




