別離【後編】
2021年10月1日午前8時【東京都千代田区永田町 首相官邸 総理大臣執務室】
「そうか、ミッチェルも行くのか」
澁澤総理大臣が、テレビモニターに映る極東アメリカ合衆国ミッチェル大統領へ寂しげに言った。
『ああ、"外"へ打って出るチャンスをみすみす逃すのは惜しいのさ。いつまでも貴国に甘える訳にはいかん』
ミッチェル大統領が答えた。
『先ずは先遣隊を出して拠点作りに適した場所を見つけたら、那覇DCを出るよ。引き続き共同統治を認めてくれたら有り難いのだが』
「君達が治安要員を減らさなければOKだ。どのみち安定したバックアップが必要だろ?我が国も多少は支援するさ」
『ありがとうタロウ。では、これから議会で説得だ』
「我々は100%共に在る。幸運を祈るよ、ミッチェル」
強烈な皮肉で餞の言葉を贈ると、ミッチェル大統領が苦笑して通信を切った。
「やはり出て行きますな。アメリカは」
岩崎官房長官が言った。
「ああ。我が国におんぶに抱っこでは、世界の盟主だった彼らのプライドが傷付くと言うものだ」
澁澤が応えた。
「……しかし、ロシア熊も出て行くとは。仲が良いな」
澁澤が意味ありげな表情をする。
「ええ。内調(内閣調査室:日本唯一の情報機関)を使って調べていますが、なかなか尻尾が掴めません」
岩崎が報告する。
「奴等は恐らく"外"に出てから我々に牙を向くかも知れない。油断するなよ」
澁澤が言った。
昨日、マルス人同士の再会を喜び合う姿を見た大月や岩崎達が帰ろうと踵を返そうとした所で、各国代表のみアマトハに呼び止められてシドニア地区にある旧マルスアカデミー本部に招かれた(転送された)。
そして僅かな時間であったが、日本列島隔絶空間の"外"である火星大地が劇的な環境変化を遂げている事を見せられて驚愕する代表団だった。
大気があり、海もあり、陸地もある。厳密な意味で人類の生存繁栄に適しているかは分からないが、ゼイエスの開示したデータを見る限りでは開発可能と思われた。
そしてアマトハは、現在日本列島に展開されている電磁フィールドが数日内に大気圏と海面上層に限定された範囲で一時的に解除されると代表団に伝えた。
最後に極め付けとしてアマトハは、火星衛星『フォボス』『ダイモス』其々から撮影した"現在の地球"拡大映像を見せつけた。
地球では日本列島消滅の影響で地殻変動が発生、火山が各所で大噴火を起こして見知った大陸の形が変わり、或いは島自体が姿を消していた。かつてガガーリンが思わず讃えた、青い水の星の半分近くが火山の噴煙で覆われようとしていたのである。
絶句する代表団にアマトハは、このまま行けば噴煙が太陽を遮り数百年単位で氷河期になると告げるのだった。
日本列島隔絶空間に戻った後、各国首脳はこの情報を政府首脳に伝えて方針を協議するのだった。
♰ ♰ ♰
ミッチェル大統領が澁澤に連絡する前に、極東ロシア連邦のパノフ大統領が火星開拓に進出する旨を伝えてきた。
日本列島の外に打って出るのはこの2国のみであり、英国連邦極東、ユーロピア自治区、台湾自治区は、各々の日本国地元自治体及び日本国内にある多くの姉妹都市提携をしていた自治体からあらゆる面で支援を受けており、深い共生環境を築いていた。
自分達の文化を寛容に受け止め、存続に協力を惜しまない日本国民に彼らは心から感謝しており、今さら火星に新天地を求める行為は、現時点では時期尚早との意見が各国で相次いでいた。
また、火星文明承継についても列島諸国間で意見が対立した。
極東米露は、文明の即時完全承継を希望する積極派と日本国を始めとする火星の科学技術を地球の科学技術に応用させて取り入れる段階的承継を目指す慎重派に分かれた。
アマトハとゼイエス、イワフネは中立を貫き、各々の希望に沿った文明の承継、研究開発に協力すると言った。
両者の対立が芽生えたばかりの日本列島隔絶空間共同体の別離を加速させる原因になったとも言える。
♰ ♰ ♰
―――同日午前11時【東京都千代田区永田町 首相官邸内閣官房室】
「最近、極東ロシアが渋いんですよ」
春日が溜め息をつきながら大月に愚痴る。
「何が渋いんだ?」
大月が訊く。
「素っ気ないと言うか。物資の提供を渋ると言うか、そんな感じです」
春日が言った。
「極東アメリカもパイナップル売ってくれませーん!」
西野が泣き付く。
「お前は長崎のイワシパイが有ればいいんだろ?」
大月が軽くいなす。
「……やはりそう来るか。日本列島の外へ出るならば、物資が幾らあっても足らんだろう」
大月が呟く。
思案気な大月は暫く座ったままぼぅっと虚空を見つめていたが、不意に東山の机の前まで行くと、
「東山さん、昼食後に尖山まで行きたいのですが」
大月が東山首相補佐官に外出許可を申告する。
「はいはいー。私も付いて行きますよー」
西野も手を挙げてその場で申告する。
「……私はちょっと仕込みがあるんでやめときます」
屋台村で副業を試みようとしていた春日は辞退する。
東山は少し考えた後でイワフネと連絡を取った上で、内密に行ける方法がないか相談して欲しいと大月に課題を出すのだった。
東山の課題を聞くなり、西野は直ぐに携帯を取り出して何処かへ電話をはじめると、スピーカーモードで
「あ、イワフネさんですかぁ?どうもぉ、西野です!大月さんがお話しに行きたいと言っていますけど、大丈夫ですかぁ?」
あっけらかんと話し始める西野。
「なんで西野が連絡先を知ってるの?」
唖然とする東山。
楽しそうにイワフネと話す西野を見る大月は、そう言えば最近携帯電話が見つからなかったのは、西野が大月の携帯を尖山でイワフネに渡していたからか、と仕掛に気付く。
『私は大丈夫ですよ。大月さん達のお話は面白いですからね』
イワフネが快諾した。
『――内密ですか。――事情はうすうす。――そうですね。では、皆神山の頂上までご足労願えませんか?』
イワフネが提案した。
『"タカミムスビ"の転送システムは、皆神山と飛騨高山の頂上から相互に移動出来るようになっています』
イワフネが説明した。
大月が西野に近づくと、スピーカーモードの携帯に話しかける。
「大月です。ご配慮ありがとうございます。では、皆神山に着いたらまた電話しますね。失礼します」
大月が会話を引き取って終了した。
「東山リーダー。新しい連絡ポイントについて、岩崎さんの所へ報告に行きましょう」
大月が具申した。
「ええ、今直ぐに」
若干押されぎみに頷く東山だった。
大月達が岩崎官房長官に、皆神山山頂に飛騨高山を経由して尖山まで転送出来るシステムが有ると報告すると、
「早速結果を出すとは、流石ですね。我が国独自の火星文明交流と情報収集にも役立つでしょう。その2か所にはJAXAの宇宙観測施設を作ると表向きの公表をしましょう。警備は秘密裏に陸自特殊部隊を駐留させ、周辺は公安に監視させましょう。総理には私から報告します」
話が大事になってきたが、取り敢えず皆神山に向かう大月と西野、東山だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・大月 満 = 総合商社角紅社員。
・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。
・春日 洋一= 20代前半。総合商社角紅若手社員。魚捌きは上手い。
・東山 龍太郎=20代後半。西野の大学同期。首相補佐官。
・イワフネ=マルス人。月(観測ラボ『ルンナ』)が彗星により損傷した時、地球に降ろされた。
・澁澤 太郎=内閣総理大臣。
・岩崎 正宗=内閣官房長官。温和。
・ミッチェル=極東アメリカ合衆国大統領。
・パノフ=極東ロシア連邦大統領。




