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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 変わる世界
228/462

変わる世界

挿絵(By みてみん)

*海底お仕置き部屋で微睡む美衣子と結。イラストは、絵師 里音様です。

【火星日本列島 長崎県佐世保市 ユーロピアタウン】


 諫早湾に面した佐世保港を一望する山地の一角に、ユーロピア共和国首相官邸が有る。ログハウスの様な佇まいは首相官邸よりも別荘という感が強い。


 日本列島の火星転移から4年が経過し、ユーロピア共和国の実質的行政府は大半が北半球アルテミュア大陸西海岸に在る人類都市『ニューガリア』に集中しており、佐世保市東側山地を開発した住宅地は、火星転移直後に路頭に迷った欧米旅行者が集う居住区から、日本国政府との外交・通商交渉の窓口的な位置付けへと変貌している。


 火星新大陸を中心に自主独立を目指すジャンヌ首相は、日本国政府に寄り添う英国連邦極東の対日姿勢とは一線を画し、2022年(令和4年)1月の第2次アルテミュア大陸上陸作戦(A-DAY)後、新天地を大陸西海岸へ求め、同年末には西海岸に2番目の人類都市『ニューガリア』を築くに至っている。


 大変動で過酷な生存環境となった地球欧州から避難した移住希望者は、種子島宇宙空港に到着後、長崎県佐世保市でユーロピア共和国国民の登録手続きや火星における生活研修を受けた後、フェリーで日本海を北上して火星シレーヌス海を渡りアルテミュア大陸西海岸ニューガリアへ向かい、住居や農地を与えられる事となっている。


 2026年(令和8年)時点でユーロピア共和国国民50万人の殆どが火星アルテミュア大陸西部で生計を営んでいる。

 その様な状況下で、昨晩遅くにジャンヌ首相の元へ届けられたイスラエル連邦共和国首相ベンジャミン・ニタニエフからの書簡は、地球連合防衛条約から同国のブレグジット(脱退)を加盟国首脳に通告するものであった。


  +    +    +

2026年(令和8年)11月9日午前6時【長崎佐世保市 ユーロピアタウン ユーロピア共和国首相官邸】


「……とうとうあの国が本性を露わにした様ね」


 執務机の上で両手を組むと顎を乗せて考え込むジャンヌ首相。


「何を今更?あの国は建国以来、ユダヤ民族生存権確保の為に自国領土と権益拡大を最優先する政策からぶれた事がないわよ?」


 ジャンヌの向かい側に応接セットの椅子を持ってきて座る”姉”のクロエ・シモン首相補佐官が、肩を竦めて”妹”に指摘する。


 金髪碧眼のジャンヌ・シモン首相は、白いポロシャツとジーンズを履いたラフな格好であり、紺色のフォーマルスーツを着る姉とは対照的に明るく開放的な雰囲気を持つ。

 クロエ・シモン首相補佐官は自分で淹れたアップルティーの香りを楽しみながら一口飲むと、カップを皿に戻しシフォンケーキを味わいながら妹に今後の方針を訊く。


「それで?我がユーロピア共和国は、日本国政府と決別してイスラエル連邦側につくのかしら?

 それとも、胡散臭いジョンブルなケビンと共に呆れるほどにお人よしで心優しい日本国と運命を共にするのかしら?」


「いいえお姉さま。我が国は何方にもつきません。

 今日の事態は、火星に転移した日本国とそれを利用しようとする輩の争いであって、我が国には関係の無い事……。

 日本国がイスラエル連邦の動きを抑えたとしても、何時火星から転移してしまうか分からないし、イスラエル連邦が日本国を掌握した場合でも、人類の覇権獲得の為、彼の国はいずれ火星へ手を伸ばすことでしょう。

 どちらにしても、我が国独自の選択肢を取る事が出来る様に、アルテミュア大陸の開拓を急いで国力の充実を進める事が必要なの」

きっぱりと答えるジャンヌ。


「流石ね!愛しの我が妹。

 早速此方の官僚の尻を叩いた後に、東京へ行って日本国へ更なる開発援助を求める交渉を始めるわね!

 ところで、国土の開発を推し進めるとしても、イスラエル連邦の火星進出に対抗するには、今から相応の軍隊を整えた方がいいんじゃない?

 現状の治安維持部隊レベルでは規模が小さ過ぎるし、陸上戦艦まで開発したイスラエル連邦軍相手に対抗出来ないと思うのだけれど?」


 妹を賞賛しつつも素朴な疑問を指摘するクロエ・シモン首相補佐官。


「大規模な外人部隊の募集と、ミツル商事警備部門が持つマルス・アンドロイド軍団の派遣を依頼すれば足りるのでは?」


「……平和ボケした実戦経験の無い日本人を兵士に雇っても、足手纏いになるだけでしょうに。それと、ミツル商事は日本国財務省の差し金で先日創業者の大月夫妻を追放したから、今までみたいにマルス・アカデミーを利用した超兵器レンタルは期待出来ないわよ?」


「……むう」


 不満気に口を尖らせるジャンヌ妹。


 A-DAY後の順調な火星新大陸開拓事業の進展によって、火星原住生物への警戒感が薄れていた事に気付かないジャンヌとクロエだった。

 

   +    +    +


2026年(令和8年)11月9日午前10時【東京都大田区田園調布一丁目 総合商社角紅社長 仁志野清嗣の自宅】


 仮想世界大戦に絡んだ巨額の損害賠償を切っ掛けとした、日本国財務省が仕組んだ株主代表訴訟によってミツル商事社長を解任され、払い切れない債務を抱えて自己破産した大月満は、自宅のNEWイワフネハウスを差し押さえられ、妻ひかりの祖父仁志野清嗣宅へ着の身着のままで転がり込んでいた。

 妻のひかりが同行してきたのは分かるとして、何故か美衣子達三姉妹までもが嬉々として同行し、仁志野の家を満喫していた。


「……ふう。お祖父ちゃん家の冷蔵庫は最強ね」


 キッチンで冷蔵庫の扉を開けた美衣子が、ほう、と白銀の鱗に覆われた頬に手を当ててため息をつくと、そっと冷蔵庫の扉を閉める。


 ちなみに今日は日曜日だが、仁志野は取引先の接待ゴルフで早朝から外出しており、家事手伝いが来るのは午後からである。


「冷蔵庫の温度が半端ないのね?」「武器で使えるっスか!?」


 リビングで寛いでいた結と瑠奈が、美衣子の声を聴くとキッチンまでとてとてと寄って来ると、全く見当外れな質問をする。


「冷蔵庫を外見で判断してはダメよ。中身が大事なの。それは、人を見る時も一緒よ」


 何故か御高説ぶって胸を張る美衣子。


「中身?」「電気系統の配線っスか?」


 首を傾げる結、瑠奈。

 美衣子が二人にちっちっち、と指で違うとゼスチャーする。そして、万感の思いを込めて呟く。


「……中身は各種プリンとケーキ、アイスで埋め尽くされていたわ」


 美衣子の報告に衝撃を受けて床に膝を付く二人。


「なん、ですって…」「……楽園は此処にあったっス!」

「……何やってるの?」


 ひかりと共に横浜市まで衆議院選挙の投票に行っていた満が、帰宅するなりキッチンで小芝居を展開している美衣子達を見つけてため息をつく。


「お祖父ちゃん家の冷蔵庫が最強な件について」


 真面目ぶった顔で応える美衣子。スプーンを握る右手がプルプルと震えているのは、心が冷蔵庫の中身へ飛んでいるせいだろうか。


「こら!あまり人様の家ではしゃぐもんじゃありません!めっ!ですよぅ」


 人差し指を立てて三姉妹に注意するひかり。


「ぼ、僕は取り敢えず、お茶でも淹れようかなっ!」


 ひかりの剣幕を目の当たりにして、神妙な表情でキッチンの床に正座する三姉妹を軽やかに避けながら、そそくさとお茶の準備をする満だった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月満=元ミツル商事社長。

・大月ひかり=満の妻。元ミツル商事監査役。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。

挿絵(By みてみん)

イラストは絵師 里音様です。


・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・クロエ・シモン=ユーロピア共和国首相補佐官。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。

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