情報交換
2026年(令和8年)11月25日午前7時【長崎県佐世保市 ダウニングタウン10番街 英国連邦極東首相官邸】
首相官邸の執務室でケビン首相は、首相臨時代理の岩崎内閣官房長官と臨時電話会談を開いて情報交換を行っていた。
「—――—――では、赤坂で発見されたテロ組織のメンバーは、何者かに殺害された可能性が高いのですね?」
険しい顔のケビン首相が、モニター向こう側の岩崎に尋ねる。
『はい。首相閣下。彼らはより上位の存在に"始末"されたのでしょう。
SWAT(警視庁特殊部隊)突入と同時に、アジト周辺で小規模な高出力電磁波が発生しました。
恐らく、アジト内設備にユニオンシティ国民を溶解させた福音システムと同様、特定の人体を溶解させる細工がされていたと思われます。
一方、アジトで押収した資料は荒唐無稽な内容で、首謀者への手掛かりは有りませんでした。……まるで彼らが自主的に行動したかのようでした』
ため息をつく岩崎。
「ふむ。ミスターイワサキ、それで荒唐無稽とはどの様な内容かね?」
怪訝そうに眉を吊り上げて訊くケビン。
『"異星人の手先となった日本を始めとする西側諸国に裁きの鉄槌を!"と書かれたビラと、毛沢東語録を始めとする中国共産党が大変動前に発行した書籍数冊でした。
彼らは熱烈な毛沢東主義者であり、4年前の対馬事変以降地下に潜んでいた旧中国共産党傘下の細胞組織を利用した過激派ではないか、と公安は分析しています』
岩崎の説明を黙って聞くケビン首相。
確定的な証拠が無い為、これ以上考えても仕方ないと考えたケビンは次の話題に移る。
「ところで、タロウの容態はどうだ?」
澁澤の状態を訊くケビン。
『大量の内出血による多臓器不全のため、現在も意識が戻っておりません。治療に当たっている医師団によると、総理大臣職の早期復帰は絶望的です』
「……そうか。貴国の選挙結果はどうなると予想するのかね?」
『かろうじて、与党としての位置は守る事が出来るでしょう。党内調整中ですが、当面の首相は経済産業大臣の甘木が有力でしょう。
彼に目先の政策を継続してもらう間、党内各派閥の意見を聴いた上で正式な後継者を選ぶ事になるでしょう』
無表情に答える岩崎。
「……そうか。では、外務大臣の後白河はどうするのだ?彼が水面下で与野党の大連立を模索している事は此方まで伝わっているのだが?」
不穏な動きをする後白河について指摘するケビン。
『こちらでも後白河の動向は把握しております。彼に崇高な政治理念が有るとは思えません。
目先の政治的影響力の保持と、既得権益の保護が彼の欲する物です。
その様な浅い器の者が首相に成れるほど、日本国の政治は甘くありませんよ?閣下』
若干不快感を滲ませながら応える岩崎。
「いや、失敬。老婆心ながら、余計な事を申し上げて済まなかった。ミスターイワサキの健闘をお祈りする。我々英国連邦極東は今の澁澤政権と共にあるのだから」
それだけ言うと返事を待たずにモニターを切るケビン首相。
「どう思う?ソールズベリー?」
執務机の後にある本棚に隠されたモニターを開いて尋ねるケビン首相。
『日本国政府首脳は事態を甘く見ているとしか言いようが有りませんね。いや、もしかすると野党である立憲地球党も状況を理解していないのでは?』
モニターから地球イングランドに居るソールズベリー卿の嘆息気味な声が響く。
『恐らく、アカサカで溶け落ちたテロリストは地球人類ではないでしょう。
2週間前、極東から月面を経由し火星人類都市ガリラヤに向かう貨物便が急にチャーターされました。
イスラエル連邦が秘かに旧中国領土内のシャドウ帝国都市に不自然な介入を行い、何らかの物資のやり取りをしていた可能性が有ります。
私の勘ですが、日本国内で起きた一連の事態は、基本的に日本国政府を地球復興に集中させる為の謀略だと思うのです』
言い切るソールズベリー。
『そして、事態がこのままイスラエル連邦の思惑通りに進むとすれば、澁澤政権は野党に敗北するでしょうね……』
ソールズベリーの言葉を聴いて深く静かに考え込むケビン首相だった。
† † †
――――――【『ホワイトピース』CIC(戦闘管制室)】
シャドウ帝国軍水陸両用機動戦闘艇カゲロウの分析は続けられていた。
「ボイスレコーダー復元しました。音声流します」
通信士官が名取に報告する。
『こちら人類統合第11都市成都防衛軍!同志同胞たる第12都市氷城に救援を要請する!
3か月前から都市住民が次々と溶解しているが原因は不明。食料を始めとする物資が不足しており、エリア51からの通信と補給も途絶えている……。外部勢力の介入も確認した。直ちに救援されたし――――――』
「只事では無い事態が進行中の様だ」
呟く名取。
「ここまでの解析データーは、最上級機密として暗号化の上で火星市ヶ谷に送れ!」
通信士官に指示する名取。
その時、CICに警報音が鳴り響く。
「ソナーがUSO(未確認海中移動物体)を探知!距離2000m、急速接近中!
なっ!?USOからピンが打たれました!」
レーダー担当オペレーターが叫ぶ。
「ブリッジへ、名取だ!急速浮上、上空へ退避せよ!全艦戦闘準備!」
数分後、轟音を立てて海上を飛び立つホワイトピースの真下に巨大な艦影が浮上した。
黒々とした艦影はホワイトピースに匹敵する巨大さで、ずんぐりむっくりした姿は海亀を思い起こさせるものだった。
「なんだアレは!シャドウ帝国の陸上戦艦か!?」
艦底部の外部モニターを視て驚く名取。
「浮上したUSOから此方の通信回線にメッセージです!」
『—――—――此方イスラエル連邦国防軍 戦艦『ベングリオン』。タカマガハラ司令部の命令に従って、貴艦をエリア・舞鶴まで護衛する』
通信士官の報告に唖然とする名取艦長だった。




