救難信号
――――――【地球アジア地区 人類統合第11都市『成都』】
「面倒をかけてすまんが、頼む」
「……ここまで生き残ったのも何か意味があったのでしょう。必ず救援を呼んできます」
夜明け前の警備が最も手薄であり、都市住民も含めた大部分が寝入っている時間帯のピラミッド地下シミレーションルームに、羅大佐と彼に付き添っていた初老の市民通信士が居た。
「シミレーターからそのまま地下格納庫の水陸両用機動戦闘艇に移動させる。慣れないシミレーター操作による偶然の事故を装って射出する。
射出後は、航行ナビゲーターの方向表示に従って操縦桿を操作するだけでいい。出来るだけ此処から離れた場所で第12都市に通信を送ってくれ。幸運を祈る」
「わかりました。大佐殿」
市民通信士に指示を出してシミレーターのドアを閉めた羅大佐は、シミレーター管制所に入るとパネルを操作して水陸両用機動戦闘艇の置かれている地下格納庫へシミレーターを移送するルートを開いていく。
「……非常用脱出電源が未だ生きていたのは僥倖だな。次はないが」
呟きながら地下格納庫に置かれていた1機の水陸両用機動戦闘艇にアクセスすると、自動飛行プログラミングを設定して水素エンジンを起動させていく。
5分後、ピラミッドから一番離れた街区の地下格納庫から射出された水陸両用機動戦闘艇は、イスラエル連邦軍の対空射撃を躱すと東の空へ駆けのぼって行く様に火山灰と雪雲の中に姿を消すのだった。
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2026年(令和8年)11月22日午前11時【地球極東『タカマガハラ』エリア・サド沖40kmの"新日本海"上】
空と同様、朝鮮半島北部白頭山から降り注ぐ火山灰が混じった灰褐色の大海原で、赤錆色の鱗に包まれた巨大ワームが横倒しとなって漂っていた。
その巨体は既にこと切れており、真ん中辺りの膨らんだ所から1体の白と青のストライプ模様をしたパワードスーツが臓物と一緒にもう一体の青色パワードスーツに引っ張られて救出される所だった。
『ぺっぺっ!全く酷い目に遭ったですの』
ぷりぷりと怒るパワードスーツ「サキモリ」AIのパナ子。
「……まさか、マジで餌扱いするとは思わなかったわ」
げんなりした顔で呟くソフィー大尉。
あの時、巨大ワームの攻撃を高瀬中佐と躱している最中に、突然高瀬中佐のパワードスーツがソフィーの『サキモリ』を足払いして転倒しかけた所を片足を掴まれて引きずられる様な形で巨大ワームの眼前に晒されると、あえなくぱくりと食われてしまうサキモリだった。
だが、巨大ワームの体内で『このままケン様と添い遂げられないままスクラップはまっぴらごめんですの』とパナ子が奮起、バーサーカーモードとなって電磁シールドとレーザーシールドを2重展開して巨大ワームの体内を焼き切る様にかき回したおかげで退治する事が出来たのだ。
サキモリのコックピットは気密式で外気が入ってくることはないのだが、どこからともなく漂って来る肉の焼け焦げた匂いと溶け落ちた巨大ワームの内臓が放つ刺激臭がソフィーの気分を意気消沈させる。
「……はぁ。これで当分の間、ハンバーガーとかステーキとか食べられないかもね」
トホホという感じのソフィー。
『こちら高瀬。ソフィー大尉無事か?』
外からサキモリを引っ張り出した高瀬中佐が呼びかける。
「無事です中佐殿。当分肉料理は食べれそうもありませんが……」
恨みがましい声で返答するソフィー。
『それは結構。魚と野菜を沢山食え。西洋人は東洋人に比べて老化が早いからな。今のうちに食生活を整える事をお勧めするぞ』
ソフィーの恨み言をさらりと躱す高瀬。
『「ムキー!」』
思わずムッとするソフィーと何故か便乗するパナ子。
『そう怒るなよ。悪かったから、な?だから、いい加減救難信号を止めるんだ。イスラエル連邦軍に見つかると厄介だぞ』
呆れた様に宥めつつも注意する高瀬。
『……は?救難信号なんてそもそも出していないですの』
何言ってんのコイツみたいな口調で器用に返答するパナ子。
「中佐殿、確かに私は信号なんて出していませんよ?……そう言えば、さっきから何かピコピコ受信していたっけ?」
キョトンと首を傾げたソフィーが外部カメラで周囲を見回すと、機体と共に外へ引きずり出した巨大ワームの内臓の一部から明らかに人工物とみられる破片が混じっていた。
ぐしゃぐしゃに潰れた内臓の合間に、直径3~4m程のコックピットを含む機体の一部らしき破片が見え隠れしていた。
「信号はこの残骸から発信されています」
サキモリのセンサーを操作しながら報告するソフィー。
『なんだと?コイツ、イスラエルの偵察機でも食っていたのか!?』
「うーん、ちょっとこの形式は地球連合の軍用機では無いような?
この機体のマークはイスラエル連邦の五芒星ではないですね。……赤い旗と星、五星紅旗ですか?」
怪訝そうなソフィー。
『なんの冗談だ!兎に角、その残骸も回収しよう。私達だけでは手が足りないな。ホワイトピースに降りてもらうとしよう』
そう言うと衛星軌道上で待機していたホワイトピースに連絡を入れる高瀬中佐。
30分後、高瀬たちの近くに着水したホワイトピースから整備班を中心とした作業チームが総出で巨大ワームの体液に塗れたサキモリと所属不明機体の残骸を回収するのだった。
† † †
――――――同日午後1時【極東『タカマガハラ』エリア・サド沖40kmの日本海 航空・宇宙自衛隊 強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』格納庫】
パワードスーツが格納庫の壁に据え付けられて整備される傍らで、巨大ワームの内臓にまみれた正体不明機の残骸は、塩素系の薬剤とオゾンで洗浄されていた。
コックピットらしき場所の窓も綺麗に洗浄されて中の様子が窺い知れるようになったが、残念ながら操縦席にはぐっしょりと黄色い体液に塗れたパイロットスーツがあるのみだった。パイロットは巨大ワームの胃液に消化されたのだろう。
「……南無三」
思わず合唱する高瀬と整備班一同。後ろで見守っていたソフィーも俯いて黙とうする。
「それにしても、五星紅旗を掲げるなんざ、時代錯誤もいいところですね」
呆れた様に呟く整備班長。
「そうとも言えんぞ。
火星市ヶ谷司令部からの情報によると、シャドウ帝国=人類統合政府は共産主義を信奉する旧東側陣営の生き残りが立ち上げた設定だ。中国国旗を使用していてもおかしくないだろう」
残骸を取り巻く人垣から離れた所で作業を見守っていた艦長の名取准将が説明する。
「もっとも、何故この時期に巨大ワームに食われる危険を冒してまで敵勢力圏であるタカマガハラ近くまで来たのかは謎だがな。
整備班長。酷い状態のところすまないが、コクピットをよく調べてくれ。
何らかの飛行記録や通信媒体が報告用として保管されているかもしれん。
この機体はただ闇雲に飛んでいたのではなく、何処かへ救援を求めに向かっていた筈だ」
顎に手を当てて思案顔の名取が残骸内部の捜索を指示する。
† † †
――――――【『ホワイトピース』CIC(戦闘管制室)】
2時間後、残骸から幾つもの記録媒体と航法装置が回収され、CICで媒体の再生と航法装置の解析が行われている。
「……市ヶ谷の地球連合防衛軍データベースとの照合完了。
この機体はシャドウ帝国軍水陸両用戦闘機動挺、コードネーム”カゲロウ”と呼ばれています。
北米攻略作戦時、ユニオンシティ防衛軍シカゴ方面軍を五大湖で襲撃、痛打を与えた記録あり。シャドウ帝国各都市に通常配備されている型です」
オペレーターが名取艦長に報告する。
「艦長。”カゲロウ”航法装置にアクセスしました。
……この機体はシャドウ帝国第11都市『成都』から発進、崩壊した四川ダムを南下した後に東へ向かう途中、旧武漢市付近で国籍不明機の攻撃を受け機体が損傷、海上に逃れた所を、運悪く巨大ワームに襲われた様です……」
整備班から応援で派遣されていた隊員が解析結果を報告する。
「……運が悪過ぎたな。それにしても、国籍不明機とは何だ?映像記録は無いのか?ガンカメラは?」
名取が尋ねる。
「ガンカメラにアクセス。映像、出します!」
オペレーターがメインモニターに記録映像を出した途端、名取の顔色が青ざめた。
「……なんだ、と」
メインモニターには、画面に向かって正面から30mmバルカン砲を乱射して肉薄するイスラエル連邦軍のWB21ワームバスター空中砲台が映っていた。
画面を横切る瞬間、ワームバスターコクピット下にイスラエル連邦軍であることを示す、国旗の五芒星がくっきりと写し出された。
「この地域での作戦行動など、我々は聞いていないぞ!?」
困惑する名取は、厳しい顔で作業に当たった全員に緘口令を指示した。
同時に緊急通信システムとして整備されていたマルス・アカデミー通信システムを使用して火星日本列島東京の首相官邸へ以下の至急電を送った。
『イスラエル連邦軍、タカマガハラからユーラシア大陸東部に侵攻した可能性あり』




