指令
2026年(令和8年)11月16日【地球アジア地区 人類統合第11都市『成都』(旧中華人民共和国)四川省】
都市中心部のピラミッドを数周囲んだ後、更にピラミッド前広場を長い住民の行列が埋め尽くしていた。
『配布したQRシールを旧人類統合政府住民カードに貼った方は、ピラミッド2階行政窓口で新型ワクチン接種を受けてください。接種した方から順次食事の配給を受ける事が出来ます。秩序を保ち行列を守ってください』
長い行列上空を飛行するイスラエル連邦軍ドローンから、暫定代表羅大佐の呼び掛けが流れている。
生体維持が突如不能となる奇病と巨大ワーム襲来から生き延びた15万人の住民が作る長蛇の列は遅々としか進まないが、不満を口にしたり列に割り込むなどといった不穏な動きは見られない。
住民からすれば、荒野から問答無用で襲い掛かる巨大ワームとの攻防戦で都市中枢まで侵入され、数万人単位の犠牲者を出した記憶も新しい。
新型ワクチン接種で自分達の生体細胞を正常に戻し食料まで配給してくれる新しい支配者は、仇敵たる西側諸国の一員だとしても生き残った住民からすれば救世主に等しかった。
もっとも、時折上空を旋回飛行するマンスフィールド級空中戦艦やWB21空中戦闘砲台編隊の威容に気圧されているのも有るし、献身的に接種会場や配給所を駆け回って住民の世話を見ている暫定代表羅大佐の存在もあるだろう。
いずれにしろ、第11都市住民は気力・体力共に酷く疲弊しており、新しい支配者への抵抗どころではなかった。
防衛軍司令部の在るピラミッド上層階バルコニーから、長蛇の列を見下ろすバーネット陸軍中将に特殊部隊隊長のアシュリー中尉が近付いて敬礼する。
「アシュリー中尉只今出頭いたしました」
「ご苦労中尉。住民に不穏分子は居るかね?」
「今のところ居りません中将閣下。これも閣下の見事な住民掌握の手腕の賜物であります。電撃的な都市占領の手際と共に小官大変感服しております」
バーネット陸軍中将に答えながら賞賛を惜しまないアシュリー中尉。
「ふん。世辞など結構だ。
そもそも貴官率いる特殊部隊が地下水脈から薬剤浸透工作をしなければここまで都市住民の抵抗力を弱める事など出来なかったのだ。
ともあれ、これで大陸派遣第一段階はクリアしたと言えるだろう。次の段階に進まねばならん。都市動力炉の復旧進捗はどうなっている?」
アシュリー中尉の称賛を鼻を鳴らして訊き流すと次の工作について尋ねるバーネット。
「随行してきたアナハイム社の技術者グループが、マンスフィールド級空中戦艦の水素燃料エンジンから電力供給を受けた結果、炉心冷却装置の再稼働に成功しました。48時間以内に炉心を制御した臨海状態に復活させる事ができるでしょう」
手元のタブレット端末を操作しながらアシュリー中尉が答える。
「上出来だ。都市動力炉の再稼働が可能となり次第、此処の兵器群を扱う現地住民からなる部隊を新設し、わが軍に組みこむのだ」
「かしこまりました。住民はワクチン接種を受けたとはいえ、物資不足で衰弱しております。配給を行っておりますが、体力回復まで2週間はかかるかと思われます。新設再編は2週間後でよろしいですか?」
バーネット中将の指示に対し、状況を説明して裁可を仰ぐアシュリー中尉。
「アシュリー中尉。2週間もタカマガハラ司令部は待ってくれんよ。私がニタニエフ首相閣下から受けた指令は『速やかに大陸アジア地区を掌握せよ』だ。
北米大陸での決戦に地球人類側が勝利して3か月が経とうとしている。そろそろ戦後処理を求める機運が高まるだろう。
戦後処理で各国の勢力圏が確定してしまう前に、一刻も早く可能な限り、我々の支配区域を確保する事が我が国にとって重要なのだ」
アシュリー中尉に状況を説明するバーネット陸軍中将。
「了解いたしました。では、明日からの配給食料に生体細胞活性化薬剤と脳機能中枢を刺激しやすくする導入剤をビタミン剤として加えましょう。1か月は持つでしょう。ただし継続摂取しないと急速に脳細胞が死滅して昏睡状態に陥りますが」
「構わん。所詮はヒトでは無いクローン人間だ。代わりならピラミッド培養層で幾らでも製造出来る。住民暫定代表の他は全て使い捨ても辞さない方針で行く。
一刻も早く戦力増強を終え、第12都市『氷城』を攻め落とす事こそが至上命題なのだ」
アシュリー中尉の方針を承認すると、本国の指令完遂を強調するバーネット陸軍中将だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・マイケル・バーネット=イスラエル連邦軍陸軍中将。
・羅=人類統合第11都市『成都』暫定代表。大佐。




