困惑
2026年(令和8年)11月4日【地球 極東地区 『タカマガハラ』エリア・サドから北東250km沖の"新日本海"】
灰色に濁った海面上空をデルタ翼を背中に付けた2機のパワードスーツが飛行していた。
「ソフィー大尉、この辺りで構わない。ソノブイ投下」
「ラジャ。ソノブイ投下します」
ソフィー大尉が操る『サキモリ』背中のデルタ翼両端にある四角いランチャー群の一つから、直径50cm程の小さな円筒形の物体が秒間隔で投下されていく。
落下途中でパラシュートが開いたソノブイは、ゆっくりと自由落下して海面に着水すると、パラシュートを浮き代わりにして海中に音波を放つ。
『ソノブイ全機着水ですの。
センサー作動、音波発信、データー受信、緩やかな海流を確認ですの。
ウラジオストク、カムチャッカ半島方面へ流れているですの』
パナ子がソノブイの稼働状況を報告する。
「……タカマガハラが着床してもうすぐ4か月になる。少しずつ地球環境のバランスが整っているのかも知れないな」
サキモリと並んで飛行しているパワードスーツから感慨深げに呟く高瀬中佐。
「パナ子。次は大気測定もよろしく」
ソフィーが翼に装着されているランチャーの一つを操作すると、四角い箱の先端部分が空気取り込み口のように開く。
『大気分析。微細粉塵を確認ですの。硫黄、ガラス成分多数。火山灰ですの』
「何処の火山灰かしら?」
『AI使いが荒いですの。やる気出ないですの』
拗ねるパナ子。
「そう言えば、この任務が終わったら、高瀬隊長のパワードスーツにもAIが実装されるみたいよ。
えっと……確か”ケン”という名前だったような……」
ワザとらしくポンと手を叩いて何かを思い出した様に呟くソフィー。
『なっ!?マジですの!?』
ケンという名前に喰いつくパナ子。
「あれ?パナ子の知り合いなんだ。ふーん……。
パナ子の実戦データを元に装備するらしいから、もうひと頑張りした方が彼氏も喜ぶかもねぇ」
口許をニヤニヤさせながらパナ子にアドバイスするソフィー。
『そうですの!ここは出来る妻アピールをするですの!』
コントロールパネルをチカチカと赤く点滅させて興奮するパナ子。
『ソノブイ、レーザーセンサー、パワーマックスですの!!』
パナ子が叫んだ途端、海面に漂うソノブイから強烈な音響信号が海中に発信され、デルタ翼のランチャーからも緑色のレーザーセンサーが薄い膜となって拡がると、遥か前方まで飛んで行く。
「えっ!?ソノブイ探知範囲100km、下方索敵レーザーセンサー500kmですって!?」
突然の画面変化に驚くソフィー。
『ちょっと本気出して頑張ってみたですの』
額に浮かんだ汗を拭う仕草でアピールするパナ子。
「大尉!何をやらかした?こちらのデーターリンクからあり得ない数値が出ているのだが」
隣で飛行する高瀬中佐から突っ込みが入る。
「……えっと、パナ子がやる気マックスモードになりました」
「……あのなぁ」
てへぺろと答えるソフィーに呆れる高瀬。
「帰ったら、説教だ」
「ひいっ!」
『あら、隊長機のAIインストールはしないですの?』
「既に整備班長が事前準備を終えているので、それほど手間はかからんはずだ。大尉に指導後、取り掛かるとしよう」
『ソフィー。諦めてお縄につくですの。そうすれば、ケンに早く会えるですの』
「裏切者!」
手の平を返すパナ子にぷんすか怒るソフィー。
このままだとお説教コース突入が避けられない、と危機感を持ったソフィーは話題変換を図る。
「……そう言えば高瀬隊長のお国では選挙があるんでしたっけ?整備班長が皆で不在者投票するって言っていましたけど?」
「ああ、そうだったな。タカマガハラに補給で降りる際に投票するんだった」
思い出したような口調の高瀬。
「……こんなご時世に選挙なんて、つくづく日本は平和なんですね」
半ば呆れ気味のソフィー。
「こんなご時世だからこそだ。ご時世とやらに迎合したところで、流されるだけだろう?」
応える高瀬。
「大人ですね。憧れます。少しだけ」
「……そこは大いに憧れて欲しいところだけどな」
ヨイショを試みるソフィーにまんざらでも無い反応の高瀬。
ソフィーが更に高瀬へ話題転換する直前、回線から警告音が鳴り響く。
『マスター。いい雰囲気の所スイマセンですの。センサーに反応ですの。
前方3kmの海中にUSO(未確認海中移動物体)接近中ですの』
パナ子が警告する。
「海底に潜んでいた!?」
「先程のデカいソナーに反応したのだろう」
驚くソフィーに当然とばかりに指摘する高瀬。
パワードスーツの前方200mの海面から蛇の様な巨大ワームが飛び出すと、うねりながら接近してくる。
時折、頭部と思われる所からバシュッ、と空中へ向けて湯気の様な物を立てた海水を吐き出している。
「こっちの生物環境はまだ元には戻っていないか……」
ため息をつく高瀬中佐。
「こちら高瀬。ホワイトピースへ報告。巨大ワームを探知、こちらへ接近中。これより駆除を開始する」
高瀬中佐が衛星軌道上で待機している母艦へ駆除開始を伝える。
『こちらホワイトピース、了解した。付近に友軍潜水艦、航空機は見当たらない。存分にやれ』
ホワイトピースの通信士官が返答する。
うねるように此方へ向かっていた巨大ワームは、軽く海中に潜ると、浮上する反動を利用して再び勢いよくジャンプすると、前方の海面から空高く飛び出して頭部の口を全開にしてパワードスーツを呑み込む様に襲い掛かる。
ギリギリまで引きつけてから左右へ回避する2機のパワードスーツ。
『ぎゃっ!気持ち悪い!アレが、巨大ワームですか!?』
初めて目にする巨大ワームに眼を見張るソフィー。
「そうだ。火星では新大陸へ上陸しようとしたアメリカ海軍やロシア海軍を撃破し、稚内市に上陸して沢山の住民を溶かした怪物だ。地球にもよく似た種が居たのだな」
巨大ワームを躱して距離を取る高瀬とソフィー。
「どうやって倒しますか?」
尋ねるソフィー。
「至近距離のバルカンが有効だろうが、意外とすばしっこい。観測機器だらけでまともな武器が無い。此処は格闘戦で仕留めるしかないだろう。
ソフィー大尉。一度食われてくれないか?」
しれっと決断する高瀬。
「ひぇっ!?私を溶かしている隙にやるのですか!?この人で無し!エッチ!覗き魔!」
涙目で抗議するソフィー。
「違うっ!落ち着けっ!」
巨大ワームとの対決は長引きそうだった。
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2026年(令和8年)11月6日午前1時50分【火星日本列島 東京都千代田区永田町 首相官邸 小会議室】
深夜にも関わらず、首相官邸地下に在る小会議室には、NSC(国家安全保障会議)のメンバーである、岩崎内閣官房長官、後白河外務大臣、桑田防衛大臣が集まって、壁面のディスプレイに映し出された赤坂見付駅周辺を撮影する警視庁SWAT部隊を乗せたヘリの映像を視ていた。
「なんだってこんな近くに犯人のアジトが有るのかね?」
総理大臣臨時代理となった岩崎正宗官房長官が隣席の後白河外務大臣に訊く。
「自爆犯は東京から対馬に来ていました。
この赤坂見附駅から地下鉄に乗って羽田へ向かい、そこから飛行機を利用している事が、防犯カメラを分析して判明しました。まさに灯台下暗し、です」
顔色の悪い後白河が応える。
「このテロ組織は中央省庁もしくは、第三国外交使節の支援を受けているのかも知れませんね」
後白河の返事を聴きながら呟く岩崎。
「……それよりも何故、総理の対馬訪問予定が外部に漏れたのだ?」
首を捻る桑田防衛大臣。
「直ぐに党内端末及び所属議員の通信状況を確認させましたが、党からは流出していません」
後白河外務大臣が報告する。
「野党は否定するでしょうが、おそらく公務員労働組合の所属員から流れたのかもしれませんね。……野党の中には、実力行使による政治権力奪取を未だに否定しない党がありますからね。
対馬事変以来、彼らは暴挙には出ないと思っていたのですが、認識が甘かった様です。国外勢力と通じている者が居るのでしょう」
岩崎はそう言うと目を細める。
「ところで後白河君、先ほどから顔色が優れない様ですが?」
後白河の顔色に気付いていた岩崎が声を掛ける。
「いえ、大丈夫です。問題ありません。それよりも――――――」
作り笑いを浮かべながら壁面テレビを指さす後白河外務大臣。
壁面テレビの画面に映るヘリからの空撮映像が、急速に地上へと接近し、とある民家の上空で止まった。
「間もなく突入です!」
冷や汗を顔中に滲ませながら、口元を引き締める後白河だった。
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2026年(令和8年)11月6日午前2時【東京都港区 赤坂】
東京メトロ赤坂見附駅周辺は、民放テレビ局や劇場、ショッピングモールが立ち並ぶ華やかな場所であり、飲食店も多く、昼夜を問わず賑わっている。
だが、澁澤総理大臣暗殺未遂事件に関連して都心部の情勢が不穏となり、戒厳令が布告された現在、夜間外出禁止令が出された深夜の赤坂見附駅周辺に人通りは殆どない。
所々の交差点には、自衛隊の装甲車両や自動小銃を構えた隊員が配置されている。
静まり返った赤坂見附繁華街の一角に、警視庁ヘリコプターが突然上空から出現して閉鎖された料亭の低空でホバリングすると、SWAT隊員が素早く降下して雨戸を突き破り、閃光手りゅう弾を投げ入れると、料亭に突入していく。
同時に、玄関口から機動隊が催涙ガスを撃ち込んで合成樹脂で出来た盾を振りかざしながら突入した。
だが、突入した隊員が見た物は、数人分の衣服と、畳に染みとなって広がる夥しい体液だった。
畳の上のちゃぶ台には、テロ組織が作成したと思われる宣伝用のビラがあり、2035年の日付でエイリアンの手先である火星日本国と西側諸国に天罰を!と書かれていた。
SWAT隊員や機動隊員達は困惑するしかなかった。




