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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 変わる世界
220/462

性分

【プレアデス星団 第3恒星系 惑星ケラエノ マルス・アカデミーケラエノ研究所】


 地球に似た環境に在るその研究所は、惑星表面が全て海に覆われた惑星ケラエノの海面下200mに存在する。外部から見ると直径50mは有るマリモの様な緑色の球体が、幾つも繋がりあって一つの集合体となっている。


 その球体の中では、マルス人研究者がそれぞれ独自の研究室を持ち、数十人が日々宇宙を含む万物の理について研究を行っている。中でも研究所長であるゼイエスの研究室は一際大きく、直径150mの鈍色をした球体である。球体の中は3つの研究室に区切られているのだが、その中の一つ20m四方の四角い部屋にゼイエスが入り浸る日が多い。


 理由は、その部屋には火星日本列島からミツル商事特別宅配便で定期的に届けられる"プラレール"が一面に張り巡らされており、"今も"拡大しているのだ。


「ふふっ。これで後は北海道新幹線の青函トンネルから先を繋げば一応の完成となる訳だが……」


 そこまで呟いたゼイエスは白銀の鱗に覆われた顔を曇らせる。

 ここ数週間、火星アルテミュア大陸中央部に在るシドニア地区地下研究所を通じて転送されて来たミツル商事からの配達物が届かないのだ。


「料金は”200年分は前払い”しているし、闇サイトで転売していないし、コピーもしていない。何故だ!」


 研究が行き詰まっても悩まないゼイエスが、頭を抱えてしまう異常事態である。


 プラレールが完成しないと気になってしまい、マルス・アカデミーの主要プロジェクトであるワームホールを利用した恒星系転移システムの研究が進まないのだ。


 プラレールに囲まれた部屋の真ん中で悩むゼイエスに、傍らの東京駅を模した建造物の窓が赤く点滅数する。

 気付いたゼイエスが建造物の屋上ドームをぽちっと押すと、建物入り口から男性の声が響く。


『あの、こちら地球イスラエル連邦共和国首相のベンジャミン・ニタニエフと申します。そちらはゼイエス博士でよろしいでしょうか?』


 地球人類の政治家はあの列島に居た澁澤か岩崎だけで充分だろう。他は、異星人の科学者と聞けば軍事利用しか思いつかない愚物の集まりに過ぎない。即座に判断したゼイエスは菱友製冷蔵庫に置いていた四ツ谷サイダーで喉を潤すと、平坦な声で話し出す。


『もしもし。こちらゼイエス。只今居留守にしております。ご用件の在る方はあらためて10万年後にお掛け直し下さい』


 言うだけ言ったので、もういいと通話システムである建造物の模型を尻尾で叩き壊そうとする直前、慌てた声が建造物から響く。


『お待ち下さい!実は、鉄道模型の件で大事なお話があるのです!』


 切実な声音で訴えるニタニエフ首相。


『……謹んでお話を伺いましょう』 


 こほんと軽く咳をしたゼイエスが姿勢を正してニタニエフに話をするよう促す。


 ゼイエスの目の前にある東京駅の模型から、火星時刻表通りに15両編成のサンライズ瀬戸が発車していく。

 うっとりとサンライズ瀬戸の模型を眺めながらニタニエフ首相の話に耳を傾けるゼイエスだった。


――――――1時間後。


「……なるほど。お話は分かりました。太陽系第3惑星地球のユーラシア大陸を横断する列車を作りたいと?」


 半分うつらうつらしながらも要点は抑えていたゼイエスが確認する。


『はい。ゼイエス博士。我がイスラエル連邦が地球人類を束ねて復興を成し遂げる為には、是非とも博士のお力添えが必要なのです!』

力説するニタニエフ首相。


「ですが、私の所には既に火星日本列島から提案されたMR(火星鉄道)計画がありましてね。

 惑星全土に旧式のレールはもとより、ハイパーループも合わせた広大な鉄道網を整備する構想に私は心惹かれているのです。

 残念ながら、地球のたかが一地域の鉄道整備に私の興味はそそられません」

すげなく断ろうとするゼイエス。


『暫しお待ちを、ゼイエス博士。

 その計画は近く構想が撤回される予定なので実現しないでしょう』


 さらりと平坦な声で告げるニタニエフ首相。


「何だと?」


 ニタニエフの言葉に不快感を感じて眉間に皺を寄せるゼイエス。


『ですから、火星鉄道計画は人類側の都合により、撤回されます。

 これに関連しますが、ゼイエス博士と親交のあったミスター大月夫妻は、ミツル商事から排除されました。もう博士の所にプラレールは届きませんよ?』


 冷たく言い放つニタニエフ首相。


 返す言葉を失うゼイエスにニタニエフ首相が畳み掛ける。


『ゼイエス博士に於かれましては、その才能と知見を我がイスラエル連邦の"新世紀オリエント急行計画"に活かして頂ければ、いずれ新しいプラレールが届くかもしれません。—――—――それでは、お忙しい所失礼しました』


一方的に通話を切るニタニエフ首相。



「……全く、地球人類という種は。……懲りない性分だ」


 研究室の中を縦横無尽に走り回る列車模型をぼうっと眺めながらため息をつくゼイエスだった。


          ☨          ☨          ☨


【地球アジア地区 人類統合第11都市『成都』(旧中華人民共和国 四川省)防衛軍司令部】


 第11都市住民の武装解除を確認したイスラエル連邦軍のバーネット陸軍中将は、羅大佐と共に防衛軍司令部を復旧拠点として住民への生体維持薬剤の透析と食料配給を行いつつ、停止した都市機能の調査を行っていた。


 羅大佐はバーネット陸軍中将を武器庫や工場施設に案内した後、ピラミッド前の人民広場で薬剤透析を受けながら住民への配給作業を監督していた。


「原子炉の再稼働は出来そうか?」


 バーネット陸軍中将が輸送艦に搭乗して随行してきた軍需企業アナハイム社の技術者に尋ねる。


「原子炉は予想通り旧ソヴィエトの加圧水型軽水炉でした。強力な電力が有ればなんとか」


 羅大佐が提供した第11都市中枢施設のデータをタブレット端末で見ながらバーネット陸軍中将に答えるアナハイム社の技術者。


「原子炉が再稼働出来れば、此処の設備を使ってわが軍の新しい装備を開発・生産する事が出来る。これはイスラエル連邦が世界の主導権を握る為の第一歩になるだろう」


 武器庫で羅大佐から見せられた水陸両用機動戦闘艇”カゲロウ”や陸上戦艦、ホバー走行可能なT72改造戦車や多連装ロケットカチューシャ等の近未来的に改造された旧ソヴィエト製兵器の数々を思い出してほくそ笑むバーネット。


「そのためにも、一刻も早くこの都市を使える様にしていかねばならんな」


 ピラミッド上層から成都市街地を見下ろして呟くバーネット陸軍中将だった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・ゼイエス=マルス・アカデミー・プレアデスコロニー・ケラエノ研究所所長。600万歳。

 地球に生命をもたらした第三惑星創星プロジェクト責任者。学者気質且つ、冒険的性格で、取り敢えず突っ込んでみる性分。

 火星日本列島滞在期間中に鉄道をこよなく愛するファンとなる。大月美衣子の前のマスター。

・ベンジャミン・ニタニエフ=イスラエル連邦共和国首相。

・マイケル・バーネット=イスラエル連邦軍陸軍中将。大陸派遣軍司令官。

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