別離【前編】
―――日本列島が火星へ転移する2500年前【インド亜大陸 ガンジス平原東部】
後世にタージマハルと言われた白亜の宮殿の原型となった王宮の中庭で、象4頭分程ある大さの鈍色に輝く流線型をした飛行機械に乗り込もうとする青年を、イワフネが引き留めようとしていた。
「ラーマ!貴方一人が乗ったヴィマナ1機ではどうにもなりません。ナスカ基地の空中母艦と増援のヴィマナ編隊が到着するまでお待ちになってはいかがですか?」
イワフネが若い国王に自重を求めた。
「イワフネ。心配するな。余は遂に"インドラの矢"を手に入れたのだ。まだ試作品段階であるが、忌まわしいラビィーダの都に撃ち込むと脅せば、妻は解放されてこの戦争は終わるのだ!下がれ!噴射炎で噴き飛ばされるぞ!」
褐色の肌をした青年は、自信満々に言い放った。
イワフネに向けて力強く言い放ったラーマ王は直ぐにヴィマナに乗り込むと、イワフネや近衛兵がヴィマナから離れたのを確認するなり、単発ロケットエンジンを点火して空高く飛んでいった。
「隊長。我々は?」
途方に暮れたイワフネの後ろで控えていたユダが、部下として敢えて彼に指示を求める。
「……我々は戦いに介入出来ん。人類同士の争いだからな。以前のシロヒト人やアカヒト人が造り出した兵器の例も有るから、文明を滅ぼす程の大戦に発展する事も考慮すべきだろう……タカミムスビに戻って状況を見守るとしよう」
苦渋の表情を浮かべながら、イワフネは極東の列島へ撤収する事を決断するのだった。
♰ ♰ ♰
「ラビィーダ王に告ぐ!余は"神の矢"を手に入れた。直ちに妻を解放せよ!」
アラビア半島手前、チグリス川が見えてくるとラーマ王子は飛行高度を落とし、ラビィーダ王国首都『モヘンジョダロ』に立て籠もるラヴィーダ王へ通信を送った。
モヘンジョダロは暫く沈黙していたが、やがて陸ガメの様な形をした対空戦車から鋭い棘の様な形状のミサイルと、ヴィマナによく似たフォルムを持つ金色をした戦闘機編隊がレーザー光線でラーマ王が乗るヴィマナを狙い撃つ。
「―――すまん。シータ!」
ミサイルやレーザー光線を躱しながら、ラーマ王はモヘンジョダロに照準を定めると機体に格納していた"インドラの矢"を放つ。
スリッパに似た流線型の形状をした"インドラの矢"は、みるみる加速して音速を突破すると、モヘンジョダロ中心部上空に到達して小型の太陽に変貌する。
突如出現した太陽にラヴィーダ王国首都モヘンジョダロは、瞬きする間もなく住民ごと焼き尽くされ、衝撃波で噴き飛ばされる。そして、都市と住民の成れの果てである灰を含んだ黒煙がキノコ状の雲となって成層圏にまで立ち昇り、蒸発した水蒸気が再び凝縮されると周囲に黒い雨なって降り注いだ。
自らが発射した"インドラの矢"の威力に戦慄していたラーマ王だったが、モヘンジョダロを噴き飛ばした衝撃波に巻き込まれ木の葉のように乗っていたヴィマナが翻弄され、ほうほうの体でラーマ国へ帰還すると直ぐに吐血して意識を失うと病床に伏した。彼の毛髪は全て抜け落ち半年近くもの間、起き上がることが出来なかったので王宮の人々は、見殺しにしたシータ姫の呪いに違いないと囁くのだった。
やがて政務に復帰したラーマ王は、妻シータを見殺しにしたことを生涯悔いて、後妻を迎える事はなかったという。
一連の経過は、タカミムスビへ撤収したイワフネがインドラ亜大陸上空の衛星軌道に敷設した定点観測システムに記録されていた。
記録を視ていたイワフネは何も言わず、基地のスリープモードを再び3000年にセットするように基地管理システム『タカミムスビ』に指示するのだった。
♰ ♰ ♰
【中東カッパドキア山脈(現在のトルコ中央部)地下 ラーマ王国軍秘密基地『シャンバラ』】
「ダグリウス!話が違うではないか!君が付いていながら、何故核を使わせたのかね!」
モヘンジョダロ上空に侵入したラーマ王の迎撃任務から戻ったダグリウスに、アナンドリウス・ヒタイラーが白銀の鱗の上からでも分かるぐらい怒気で顔を真っ赤にしながら掴かかった。
「すまん、ヒタイラー!だが私は制止したぞ?今は数が少ないあの兵器を使うのは時期尚早だとな。ここ一番の時に使うものだと口を酸っぱくして言い聞かせたのだが、繁殖相手を取り戻す事に夢中でこちらに耳を傾けなかったようだった」
涼しい顔でダグリウスが答える。
「奴らは未開な原始人なのだ!ここ一番の時などわかるものか!これでまた"世界大戦"の実証実験が中途半端に終わってしまうではないか」
ヒタイラーが肩を落としてボヤく。
「そこまで落ち込むなヒタイラー。まだ今世の人類は絶滅していないさ。ラーマ王国は大打撃を受けたが、ナスカ基地や此処を含むユーラシア大陸方面軍が所々生き残っている。文明再興にさほどの時間はかかるまい?」
ダグリウスがヒタイラーを宥める。
「『次の』文明誕生までどれくらいかかると思う?」
ヒタイラーが訊く。
「この惑星における文明復興サイクルは『今までのデータ』によると、約5000~10000年後だな。今回は文明が各地にそのまま残されているから1000年ぐらいで最初の覇権国家が誕生するだろう。我々が介入するタイミングはそこだな」
ダグリウスが思案しながら答えた。
「マルス・アカデミーの生き残りも今回の結果には落胆しているだろうよ。さぞかし人類の戦いを求めてやまない性質を『素のもの』として捉えているだろう。我々が介入する前に文明勃興の手伝いをする事は『過去の事例』を診ても明らかだ」
ヒタイラーが母星主流学派の行動予測をする。
「ダグリウス。次は私が自ら実験に理想的な"大帝国"を築くことにするよ。君に任せるとまた良い所で文明の成熟を潰されてしまうからな。私は大帝国の初代国王として、覇権国家における統治システムについて研究を深めるつもりだ。次は『宗教戦争』と『経済戦争』も試してみたいところだ」
ヒタイラーが自分の考えを伝える。
「分かった。君の考えを尊重しよう。君は今回被害が少なかったユーラシア大陸西部で文明を興せばいい。私はアフリカ大陸からラーマ王国支配地域までの環境再生を行いながら覇権国家を興すとしよう。上手く行けば君の覇権国家の好敵手に成れるように『宗教国家体制』を試すことにするよ」
ワクワクしながら応えるダグリウス。
「ダグリウスもたまには良い提案をするではないか!ならば、覇権国家同士による『冷戦』を試してもよいだろう」
ヒタイラーが楽しそうに言った。
「冷戦はまだ理論上の話の段階だから試す価値はあるだろう。お互いそれまでは核を含む切り札の使用は控えるとしよう。それと、今回の様にマルス主流学派の支援は受けても良いが、我らシャドウの素性は気づかれてはならんぞ?そう考えるとだな、今の身体では感づかれてしまうのではないか?」
ダグリウスが指摘する。
「問題ない。既にナイル・ギザエリアに居るファラムラビーと共同してクローン人類の作成に成功したからな。ついでに我々の精神体をクローンに移す研究も目途がついた」
ヒタイラーが告げる。
「それは素晴らしい!これで我々は姿を変えて人類と共に歩むことが出来る!」
ダグリウスが称賛する。
「……何が共に歩むだ、白々しい。我々は"研究者"であって人類は"被検体"だろうに。まあいい・・・今は研究の最終確認だ。200年もあれば試験体を幾つか生成出来る。後はこれから私達が興す国で使ってみよう」
肩を竦めてヒタイラーが応える。
「分かった。では、我々はここからは別行動としよう。お互いの研究に幸あれ」
ダグリウスがヒタイラーに別れの言葉をかけると、アダムスキー型連絡艇格納庫へと向かう。
「ダグリウスにも『シャドウ』の幸あれ」
ヒタイラーもダグリウスの背中に祝福の言葉をかけると、肩を揺すりながらカッパドキア地下最深部にある、ユーラシア大陸中部ウラル山脈地下に接続するリニアモーターカー乗り場へと向かうのだった。
♰ ♰ ♰
数百年後、地中海沿岸部のとある半島から一つの文明国家が勃興してユーラシア大陸の半分を手中に収めることとなる。
その初代国王の名は「ファラオ」とも「アナンヌキ」とも呼ばれた。
同時期に中東地域で勃興した巨大宗教国家の君主は名前を言うのも憚られると言われ、その容姿だけが後世に伝えられた。
そのカリフは背が高く、頭を黒いスカーフで隠して縦長の眼だけを覗かせる奇抜な格好だったという。
その巨大宗教国家の人民はカリフにならってスカーフで顔を覆い、一日に何度もカリフを讃える唱を口ずさんだと言われている。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・イワフネ=マルス人。月(観測ラボ『ルンナ』)が彗星により損傷した時、地球に降ろされた。
・ダグリウス=マルス人。シャドウ?
・アナンドリウス・ヒタイラー=マルス人。シャドウ?




