暴露発言
2026年(令和8年)10月9日【神奈川県横浜市中区 インターロイヤルパークホテル 大会議室】
人類統合政府=シャドウ帝国との戦争が終結した事を受けて、地球連合防衛条約加盟国は火星日本の横浜に集まり、戦後の人類復興に向けた話し合いを行っていた。
「皆さん。人類復興とは、是即ち地球復興です。
極東に着床した『タカマガハラ』を起点として、我がイスラエル連邦共和国が地球復興に尽力する事を此処に約束させて頂く」
イスラエル連邦共和国首相のベンジャミン・ニタニエフが各国首脳に向かって堂々と宣言する。
「そして同時に、地球復興へ向け人類のすべての富をタカマガハラに集中させ、タカマガハラ起点の地球復興をすべきだと加盟国の皆さんへ提案いたします」
人工日本列島への集中投資をニタニエフが各国首脳にわかに呼びかける。
あからさまな地球優先復興を主張する呼び掛けにケビン、ジャンヌ両首相が顔をしかめていく。背後からジャンヌ首相を励まそうと姉のクロエ補佐官がジャンヌの背中に手を当てる。
「ニタニエフ首相の心意気は素晴らしいものです。
ですが皆さんご存知の通り、現在地球は大変動の影響で地球全体に拡散された火山灰と、世界各地の水没した原子力発電所から漏れ出した放射能物質で汚染されています。
人類は一旦地球を脱出し、火星を一時的な避難場所として、じっくりと地球復興に取り組むべきでしょう」
反論前に深呼吸をしたユーロピア共和国のジャンヌ首相が、ニタニエフ首相の呼び掛けに異を唱える。
「そもそも、何故イスラエル連邦を起点とするのかね?
月面都市ユニオンシティやアルプス拠点にも多くの生存者が居るのだ。
限りある資源を各地へ平等に分配し、同時並行で地球復興を推し進めるべきだろう」
英国連邦極東のケビン首相が火の付いていない葉巻を加えながら指摘する。
「ケビン首相のおっしゃる事は理解出来ますよ。
では、こうしましょう。極東に在る『タカマガハラ』と、中東カッパドキア、アルプス拠点を経由して欧州を結ぶハイパーループ交通路を開発する"一帯一路"で共に発展しようではありませんか!」
ニタニエフがケビンとジャンヌへ逆提案する。
「ベンに訊きたい。
我が国は地球復興に勿論協力させて頂くが、月面都市ユニオンシティはどうされるのですか?それに、人類統合政府の生き残った数十万に上る市民の処遇をどうなさるおつもりですか?それらも地球圏として含めるのでしょうか?」
澁澤首相がニタニエフ首相に訊く。
「タロウ。
ユニオンシティ住民はもはや人ではなく、物言わぬ密林と化してしまった。あそこに人類は居ない。且つてヒトだった"樹木"が存在しているだけだ。我々生き残った人類に役立つとは思えない。
そして、人類統合政府=シャドウ帝国の生き残りはクローンじゃないか?
いずれも"まっとうな"人類ではない。"まっとうな人類"ではないユニオンシティ住民やシャドウ帝国民の存続に、貴重な限りある資源が消費されていくのだ。
養われるだけの存在である彼ら彼女らは、我ら"まっとうな人類”のサーバント(使役される者)として扱うべきではないだろうか?」
ニタニエフが至極真面目な表情で応える。
「ベン。それは余りに傲慢ではないかね?」
……ニタニエフの思考に戦慄しつつも窘めようと試みる澁澤。
その後、会議では植人化で大部分の国民が樹木生命体と化したユニオンシティ領土を、地球連合防衛条約加盟国で共同統治する目的の火星・地球自由貿易協定(METPP)案を日本国・英国連邦極東・ユーロピア共和国・台湾国政府が共同提案したが、イスラエル連邦とスイス連邦が地球圏で月面都市の面倒を看ると拒否、サミットは決議事項が無いまま閉幕した。
そして、サミット後の個別記者会見でイスラエル連邦共和国のニタニエフ首相は、突如として暴露発言を行った。
「……先だってニッポンのカントウ地方で起きた地震は、日本国民の故郷を想う意思の高まりが地球帰還を一時的に誘発させた事が原因であるのは明らかでしょう」
且つてマルス人美衣子と澁澤首相の面会後に、いたずらに国民の不安感を煽らないよう首相官邸の意向を忖度して自主報道管制していた内容が、外国首脳によって暴露された事に衝撃を受けてどよめく記者団。
「イスラエル連邦共和国は、日本国民が願う地球回帰を理解します。……タロウはもっと国民の声に耳を傾けるべきだと思う。
日本国民が母なる母星に希望を持って降り立つ事が出来る様に、偉大な同盟国である日本国から更なる地球復興投資が成される事を、我が国は強く願います」
どよめく記者団を余所に、涼しい顔で追加投資を要求するニタニエフ首相だった。
想定外の暴露発言を受け、ニタニエフ首相の会見後に行われる予定だった澁澤首相の記者会見は急遽中止となり、会場を無言で後にする澁澤に記者達が殺到した。
「澁澤政権幹部がマルス・アカデミーと癒着関係にあったのは事実ですか!?」
「先日の巨大地震隠ぺいも、マルス・アカデミーからの要請ですか!?」
「政府がマルス・アカデミーに"忖度"して地球復興よりも火星開発に力を入れていたのは本当ですか!?」
ニタニエフの掟破りを目の当たりにした記者達は、報道管制など知った事かと言わんばかりに、今まで疑問・鬱憤を溜め込んでいた事柄について一斉に矢継早な質問を浴びせる中、無言でSPに先導されて首相官邸へ戻る公用車に乗り込む澁澤総理大臣と岩崎官房長官だった。
「岩崎さん。やるしかないな。選挙」「……ええ」
車外に群がるマスコミの喧騒から隔絶された車中で、それ以外二人が会話を交わす事は無く、強張った表情を隠せない二人を乗せた車が首相官邸へ向かっていく。
☨ ☨ ☨
――――――同時刻【東京都千代田区永田町 国会議事堂 応接室】
二人の与野党議員が、すれ違う振りをしてふらりと入った応接室で情報交換を兼ねた"雑談"をしていた。
番記者は玄関先で澁澤総理大臣を待ち受けるために出払っており、二人を見つけた者は居ない。
「春さんよぉ。そっちの後白河が、うちの我妻どんと裏でつるんでいるらしいって噂が代々木(党本部)で流れてるんだけど、知らんかい?」
野党である立憲地球党国対委員長の大塚蓮司が訊く。
「何だぁ、蓮さん?んなこと、初耳だわさ。……後白河の坊は中立派筆頭として、太郎坊が抜擢して財務大臣兼外務大臣と要職を与えたんだぁ。今さら怪しい動きした所で、大した事出来んさね」
与党国対委員長の春日陽介議員が答える。
「うちらとしては、我妻どんがこの前イスラエルの首相と会った後、えらく張り切りだしたのが、気になるさね?」
春日が話を振る。
「……それがなぁ、春ちゃん。最近外交の話は、うちまで入って来んのよ。我妻どん子飼いの党員がこそこそ陰で動いてるだけで、代々木(党本部)でも怪しんでいるんだわ」
肩を竦める大塚。
「……今のところ、我妻どん絡みで不審な工作員は入国していないさね。霞(公安所属部隊)も、何も捉えとらん」
答える春日。
「そうさね。ありがとね……。……で?春ちゃんは今度の選挙出るんけ?」
「そろそろ地元の後援会さテコ入れせんといかんのだけど、めぼしい人は皆、北半球(アルテミュア大陸の略)に一旗揚げに行って居らんのよ。蓮ちゃんこそ、"影"の総務大臣の椅子を守るんけ?」
嘆きつつも、大塚の動向を探る春日。
「んん~。今流行りのSNSだの、ゆーちゅーぶ?とかオラ苦手だべ。そろそろ甥っ子に……と思うんさね。春ちゃんも若い衆への引継ぎ、考えとるんじゃね?」
大塚の問いに春日は俯いて黙考する。
甥の春日洋一は商社マン7年目であり、社会経験も積んでいる。
更にミツル商事という異星文明との繋がりが深い特殊業務の経験も有り、密かにあたりを付けていたのだ。
「……今度、誘ってみっかな」
我に返ってふと顔を上げると、既に大塚の姿は無かった。
「……こりゃ、今度の選挙はひょっとすると」
厳しい選挙戦を予想して小さくため息をつく春日洋介だった。
☨ ☨ ☨
――――――同日午後4時【首相官邸 総理大臣執務室】
澁澤総理が春日国対委員長から、後白河の動きについて報告を受けていた。
「そうか。我妻と密かにつるんでいたか……。不思議と意外感は無いな」
澁澤が呟く。
「……確かに。仮想世界大戦時の対応を思えば彼、ミツル商事への当たりがキツくなっていましたね。……いつぞやのマルス・アカデミー施設の固定資産税滞納とマルス・アカデミー施設使用料の兆を超す額を相殺された為に、巨額臨時税収の当てが外れた財務省は煮え湯を呑まされましたからね」
当時を思い出すと頷いて合点する岩崎官房長官。
「だが、それだけでは彼に制裁を与える事は出来ん。尻尾を掴むまで、今後は閣議での情報開示を慎重せざるを得ない、と言うぐらいか」
「内調を使いますか?」
「いや、やめておこう。内閣法制局に軍事機密が漏れた件も有る。
誰が黒幕か分からんが、迂闊に動くと藪蛇になりかねん。
春日さん。引き続き大塚さんからの情報収集、お願い出来ますか?」
澁澤が春日国対委員長に頼み込む。
「分かりました。ですが総理、我妻は後白河坊の件といい、イスラエル外遊の件といい、代々木の党本部へ詳細を知らせていない様ですな。……今の状況は、何時もの学生運動派と労働組合派による内ゲバじみた勢力争いだけでは済まないと考えるべきでしょう」
春日国対委員長が警告する。
「……そうだな。注意しておこう」
執務室の椅子にどっかと座り、天井をぼうっと見ながら、今後の選挙と政局へ思いを馳せる澁澤だった。
それから4日後の夕方、澁澤内閣総理大臣は衆議院解散を閣議決定、衆議院議員選挙の投票日は11月9日となった。




