表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転移列島  作者: NAO
混沌編 人類反攻
215/462

民族の覇権

2026年(令和8年)9月27日【地球極東日本列島オブジェクト『タカマガハラ』エリア・フジイスラエル連邦共和国 首相官邸】


 人工富士の5合目に、ユダヤ教聖堂シナゴーグを模して築かれた真新しい首相官邸執務室で、火星NHKニュースを視るニタニエフ首相。


『北米攻略作戦に於ける作戦行動の"失敗"を巡り、与野党の攻防が激しさを増す中、澁澤総理大臣は先程、自由維新党役員会で衆議院の解散総選挙を行う意向を伝えました。

 火星転移後初となる衆議院解散総選挙と言う、思い切った政治的"賭け"に出た澁澤総理大臣は――――――』


「あの国は国営放送にも民主主義を徹底させているのかね!?」


 国営放送で有りながら与党サイドに批判的な論調のアナウンサーを視ると、信じられないという風に首を振るニタニエフ首相。


「あの国には第二次世界大戦終了直後から公務員、マスメディアや労働組合、市民団体に共産主義、社会主義を信奉する者が深く入り込んでいました。

 火星転移後に対馬で発生した武力蜂起で中国・朝鮮系のエージェントや支持者と共に大部分が処罰されたものの、一部は逃亡に成功して地下で活動を続けていた様です。

 日本当局は反体制的思想を完全に取り締まるよりも、不満を吸収する”必要悪”として意図的に存続させ監視下に置いていたとも言えます」


 東京に在るイスラエル大使館からの報告書を見ながら答えるモサド長官。


「だが、この機会を利用するに越した事は無いな。東京のイスラエル大使館とヘラス大陸ガリラヤ領事館に連絡を。ミスター我妻に頑張って貰うとしよう」


 傍らに控えているモサド長官に指示するニタニエフ首相。


「首相閣下。あからさまな内政干渉になりますが?」


 念の為あえて確認するモサド長官。


「構わん。国連本部は今や自由の女神と共に海の下だ。生き残りも月面で物言わぬ密林になって居る。偽善者である国連人権委員会のフェミニスト共や選挙監視団は消え去って久しいのだ」


 モサド長官に応えながらバルコニーの手すりに身体を預けながら、人工富士の裾野に広がる荒れ地を眺めるニタニエフ。

 気候が元に戻りかけているのか、人工富士から山頂から、秋風とも言える涼しい風がニタニエフの居るバルコニーを吹き抜けていく。


 未だ地球復興計画が実施されていないにも拘らず、荒れ果てた大地に緑をもたらすべく、植林や造成したばかりの畑に種蒔きを行う人々を眩しそうに見るニタニエフ。


 タカマガハラ極東着床による第二次大変動から逃れた全国民と周辺諸国難民合わせて800万人が、タカマガハラ中部の人工富士南側を中心とした中規模都市圏を築いて生活していた。

 火星日本の首都圏人口が1300万人を超えていたのに比べると、ささやかな過密度合いである。

 イスラエル国民は新しい約束の地で簡素な住宅や集団農場キブツを建設し、生活範囲を拡大し続けている。


 近隣アラブ諸国から長年非難され、ロケット弾や自爆テロを受け続けながらもめげずにヨルダン川西岸やヨルダン渓谷を粘り強く開発し、入植していった人々が今日のイスラエル連邦を支えていると信じてやまないニタニエフ。


 荒廃した地球を復興させるには、逆境に強い彼ら彼女らイスラエル国民の協力が欠かせないのだ。

 

「……我々はイスラエル国民の為、ユダヤ民族の覇権を確立し、地球復興を図るのだ!」


 決然とした表情のニタニエフ首相だった。


 翌日、火星日本の横浜で行われる地球連合防衛条約サミットに出席する為、日本マルス交通のマルス・アカデミー・シャトルで飛び立ったニタニエフ首相の手元には、東京の大使館が作成した立憲地球党に関する調査報告書が置かれていた。


「……これはイスラエル生存の為の果てしない闘いなんだ。だからタロウ、恨んでくれるなよ」


 灰色の煙玉と化した地球を離れ、漆黒の暗闇に包まれて火星へ向かうマルス・アカデミー・シャトルの中で呟くニタニエフだった。


          ☨          ☨          ☨


2026年(令和8年)10月2日【火星南半球ヘラス大陸 イスラエル連邦ガリラヤ自治区 人類都市『ガリラヤ』自治政府庁舎】


 ユダヤ教の聖堂に当たるシナゴーグを模した庁舎の応接室で、東京から来訪している立憲地球党の我妻代表が、地球から到着したばかりのベンジャミン・ニタニエフ首相を訪問していた。


 我妻は、応接室に置かれた絵画やシャンデリア、燭台等、贅を凝らした装飾品に圧倒されていた。


 東京代々木に在る1950年代築のうす汚れた党本部や、赤坂に在る国会議員宿舎、外国人参政権付与を主張する市民団体が入居する新大久保の中古雑居ビルで過ごす事が多い我妻にとって、これらの装飾品は清貧(自称)を旨とする彼には刺激が強過ぎた。


 金銀宝飾の輝きにあてられ、くらくらとした頭で応接室のソファーに腰掛けていた我妻に、イスラエル政府職員がニタニエフ首相との面会場所へ案内すべく現れる。


 1階上の応接室に我妻が入った直後、ニタニエフ首相も応接室に姿を現した。


「本日はお忙しいところ、面会に応じて頂き、ありがとうございます」

律儀に会釈する我妻。


「二度目となる訪問を歓迎いたしますぞ、ミスター・アガツマ。ようこそ、火星イスラエルへ!」


 力強い笑みを浮かべたニタニエフ首相と緊張で引き攣った笑みの我妻代表が手を握り合うと、我妻に同行していた日本側メディアが一斉にフラッシュを焚いてシャッターを切る。

 対するイスラエル側メディアは、国営イスラエル放送の記者が一人だけ、日本側メディアと、メディアの要望に応じて様々なポーズを決めて見せる我妻代表を、冷ややかな眼差しで見つめていた。


 マスメディアの取材時間が過ぎ、応接室から記者達が退室すると、ようやくニタニエフと我妻はソファーに腰を下ろした。


「それで、ミスター我妻。今回はどのようなご用件でいらしたのでしょうか?」

ニタニエフが訊く。


「火星南半球における農林業漁業開発における実際の進展度合いを確かめる事で、我が党が掲げる地球回帰政策に反映出来ればと思い、訪問しました」


「ほう……。我が国のヘラス大陸沿岸漁業は、貴国が先般国有化したミツル商事の全面協力によるものです。僅か2年で目覚ましい発展を遂げていますよ?」


「……そ、それはようございました。餓えに苦しむ地球市民を救う好例になれば幸いだと思っています」


 立憲地球党の政敵である、与党 自由維新党と深い関係にあるミツル商事の名前を出されて居心地の悪い我妻代表。


「我々イスラエル連邦としては、荒廃した地球環境の一刻も早い改善と、地球文明復興を推し進めるためにも、貴国から更なる投資や物資提供をお願したいところですな」


「首相閣下のお考えに同意します。我が党としても、澁澤政権の偏った安全保障政策を撤廃し、可能な限り国民を一人でも多く地球へ帰還させるべく、地球復興に国家が持てる力の全てを注ぎ込むべきと考えております」


「ミスター我妻の見解を理解しました。貴方こそ"次の"日本リーダーに相応しい」


 手放しで我妻を賞賛するニタニエフ首相。


「時にミスター我妻。そろそろ貴国では総選挙があると"噂"を耳にしているのだが?」


「首相閣下の素早い情報収集能力に感服します。ええ、此方も国対委員長から聞かされました。恐らく、11月中旬を投票日として、衆議院解散総選挙が行われるでしょう」


「地球での軍事作戦が終わった今、戦争遂行内閣たる澁澤政権から、地球復興重視の立憲地球党へ政権交代すべき時だと私達は思っています。

 既に同志たる労働組合・市民団体・進歩的なマスメディアの支援を受けて着々と反澁澤キャンペーンを始めております。

 首相閣下に於かれましては"引き続き"、耳寄りなお話を適宜頂ければ幸いと存じます」


「勿論ですとも。我が国は、立憲地球党の地球回帰政策に理解を示します。我々は貴国と共にある。今後も緊密に連絡を取り合いましょう」


 面会を終え、自分の政策をニタニエフが否定せずに聴いてくれた事で有頂天となり、舞い上がって応接室を出て行く我妻の姿が完全に見えなくなるのを確認すると、通訳も兼ねて同席していた国営放送記者の腕章をしたモサド(諜報特務庁)長官が、小さくため息をついてニタニエフ首相に声を掛ける。


「首相閣下。あのような者に安請け合いをしてもよろしいのですか?」

懸念するモサド長官。


「んん?私は彼らの見解に"理解を示した"だけであって"支持している"とは一言も言っておらんよ。

 彼らを利用して日本から資源を絞れるだけ絞りとって、我が国が覇権を確立するカンフル剤として役立たせて貰おうじゃないか!」

ニヤリと薄ら笑いを浮かべるニタニエフ首相だった。


「で?次の予定は?」


「日本国外務省の後白河大臣が、澁澤首相からの親書を持参しているとの事です」


「確か彼は、与党主流派から外れた存在だったな?」


「はい。彼はチャイナスクール出身だった前任の石場が率いていた派閥から、急遽代役として抜擢されています。彼の派閥は石場が政界引退した為に、急速に弱体化が進んでいる様です」


「……ふむ。単純に親書のお使いだけではないだろう……。よし、話を聴こうじゃないか!」


 表情を余所行きの快活なものへがらりと変えると、下の階で待つ後白河外務大臣の所へ向かうニタニエフ首相とモサド長官だった。


「ようこそ、ミスター後白河。貴方は閣僚で終わる様な人物ではありませんよ。偉大な日本国を背負う人物ではないかと、私は密かに期待しているのですよ?」


 緊張した表情で立つ後白河外務大臣へ向けて、余所行きの笑みを浮かべながら歩み寄って親し気に肩を叩くと握手を求めるニタニエフ首相だった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・ベンジャミン・ニタニエフ=イスラエル連邦首相。

・我妻=立憲地球党代表。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ