メアリー・セレスト
2026年(令和8年)8月20日早朝【地球ヨーロッパ・ロシア 人類統合第6都市『カザン』】
モスクワ北東部を源流とするヴォルガ川が西から南へ急激に流れを変えるこの場所は、水運が発達し11世紀には都市文明が勃興、繁栄していた。
21世紀を迎えた現在は、ヴォルガ河畔に聳える巨大なピラミッドを中心としてシャドウ帝国人類統合第6都市『カザン』が形成され、ウラル山脈東側から西欧諸国へ侵攻する無人戦車軍団の補給・整備拠点となっていた。
早朝、南の空から火山灰と雪雲を突き破る様に降下した自衛隊パワードスーツ2機が都市南側のヴォルガ川上空からピラミッドに接近する。
『第6都市『カザン』からは、レーダー、センサー、電波通信一切が発信されていないですの』
パワードスーツ『サキモリ』AIのパナ子がパイロットのソフィー大尉に報告する。
『無線封鎖をして我々を待ち伏せしている可能性もある。
ソフィー大尉。君はこのまま上流へ進んで川岸からピラミッドに接触、遠隔操作ドローンを投入せよ。私はピラミッド周辺地域を偵察する』
「ラジャ」
ピラミッド手前で減速したパワードスーツ『サキモリ』は、慎重にピラミッド接近して周囲の防衛設備が稼働していない事を確認すると、バックパックに取りつけていた陸上走査ドローンを地上に下ろす。
8本脚の多脚型ドローンは、ピラミッドを1周した後、サキモリに近い場所に在る入り口からピラミッド内部に進入していく。
高瀬中佐操るH-21パワードスーツは、川岸から低空飛行でカザン都市市街地に進入していくと、各種センサーを作動させて市街地の偵察を開始する。
――――――15分後。
「高瀬中佐殿。ピラミッド内部にドローン投入成功。抵抗なし。内部は電源が無く真っ暗です。赤外線モードに切り替えます」
ソフィー大尉が高瀬中佐に報告する。
『ピラミッド内部に人は居るのか?』
「居ません。人影は見当たりません。……ピラミッド内部の床に大量の濁った液体と多数の制服や衣類の様な物が散乱しています』
高瀬中佐の質問に、ドローンの視界を操作しながら答えるソフィー大尉。
『動いている機械設備は無いのか?』
「ありません。集音マイクは駆動音も拾えません。不気味な静けさですね」
『……分かった。ピラミッド周辺市街地にも人影や動きは全く見られなかった。ピラミッド内部の防衛司令部の場所を確認したら一旦帰還しよう』
「ラジャ」
ソフィー大尉の報告を受けた高瀬中佐は、直ちに上空で待機している日本国航空・宇宙自衛隊 強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』に報告するのだった。
☨ ☨ ☨
【南米大陸 ベネズエラ北方60Kmのカリブ海上空 ユニオンシティ防衛軍巡洋艦『メリーランド』】
人類統合第4都市『カラカス』を偵察すべく、衛星軌道上から大気圏突入して海上着水準備に入っていた”空飛ぶ方舟”『メリーランド』のレーダー担当オペレーターは、着水予定地点付近の海上に未確認物体を探知した。
「ジョーンズ中将。着水地点手前2Kmに5隻の艦船を探知。ゆっくりと北上中。艦種識別、ロシア海軍アクラ級原子力潜水艦の可能性90%以上。IFF(敵味方識別信号)ありません」
「戦闘態勢に入りますか?」
「既に本艦は着水態勢に入っている。着水と同時に戦闘態勢に就くしかあるまい。識別不明艦に動きは?」
ロシア製潜水艦と聞いて警戒する作戦参謀に訊かれて答えるジョーンズ中将。
「動きはありません。妙だな……浮上している潜水艦からはエンジン音やスクリュー音がしません。移動していると言うよりも、海流に流されて漂流している様です」
首を傾げる元ソナー担当の通信士。
「第4都市への偵察は予定通り行う。だが、偵察チームの1つを識別不明艦の偵察にあてよう」
想定外の事態に緊張しつつも、予定通りベネズエラ沖のカリブ海に着水した空飛ぶ方舟『メリーランド』は、南岸の第4都市『カラカス』と着水地点近くで漂流する潜水艦隊に偵察チームを派遣するのだった。
『こちらデルタ2。第4都市『カラカス』中心部ピラミッド内部に進入成功。抵抗なし。兵士や住民の姿は無い。動くものは何一つ無い』
「我々の到着前に避難したのだろうか?」
『都市内部の移動手段はそのまま残されています。まるで最近まで生活・活動していた様です。
ピラミッド内部及び都市市街地には、夥しい量の濁った液体が溢れています。また、多数の制服、衣服が散乱しています。……酷い匂いです』
『デルタ6です。漂流するアクラ級潜水艦内部に進入しました。搭乗員は誰も居ません。艦内のあちらこちらに水兵の軍服が脱ぎ捨てられています。食堂は食事中のものが残されたままです。……まるで”メアリー・セレスト号(※)”の様だ』
異常事態を目の当たりにした特殊部隊員が引き攣った声で報告する。
「……何だ。何があったのだ?」
特殊部隊の報告に困惑して顔を顰めていくジョーンズ中将だった。
※メアリー・セレスト号。1872年、積み荷を積んでニューヨークを出港したが、ポルトガル沖を無人で漂流していた所を発見される。乗組員10名は発見されていない。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ソフィー・マクドネル=自衛隊特殊機動団パワードスーツ部隊『サキモリ』パイロット。ユニオンシティ防衛軍大尉。
*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。
・パナ子=パワードスーツ『サキモリ』の機体制御システム担当人工知能。民間企業PNA総合研究所の人工知能。
*イラストはお絵描きさん らてぃ様です。
・高瀬 翼=日本国自衛隊 統合幕僚監部所属 特殊機動団長。階級は中佐。乗機は菱友重工が開発した21型パワードスーツ(H21-PS)。
*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。
・ジョーンズ=ユニオンシティ防衛軍司令官。中将。




