エネルギー体
2026年(令和8年)8月18日地球北米エリア51消滅から40分後。
—――—――午前0時40分【太陽系第5惑星『木星』大赤斑直上3700kmの静止軌道 JAXA木星探査船『おとひめ』】
探査船ブリッジの片隅にある研究端末で観測結果を分析し、新たな課題の検討を行っていた天草親子と名取優美子。
「そうかー。木星の中心に行くほど重力密度が高まるっと」
名取優美子がメモを取る。
「そうだよ。木星は太陽系で一番質量も大きい。だから、重力も一番大きい。
……言うならば、太陽系全域に木星の引き寄せる力が及んでいるという事だね」
華子の父親である、天草治郎JAXA理事長が説明する。
「じゃあお父さん、木星の中心部はそんな沢山の重力が集まっているのだから、底が抜けちゃいそうだね」
天草華子が素朴な感想を口にする。
「底、と言う表現はある意味理解出来るね。
重力が集中するもう一つの場所として、ブラックホールも考えられる。なにせ、超重力過ぎて光さえも出れないのだからな。一説によれば、ブラックホールの底はワームホールで別宇宙に繋がっているとか。
だから、父さんは大赤斑地表奥深くの"先"に何かが在ると思うんだよ。
現に、大月家の結さんや自衛隊『そうりゅう』クルーは"底"で数百メートルもあるチューブワームや水素クラゲを始めとする原住生物コロニーを発見し、彼らと交流している。
地球の数十倍という重力が常にかかっているにも関わらず、超巨大生物が生息していたなんて、誰も思っていなかった。
だから、宇宙は意外性と可能性の詰まった宝庫で、ワクワクが止まらないのさっ!」
宇宙分野の話題に、顔を紅潮させて年甲斐なくはしゃぐ天草理事長。
そして、そのはしゃぎっぷりに少しだけ引いて距離を置く、華子と優美子。
そんな何時もの光景が展開される中、突然ブリッジ全体に耳障りな警告音が鳴り響き、天井の赤色ランプが点滅する。
『内惑星軌道から光速で木星に接近するエネルギー体を確認!』
「レーザー攻撃か!?何処が照射されている?」
はしゃいでいた顔を急に引き締めた天草がオペレーターに訊く。
「推定照射地点、大赤斑中心部!」
「何故あの場所なんだ?木星生物への攻撃か!?」
戸惑う天草理事長。
「まさか!?あそこに戦略的価値等、有りませんよ!」
船長代理席で状況をつぶさに確認していたイワフネが声を上げる。
「エネルギー体間もなく本艦至近を通過しますっ!」
「時間が無い!全艦電磁シールド最大出力展開!総員衝突に備えろ!」
イワフネが叫ぶ。
次の瞬間『おとひめ』至近を、赤く輝く閃光がバチバチと紫電を周囲に放ちながら一瞬のうちに通り過ぎ、木星大気に数千Kmにも渡って厚く垂れ込める水素やアンモニア雲を一気に突き抜けると大赤斑中心部へ吸い込まれるように消えていった。
「……エネルギー体、大赤斑中心部に到達の模様。爆発反応、有りません!」
顔面蒼白のレーダー担当が報告する。
「マルスアカデミー支援船団のリア隊長からです、そのままホログラム出します」
ブリッジ中央の空間にマルス人のリア隊長の姿がホログラム投影される。
『天草理事長、イワフネ、今のエネルギー体は?』
突然発生した予想外の事態に焦っているのか、やや早口で問いかけるリア隊長。
「地球から発射されたものと推測されます、リア隊長」
天草理事長が答える。
『……地球に、此方まで届く強力なエネルギー体を打ち出せる施設が在ったとは知りませんでした』
素直に驚いているリア隊長。
「我々もですよ、リア隊長。先程のエネルギー体は、我々"地球人類の科学技術"では到底不可能です」
応える天草。
『むぅ。……となると、やはり"シャドウ"ですか』
思案気なリア。
「そう考えるのが妥当でしょう。
地球では、シャドウ・マルス首領のダグリウスが居るとされる拠点を我々の軍隊が攻略していた筈です。
月面……そちらの施設名では『ルンナ』でしたか、観測機器が異常なエネルギー反応の上昇を捉えていました」
地球北米から届いた最新情報をリアの手元に表示させる天草。
『確かに。このエネルギー反応の急上昇は異常ですね。熱核融合の暴走とも取れますが……。ですが、それと第5惑星に何か関連が有るのでしょうか?』
首を傾げるリア。
「ええ。そこは我々にも分からないのです……。大赤斑が狙われた理由も含めてですね。先ずは、木星地表部に影響が無いか調べるべきと判断します」
リアに応える天草。
『……確かに。その判断は妥当でしょう。此方の第5惑星再生作業は、中断する事無く続けられています。地表部で化学反応的な異常が有れば直ちに作業を中断させますが?』
「分かりました。調査結果は速やかにリア隊長へお伝えしましょう」
天草が答えるとリアが頷いてホログラム映像が消えて通信が終了する。
「イワフネさん、聴いての通りです。直ちに降下艇を出して調査隊を派遣しましょう。木星原住生物の長であるチューブワームに、報告と現地での情報収集が必要です。それと、火星種子島センターへの緊急報告も忘れずに」
リアとの通信を終えて艦長席の傍まで移動していた天草が、イワフネに必要な指示を出す。
「華子、優美子さん!二人は他の隊員と共に、大赤斑最深部へ降下して生物コロニーの長に状況の報告と落下したエネルギー体に関しての情報収集を頼みたいのだけど、出来るかな?」
未だブリッジ片隅で突然の状況変化に戸惑う娘とその友人に、仕事を与えようと声を掛ける天草理事長。
「出来ますっ!」「やりますっ!、やらせてくださいっ!」
父の声掛けに、我を取り戻して応える華子と優美子。
30分後、華子と優美子を始め数人が乗り込んだコウノトリ型降下艇が、木星生物と意思疎通可能なマルス・アンドロイド"ツルハシ"の操縦で『おとひめ』を離れて大赤斑最深部へ降下していった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・天草 華子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。仮想世界大戦で心的外傷を負い療養の為、木星探査隊に参加している。父親はJAXA理事長の天草治郎。
*イラストはお絵描きさん らてぃ様に描いて頂きました。
・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。仮想世界大戦で心的外傷を負い療養の為、木星探査隊に参加している。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』艦長の名取准将。
*イラストはお絵描きさん らてぃ様に描いて頂きました。
・天草 治郎=JAXA(宇宙航空研究開発機構)理事長。仮想世界大戦で心的外傷を負った娘の華子の療養に付き添う為、木星探査隊に参加している。
・イワフネ=マルス人。ミツル商事にサラリーマン研究の為派遣されていたが、仮想世界大戦後、天草華子、名取優美子の心的外傷療養を見守る為、外宇宙探査船『おとひめ』船長代理として木星探査隊に同行している。
・リア=マルス人。マルス・アカデミー・太陽系第5惑星再生支援船団隊長。




