迷宮
2026年(令和8年)8月18日【北米大陸上空の衛星軌道上 衛星軌道艦隊 旗艦『ホワイトピース』】
ホワイトピースのブリッジで、名取准将と高瀬中佐、ソフィー大尉と『サキモリ』AIのパナ子がとある映像を何度も繰り返し視ていた。
「そこっ!そこですっ!」
ソフィー大尉がAIパナ子へ声を上げて合図すると、映像が静止した状態となる。
静止した映像には、エリア51消滅時、衛星軌道上まで立ち拡がった閃光の先端に、流線型をした黒い影が映し出されていた。
『仮にこの物体が地上から打ち出されたとした場合、速度は時速29万5,000km。ほぼ光速で地球から離脱したと思われるですの』
映像を分析したAIのパナ子が説明する。
「……信じられん。自らの本拠地を壊滅させてまで自分だけ脱出して何の意味が有るというのだ?」
名取准将が首を振る。
『甘いわ、名取。ダグリウスは膨大な研究データを持っている筈よ。あの流線型の物体は、それ自体が研究室ね』
月面ユニオンシティから映像分析に参加していた大月結が応える。
「では、奴は何処へ?」
『脱出当時の太陽系各惑星の位置からすると……』
パナ子が太陽系各惑星の公転軌道を模した図と物体の脱出針路を表示すると、とある惑星に行き当たった。
『太陽系第5惑星『木星』ですの』
ブリッジの全員がお互いの顔を見合わせるのだった。
「火星市ヶ谷に至急連絡を!」
名取が通信オペレーターに指示を出す。
† † †
――――――【地球から443光年 プレアデス星団内マルスアカデミー・プレアデスコロニー 評議会議事堂】
「これで"シャドウ"共による一連の騒動は収束したかの?」
重厚な声音で法衣を纏った老いたマルス人が確認する。
「はい、評議会議長。
最近第4惑星に出現した"訪問者"の介入により、第3惑星におけるシャドウの拠点は消滅しました。
首謀者であるダグリウスの行方が分からない事が気懸りではありますが……」
「ほほほ。
彼奴らは我々の追跡を45億年も躱して居るしの。
拠点が一つ潰されたぐらいでくたばる筈もないしの。イタチごっこはまだまだ続くという事かの」
愉快そうに話す評議会議長。
「しかし、その"訪問者"と言ったかの?我らと同等の能力を持つと思われる存在……実に興味深い。その者とコンタクトは取れるかの?」
縦長の瞳を更に細めてアマトハの顔を覗き込むように訊く議長。
「残念ながら"訪問者"らは第3惑星でシャドウとの戦闘時に消息不明となって居る様です」
「そうか。かような存在が何故、銀河系の片隅に現れたのかの?実に面白いかの!」
好奇心に眼を輝かせる議長。
「"訪問者"は第3惑星人類に興味を持っていた様ですから、いずれまた彼らの前に現れるでしょう。その時は議長にお知らせします。
ところで、シャドウの逃亡先準備や脱出に係る手際の良さを考えると、奴らは我々と同等又はそれ以上の技術を持つ勢力の支援を、今も受けているのではないでしょうか?
その何者かが関連銀河系の何処に潜んでいるのかも含め、木星先遣隊の規模を大幅に拡大して追跡すべきかと思いますが?」
アマトハ評議員が進言する。
「……アマトハ評議員。そこまでする必要は無いかの」
そっけなく応える議長。
「ですが、シャドウが何者かの支援を受けていた事が解明されれば、その者を抑える事でシャドウの動きを封じてこれ以上の悪事を防ぐ事が出来るかもしれません」
議長に追跡を申し入れるアマトハ。
「悪事?悪事とは何かの?アマトハ評議員」
アマトハの言葉に反応して顔を顰める議長。
「自らの研究欲に溺れ、無関係な太陽系原住民に介入して、歪んだ進化を与えてしまう事ですが何か?」
応えるアマトハ。
「アマトハ評議員。研究に縛りをつけるのは頂けないかの。我らの真っ直ぐな研究心を歪めては元も子もないかの」
柔和な好々爺たる面持ちを消して、無表情な顔でアマトハを見下ろす議長。
アマトハよりもさらに200万年を生きるマルス・プレアデスアカデミー評議会議長がアマトハの前に近づいて囁く様に話しかける。
「彼奴等の研究分野には、我らアカデミーが規定する万物の進化に影響を及ぼす領域への不干渉、と言うものが無い。……これは、非常に魅力的とは思わんかの?」
好奇心に満ちた瞳でアマトハを見る議長。
「なんと言うことを……議長。その発言は流石に……」
突然の問題発言に愕然とするアマトハ。
アマトハの言葉に我を取り戻した評議会議長が軽く咳払いをすると、何時もの飄々とした語り口でアマトハに語りかける。
「ふぉっふぉっ!……今のダグリウスに、何が出来る物でも無いと思うがの。
そのような"些事"にかまけるよりも、宇宙の理を追及するのが先かの。木星先遣隊の隊員も、任務を拡大させると自らの研究が出来なくなるかの。そうなると、不満も溜まるかの?」
表情は改めたものの、シャドウの追跡に否定的な議長。
アマトハは議長の態度に変わりが無い事を見てこれ以上の進言を断念する。
「……畏まりました。それでは、アカデミー評議会でシャドウ問題の終結を可決しなければなりませんが?」
「承知しておるかの。他の評議員への根回しはぬかりないかの。万事、予測と研究の理の範囲内かの」
最高評議会議長は法衣を翻すと議事堂奥深くへと去っていく。
アマトハは深いため息をついて、無言で議長の後姿を見送った。
「シャドウ勢力の居場所を掴む機会を失う事は、人類が今まで数多の犠牲を積み重ねて来た事を考えると、あまりにも忍びない。
第3惑星人類の大月家にはせめて……データコピーは美衣子へ送信、データ消去」
アマトハの消去したデータは、ハッキングされたユニオンシティ防衛軍宇宙空母『サラトガ』を経由してプレアデスコロニー星系内に"居る"何者かが、ダグリウスの居た地球北米エリア51と数度の通信を交わした形跡を記録したものだった。
大月家でプリンを頬張る美衣子へデータを送信するとアマトハは力無く、とぼとぼと自らにあてがわれた研究室兼評議員執務室へと戻っていくのだった。
† † †
2026年(令和8年)8月20日【北米大陸西海岸 旧アメリカ合衆国カリフォルニア州 人類統合第2都市『バンデンバーグ』郊外 マンスフィールド級空中戦艦『レナウン』】
空中戦艦のブリッジでは、オペレーターが慌ただしく各種計測装置を動員して眼前に広がる事象を計測しようと試みていた。
「都市内部の生体反応、有りません!」
レーダー担当士官が報告する。
「黄少佐との通信は?」
ロイドが訊く。
「応答有りません。通信状況に問題が有るとは思えません」
通信士官が応える。
8時間前、ロイド率いる空中戦艦部隊が人類統合第2都市バンデンバーグ住民に補給する物資を受け取りにロスアンゼルス近郊エドワーズ橋頭保まで赴いて戻って来たところ、都市が在った場所には巨大なクレーターのみが残されており、都市の姿は跡形も無かった。
「直ちに捜索隊を編成し、クレーターとその周辺を調査せよ!衛星軌道艦隊にも応援要請を。ユニオンシティに全地球観測システムの稼働を要請してください」
――――――2時間後、捜索中の部隊がクレーター中心部で陸上戦艦の残骸を発見、1通のメッセージを発見する。
陸上戦艦に搭載されていたと思われる3連装電磁レールガン砲塔側面に、日本語で"刻まれて"いた。
『旅に出るので、探さないでください。守美』
『他の都市の人を助けに行くのだぞっ!輝美』
『すべてはホウライ世界到来の為に。だぞっと、舞』
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・ソフィー・マクドネル=パワードスーツ部隊『サキモリ』パイロット。ユニオンシティ防衛軍大尉。日本国自衛隊特殊機動団に出向中。
*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。
・パナ子=機動兵器サキモリの機体制御システム担当人工知能。民間企業PNA総合研究所の人工知能。
*イラストはお絵描きさん らてぃ様です。
・高瀬 翼=自衛隊特殊機動団隊長。中佐。
・名取=航空・宇宙自衛隊強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』艦長。自衛隊特殊機動団団長。准将。
・アマトハ=マルス人。マルス・アカデミー・プレアデスコロニー研究所 所長。
・ロイド・サー・ランカスター=英国連邦極東軍提督。欧州英国から陽動部隊として太平洋東部に展開し、統合第3都市ナスカ、第2都市バンデンバーグを攻略した。




