学徒出陣【前編】
2026年(令和8年)8月17日 午後2時30分【北米大陸カリフォルニア 東方沖400Km 地球連合防衛軍 欧州抵抗部隊 旗艦『レナウン』CIC】
「西海岸バンデンバーグから射撃管制レーダーを探知!捕捉されました!」
「ECCM(対電子対抗戦)オン!全艦速度50Kmに減速、高度300mまで降下!チャフ散布、対空戦闘用意!」
「電磁シールド展開しますか?」
「あれはエネルギーを食い過ぎます。展開は敵の出方を見てからです」
作戦参謀に訊かれたロイドが答える。
「提督。気化爆弾搭載巡航ミサイルの発射準備完了しました」
作戦参謀が報告する。
「我々は敵に探知されました。ナスカ攻略の様に、レーダーサイトを先制攻撃して不意を突くやり方は通じません。
正面切っての攻略となりますが、空中戦艦10隻ではさすがに分が悪いかもしれません。ですが、我々が沿岸基地を制圧しない事には、衛星軌道上の友軍艦隊が地上を支援する事が出来ないのです」
「巡航ミサイルが、敵の防御をどこまで掻い潜れるかにかかっています。
……WB21パイロットには申し訳ありませんが、空中戦闘砲台を囮にして敵対空兵器の注意を引きつけている間にミサイル攻撃を行います」
『こちらWB21空中戦闘砲台グラスゴー編隊長。…提督閣下、ご配慮感謝します。
ですが、お気持ちだけで結構ですぜ!我が編隊は"ミス・瑠奈"にイングランドでみっちりと鍛えられましたからね。少しくらいの対空兵器の攻撃なんぞ持ち堪えて見せますぜ!』
「……貴官と編隊諸君に心からの感謝を」
「バンデンバーグから2回目の射撃管制レーダー来ました!対空防衛施設の存在を確認!」
「よし。グラスゴー編隊出撃せよ!」
マンスフィールド級空中戦艦から発進した20機のWB21空中戦闘砲台編隊は、海面すれすれまで降下してマンスフィールド級空中戦艦から充分な距離を取ると、急上昇してワザと姿を晒した後、海岸線の防空陣地から射撃する高射砲や対空ミサイルを引きつけながら、不規則な機動を取って海岸線を北上していく。
バンデンバーグ海岸の上空に点々と、対空砲火が炸裂した黒い煙の塊が広がっていく。
☨ ☨ ☨
――――――【人類統合第2都市『バンデンバーグ』 第2学校地下 シミレーションルーム】
授業を中断して抜き打ち戦闘訓練の為に地下へ移動した生徒達は、シミレーションルームに集合していた。
「よし、全員居るな?これより抜き打ち戦闘訓練を行う。諸君が学業の傍ら、日ごろから培ってきた戦闘技能をこれからチェックさせて貰う。
同志諸君が卒業して希望通りの部署で人類に貢献できるか、この戦闘訓練評価も加味されているので手を抜かないように」
表情を引き締めて頷く生徒達。
「それでは、軍事教練の成績で各自の適性に合わせた戦闘配置をこれから読み上げる。諸君らは振り分けられた専門シミレーター装置に乗り込み次第、訓練を開始せよ」
「緊張しなくていい……これは実戦ではない。いつもと同じ訓練だ。落ち着いてやれば上手く行く。
ただし、手は抜いてくれるなよ?手を抜いたり油断した者にはきついお仕置きが待っているぞ」
緊張のあまり、肩を強張らせて俯いてしまう生徒達。
「学籍番号690133、主力戦車T80。69034、水陸戦闘機動艇Ve162。次に69077、対空戦車ZSU98。69088—――—――」
手元のタブレットに表示された生徒の配置を淡々とした口調で発表していく教師。
名前を読み上げられた生徒が次々とシミレーションルームを出て指定されたシミレーターに乗り込んで行く。
『690133、VRゴーグル装着、HUディスプレイオン、T80に搭乗完了。エンジン始動。兵装システムオン』
戦車シミレーターに乗り込んだ男子生徒がゴーグルとヘルメットを装着すると、エンジンを始動させる。
ゴゴゴゴと戦車のガスタービンエンジンから来る振動がシミレーターの座席に座った生徒に伝わってくる。
「……すごい。まるで本当に戦車に乗っているみたいだ」
感動する男子生徒。
「こちらコントロール。690133、素早いシステム稼働は高評価だ。今日は実際の戦闘に近づけるべくシミレーターに”工夫”を施しているのだ。
感動している暇はないぞ同志。戦術システムを立ち上げろ、これよりVR状況設定を開始する。シミレーターに施した工夫の一環で”多少の振動やG”がかかるだろうが、気にするな」
シミレーションルーム中央のコントロールルームから教師が指示を出す。
「こちらシミレーションルーム。出撃準備の出来た者から順次地上へ送還させる!」
「こちら防衛軍司令部、了解した。出撃を許可する。人類統合政府万歳!」
教師が地上ピラミッド上層に在る第2都市防衛軍司令部へ報告する。
生徒たちが居たのはシミレーションルームでは無く、兵器格納庫だった。
生徒が乗り込んだシミレーターは、現実の戦車であり、迎撃戦闘艇等である。
現実の戦車、戦闘艇、地上砲台という”シミレーター”に乗り込んだ生徒達を次々と地上へ送還していく教師。
シミレーターだと思って搭乗した生徒達は、自分達が本物の戦場へ向かう事を知らされないまま、地上の戦場へ出陣して行くのだった。
「こちらシミレーションコントロール。学徒全員の出撃完了。これよりシミレーションモードから戦闘管制へ移行する為、防衛軍司令部にドッキングする」
「防衛軍司令部。ドッキング了解した」
教師が制御卓を操作すると、シミレーションルーム全体がエレベーターの如く地上へ上昇していき、ピラミッド内部上層区画にある防衛軍司令部にドッキングした。
防衛軍司令部床の片隅にサングラスをかけた教師が座る制御卓がせり上がって来ると、防衛軍司令部と完全に一体化した。
「司令官閣下。ただいま戻りました」
「ご苦労だった同志中佐。地下から来て早々に済まないが、洋上から敵襲だ。内陸のシカゴでもロスアンゼルスからでもない……新手の部隊だ」
司令官席前に出頭して敬礼する教師役だった中佐に防衛軍司令官が応える。
「海上戦力でしょうか?」
「沿岸陣地から空中艦隊を視認したとの報告だ。機動戦闘艇と沿岸砲台が交戦中だ」
「了解しました。直ちに学徒戦力を海岸線まで前進させ、対応させましょう」
教師がコンソールを操作してシミレーターの生徒達に指示を出す。
『生徒諸君。準備は良いか?此方も状況設定を完了した。今回は、海岸地帯での迎撃戦だ。既に味方の海岸砲台とスクランブルした機動戦闘艇が交戦中。
諸君らに与えられたミッションは、海岸砲台後背に展開、砲台が仕留め損ねた敵を撃破せよ!水陸戦闘機動艇は、敵機から地上の仲間を援護せよ!統合政府万歳!』
「「「万歳!」」」
これが現実だと知らされないまま、喚声を上げながら戦場へ出陣していく学徒兵達だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ロイド・サー・ランカスター=地球連合防衛軍欧州抵抗部隊指揮官。英国連邦極東軍中将。




