救星の主
2026年(令和8年)8月17日【地球 北米大陸 旧アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガス郊外 モハーベ砂漠】
不毛な砂漠地帯を八つ首を持つ巨大な生物が、自衛隊戦車連隊を従えて進撃していた。
「ずんずんずずん!マリネちゃんと進むの~だぞ!っと」
八つ首を持つ巨大な生物=”マリネ”真ん中の頭の上で腰に両手を当てて機嫌良さげに鼻歌を歌う与呼島 舞が居た。
自衛隊空中艦隊が補給と後方のエドワード橋頭保を襲撃している敵部隊に対応すべく転進した為、攻略部隊の戦況は一時的に不利となるところだったが、突如上空から現れた”マリネ”の放つ8本のレーザーが陸ガメ=陸上戦艦を貫いて撃破すると、形成は逆転して自衛隊+マリネ&黄星舞の快進撃が続いていた。
「まさに怪獣大進撃と言ったところか……」
マリネの直ぐ後ろを進む90式戦車の車長が監視システムのモニターを眺めながら呟く。
時折前方のシャドウ帝国軍防衛陣地に向けて極太のレーザービームを放ちながらズンズンと先頭を進むマリネを見ながら、自衛隊第7師団の隊員達は心の中で同様な感想を呟くのだった。
☨ ☨ ☨
2026年(令和8年)8月17日午前11時【月面都市『ユニオンシティ』防衛軍司令部】
防衛軍司令部のメインモニターは、世界各地で作戦行動を取る地球連合防衛軍の様子を映している。
ユニオンシティをなんとか守り切った東山龍太郎は、一息つきながら人類反攻作戦の進行を見守っていた。
そこへ”今日も”植物人類の様子を見回りに出ていた結がカートに乗って帰ってくる。
「どうでした?」
「不味いわね。日増しに反応が鈍化している。既に3割の植物化状態の人が完全に新種の植物に成ってしまったわ。
ひと月もしない内に全ての植物化状態の人は、ヒトとしての生を失う事になるわね」
東山に訊かれ、深刻に考え込みながら答える結。
「たしか世田谷のNIID(国立感染症研究所)が治療方法を確立したと聞きましたが、大量治療の目途は立ったのでは?」
東山が訊く。
「まだよ。大量の高圧電流を個々の身体に合わせて細分化した周波数で照射する技術は未だ確立されていないわ。
今のマルス・アカデミーと地球の技術力では、1人の患者を治療する為に小型原発1基分の電力設備が必要よ」
鱗に覆われた肩を竦めて答える結。
「ユニオンシティにこれ以上の施設を置くスペースなんてありませんね……」
腕を組んで悩む東山。
戦闘に次ぐ戦闘で思考が疲れて硬直しているかもしれない、と考えた二人は話題を変える。休むという発想に至らないところで既に疲れて硬直しているのだが……。
「……それはそうと、地球の戦局を教えて」
結が訊く。
「地上はどの戦線も一進一退の激戦が続いています。特に、五大湖から進撃したジョーンズ中将の部隊が大きな損害を受けています」
「攻勢が始まるまでに時間がかかったせいね。これ見よがしな兵力集中をしておきながら2週間も待機していたのだから、敵も充分な備えが出来ていたという所ね」
「ですが、戦局に希望も見えてきました。
南米の人類統合第3都市『ナスカ』が、ロイド提督率いる別動隊によって無力化されました。
五大湖方面も”謎の援軍”が現れて形成が逆転、ジョーンズ中将の部隊は全滅を免れた様です。
現在最も激戦が繰り広げられているのがラスベガス郊外と、北米衛星軌道上ですね」
「謎の援軍?」
首を傾げた結が訊く。
「ジョーンズ中将の報告によると、”ヤマタノオロチ”が空から現れて陸上戦艦を一撃で破壊したとか……」
自分で答えながら内容の異常性に気付いて首を傾げる東山。
「……そう。やっとね」
安堵のため息をついて頷く結。
「心当たりでも有るのですか?」
尋ねる東山。
その時、突然司令部内に明るく元気な少女の声が響く。
『……そして、月面にも救世主が現れたのだぞっ!』『現れるのですぅ~』
続いてのほほんと間延びした女性の声が続く。
「……遅いわ。黄星姉妹」
虚空に向かってさらりと告げる結。
『むむーっ!サプライズのはずが……』『遅刻で台無しなのですぅ~』
どこか悔しがるような声音が響く。
司令部の将兵は室内に視線を走らせるが、声の主は未だ見つけることが出来なかった。
やがて司令部中心、東山が座る席の前が突然ぼんやりと金色に輝き出して金色の輝きが増していくと、室内にまで拡がって全員が眩さのあまり目を閉じてしまう。
輝きが収まった司令部の宙空には、背中に羽を生やした女性と少女が浮かんでいた。
『黄星輝美だぞっ!』『同じく守美ですぅ~』
自信満々で胸を張って名乗り出る二人。
「……で、何しに来たの?」
あくまでも冷静な結。
『ここに居る”植物状態の皆様”を助けたいと思うのです~』
守美が答えた。
「それは有り難いのですが……どうやって?」
東山が素朴に質問する。
『そんなの”ヒトと同じ生活が出来るようにする”に決まっているのだぞっ!』
宣言する輝美。
『ではでは、早速植物化の皆様の所へ案内して頂きたいのです~』
「そう言う事でしたら……私が案内しましょう。結さん。少しだけ此処をお願します」
東山が黄星姉妹をユニオンシティ郊外の特別区画へ案内する。
月面都市ユニオンシティは、彗星と衝突して機能停止したマルス・アカデミー地球観測施設の"一部"を居住用として使用している。
故に広大な未使用の地下区画がユニオンシティ郊外に広がっている。
ダグリウスの”福音システム”によってヒトの姿を失い植物化状態となった人々は、辛うじて空気だけが注入された、所々に資材が散らばる空間にまとめて収容されていた。
収容された空間では日に一度、足元の床に観葉植物向け培養液を含んだ水が散布されている。
ユニオンシティに居留していた20万人余は植物化状態となって7か月が過ぎ、収容されていた空間は月面都市に似つかわしくない”密林”となっていた。
物言わぬ密林に足を踏み入れた黄星姉妹は、収容空間の中心部まで進むと周囲を見回す。
「……あらあら~。結構な数のヒトが、植物としての新しい人生を送っているのです~」
「直ぐにでも手を打たないと、本当に植物になってしまうのだぞっ!」
静かな空間に満ちていた、植物化状態の人々の思念を読んだ守美と輝美が呟く。
「植物化した人々の救済をお願しますっ!」
二人の呟きを聴いた東山が頭を下げて黄星姉妹に救済を求める。
「はいな~。それでは、今からこの空間を電子で満たすので離れて下さいな~」
守美が東山に室外へ退避するよう促すと、東山が慌てて収容空間の外へ退避する。
「それでは、行きますよぉ~」
空中に浮かぶ守美と輝美が身体の前に手をかざすと、空間に淡い緑色の光が僅かに灯る。
音もなく灯った緑色の光はだんだんと明るさを増していき、数分後には収容空間全体が目も開けられない程の眩い緑光に包まれていた。
室外へ退避していた東山は収容空間内を視ようと試みたが、視界が緑色に眩んで視ることが出来なかった。
輝きの中心にいる黄星姉妹が声を揃えて唱える。
『祖はヒトなり。
救星の主に願う。
自らが求める姿に今一度戻らん!』
黄星姉妹が声を揃えて朗々と言葉を唱えて両手をパン!パン!と二度打ち鳴らすと眩いばかりだった緑光が弾ける様に虚空へ飛び散っていく。
そして光が収まった空間には、呆然とした表情で一糸も纏わないまま立ち竦む人々が現れていたのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・東山 龍太郎=日本国地球方面特別全権大使兼ミツル商事地球方面支社長。ひかりの大学時代の同級生。大月家と関わりを持つ苦労人。
*イラストレーター 更江様の作品です。
・黄星 舞=訪問者。神聖女子学院小等部新任教師。黄星姉妹の姉的ポジション。
*イラストはお絵描きさん らてぃ様です。
・黄星 守美=訪問者。神聖女子学院小等部教育実習生。輝美の姉的存在。
*イラストはイラストレーター しっぽ様です。
・黄星 輝美=訪問者。神聖女子学院小等部6年生に転入。守美の妹的存在。
*イラストはイラストレーター しっぽ様です。
・ロイド・サー・ランカスター=英国連邦極東軍提督。英国欧州抵抗部隊指揮官。
・黄 浩宇=少佐。人類統合政府(シャドウ帝国)第12都市所属、宇宙機動部隊パイロット。乗機のエンジントラブルでナスカ基地に緊急着陸した。




