人類統合暦
2026年(令和8年)8月17日午前9時【南米大陸ペルー沖 地球連合防衛軍 欧州抵抗派遣部隊 旗艦『レナウン』医務室】
黄少佐がベッドで目を覚ますと、カーテンで仕切られた空間と見慣れない天井が目に入った。
ベッドの周囲はグリーンのカーテンで遮られているが、天井から降り注ぐ照明は柔らかい光だった。
「おはよう、少佐。貴方はナスカ中心部で倒れていたので、我々が救助させて頂きました」
カーテンの向こう側から男性の声がすると、カーテンが開かれて高級将校らしき壮年男性と、白衣を着た医官に警護の兵士が黄の視界に入った。
「私が……倒れていた?いけないっ!都市の仲間がっ!」
起き上がろうとした黄だったが、激しい眩暈に襲われて身体を動かす事が出来なくなっていた。
「無理はしない方がいいでしょう。貴方は大変衰弱している様ですよ?」
高級将校が気遣う。
「ですが!仲間の居る都市が破壊されたのです!助けないと……!」
黄が訴える。
「都市へは部下を派遣しています。生存者を見つけ次第救助するように指示をしています」
「感謝します。我々はなかなか友軍と連携する事はありませんから……失礼ですが、貴官はどちらの人類統合都市所属ですか?」
穏やかに安心した顔で訊く黄少佐。
「……我々は欧州戦線イングランド島ニューベルファスト基地から来ました」
静かに答える高級将校。
「初めまして、黄 浩宇少佐。私は地球連合防衛軍欧州抵抗部隊指揮官のロイド中将です」
身分証明書を見せながら、自己紹介をするロイド提督。傍らに控えていた兵士が黄の身分証明書を枕元に置く。
「なっ!?」
目を見開いて驚愕する黄。
「……私は、お前達異星人に食われるのか!?」
冷や汗を滲ませる黄。
「まさか。我々に食人の習慣はありませんよ。ゲテモノ喰らいの英国紳士ではありますがね」
苦笑して肩を竦めるロイド提督。
「お仲間の救出が終わるまで、少しお話を聴かせてもらえませんかな?」
黄が横たわるベッドの脇にあるソファーに腰を下ろすとロイドがゆっくりと問いかける。
「まずは、こちらの中継映像を視てもらいましょう。わが方の部隊が北米で作戦行動中でしてね」
黄のベットの左側の壁に掛けてある画面が点灯すると、八つ首を持つ巨大な生物が背後に戦車部隊を従えて突き進む姿が映し出された。
「こんな生物……地球に居たのか!?」
黄少佐は、茫然としながら異様な生物が幾重にも連なる極太のレーザービームを其々の頭から吐き出す様を見つめていた。
「ミスター黄。これは、わが方の"協力者"です。地球人類の叡智をはるかに超えた存在であることを、ご理解して頂けましたか?」
穏やかにロイド提督が話しかける。
「この異形の存在は……。そうか。やはりお前達は地球を侵略している火星人の手先なんだな!」
憎悪にたぎらせた目でロイド提督を睨み付ける黄少佐。
「火星人の手先?……私達と少佐の属する組織とでは基本的な認識が大きく違うようですね。お互いを理解する為に少し時間と情報が必要ですね……。
……少佐は極東で起きた戦争から世界がどのように変わったかご存知ですか?」
殺気立つ黄少佐の視線を冷静に受け流すロイド提督。
「ああ。西側が先に同盟国の北朝鮮を核攻撃したんだ。我々はやむを得ずに報復しただけだ」
「ふむ……概ねその通りですね。では、少佐の出身地だった中国はどのように崩壊したかご存知ですか?」
「崩壊!?馬鹿な事を言うな!」
ロイドの発言に怒った黄少佐が起き上がってロイドに飛びかかろうとしたが、傍に居る兵士に上体を抑えられており、身動き出来ない。
ベットに身体を押さえつけられながらも黄は叫ぶ。
「中華民族の偉大な祖国は、火星からの邪悪な侵略者に立ち向かう為、15年前に上海条約機構加盟国で生き残った国々を『人類統合都市国家』として再結集させるべく発展的に国家体制を解消させたのだ!」
「我々人民は、火星の侵略者に操られたお前達西側の先制核攻撃で北京が消滅する前に、偉大な同志国家主席が発せられた最期のお言葉に従い、地方軍管区毎の判断で抵抗する事となったのだ!
15年が経った今、世界12か所で人類の聖なる総力戦が世界各地で開始されたのだ」
苦しそうに息をつきながらもどこか誇らしげに答える黄少佐。
「少佐、今は西暦何年ですか?」
怪訝そうな顔をしながら質問するロイド提督。
「西暦だと!?何を言っているのだ!お前達は"人類統合暦"を知らんのか?
『人類統合暦15年』だ!旧暦だと2035年になる筈だ」
事も無げに答える黄。
「……ふむ」
思わず唸って沈黙してしまうロイド提督。彼は、黄少佐の根本的な歴史認識や社会生活が地球人類側からかけ離れており、会話がかみ合わない事に気付いた為である。
黄の今後の処遇について考えている矢先、食堂のスピーカーから艦内放送が流れる。
『間もなくカリフォルニア沖に到達。人類統合第2都市『バンデンバーグ』勢力圏に入ります!総員戦闘配置!』
「少佐。私は今から用事で席を外すが、ここで待機して頂きたい。ベットに居る限り、拘束はしない。君の目の前のPCで、これから起こる事を見るといい」
黄の胸元にノートPCを置くロイド。
「ちなみに、このPCはわが方の司令部と間接的に接続されている。リアルタイムで我々"人類側"の社会や歴史が見れる筈だ。では失礼する」
見張りの兵士を残してロイドが医務室を去った。
「火星人の歴史か……。面白そうではあるが、今は、あの怪物だろう。情報を集めねば!」
酷い脱力感と喉の渇きを自覚しながらもPCを起動させる黄少佐だった。
医務室を出てCICへと向かう途中でロイドが同行する医官に訊く。
「彼の体調は、思わしくない様ですが?」
「はい。彼は脱水症状が酷く、目覚める前まで点滴と栄養補給を続けていました」
「将校でありながら栄養補給が必要なのですか?」
信じられないという風に首を振るロイド。
「収容時の血液検査によると、極度の鉄分、ビタミン等もろもろの栄養素が欠乏していました。定期的に何らかの栄養補給を受けてなければ、3日と生きられない生活を続けていたのかもしれません。彼は一度精密検査にかけるべきだと思います」
医官が黄少佐の検査を勧めた。
「この作戦が終わり次第、月面都市で詳しく調べましょう。それまでは、なんとか彼の容態を安定させてください」
医官に治療を指示しつつ、彼の他にも同様の症状を持つ人々がナスカ基地にどれだけ居るのだろうかと思うロイド提督だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ロイド・サー・ランカスター=英国連邦極東軍提督。英国欧州抵抗部隊指揮官。
・黄 浩宇=少佐。人類統合政府(シャドウ帝国)第12都市『氷城』所属、宇宙機動部隊パイロット。衛星軌道上の戦闘で消耗した為、ナスカ基地に緊急着陸した。




