伏兵
【地球アジア地区 旧中華人民共和国四川省西部 龍門山脈】
「中尉殿。都市から敵地上部隊が出撃しています」
尾根から人類統合第11都市『成都』の監視を続けていたイスラエル連邦軍特殊部隊隊員が報告する。
報告を受けたアシュリー中尉が、隊員に近寄ると、隊員が指で南西を指差す。
「南西に出撃だと?連合防衛軍の別動隊でも降下したのか?」
タカマガハラのイスラエル連邦軍司令部から事前連絡も無かった為、降下ポイントを間違えた部隊への迎撃かもしれないと監視を続けるアシュリー中尉。
成都から出撃した地上部隊はソヴィエト製T72戦車部隊を先頭に、装甲戦闘車、幌付きトラックに乗った歩兵、軍用ジープに牽引された榴弾砲が隊列を組んで砂塵を巻き上げながら南下していく。戦闘ヘリコプターや地上攻撃機等の支援航空機は見当たらない。
「……中尉殿。あの敵部隊は妙にきれいな隊列を組んでいますね。普通は歩兵を前面に展開させて索敵するのがセオリーだと思うのでありますが、奴ら周囲の警戒をしているのでしょうか?」
アシュリー中尉の隣に居る隊員が怪訝な顔で指摘する。
「君の言う通り、まるでマニュアルに従って行軍している様に見えるな。閲兵式の訓練でもするつもりなのか?奴らの目的は何だ?」
唸りながら首を捻るアシュリー中尉だった。
☨ ☨ ☨
2026年(令和8年)8月17日午前9時【北米大陸西海岸 旧カリフォルニア州 ロスアンゼルス西部 ビバリーヒルズ駐屯地】
廃墟となった都市の郊外で、茶色がかった金髪をポニーテールにした少女が一人ボールで遊んでいた。
年齢は4~5歳と思われ、服装は長年の潜伏生活にも関わらず小奇麗だった。
少女は昨日、鷹匠達攻略艦隊がロスアンゼルス郊外北部を通過する際、瓦礫の隙間からこちらを伺っていた所をユニオンシティ防衛軍歩兵部隊に保護された。
「なあ……相棒よ、子供が遊ぶ姿を見れるのは素敵な事だと思わないか?」
ユニオンシティ防衛軍の若い兵士が同僚に話し掛けた。
彼は3年前、水没した旧フロリダ半島から北米大陸救出作戦時に救出され、月面に避難した経験を持つ。
「だな……。てっきり北米にまともな人類は生き残って居ないんじゃないかと思っていたからなぁ。……もっと他の地域で生き残りが見つかって欲しいよなぁ」
話し掛けた兵士より幾分年上の同僚が応える。
彼もまた、北米中西部旧モンタナ州から救出されている。
モンタナ州は当時、火山灰の影響で農作物が全滅し、極度の飢餓状態に陥っていた。
「……そういう面で言えば、この子の救出はまさに奇跡的だ」
若い兵士が防塵マスク越しに少女を見る目を細めた。
「ああ。まさか、崩壊したビルの核シェルターに一人で生き延びていたとは……3年だぞ?生まれて間もなく、シェルター暮らしだろうな」
兵士達は、保護した場所を捜索したところ、瓦礫の中から小さなカプセル型のシェルターを発見していた。
「あの子、まだ喋れないのか?」
「……ああ。よほど怖い思いをしたに違いない」
「天変地異に火星ミミズモンスターの襲撃とくりゃあ、正気を保つのは大人でも難しいわな」
「それにもしかしたら、あの子は親から言葉を教わる間もなくシェルターに避難していたのかもな……」
「でも、あのシェルターは”一人用”だが」
「じゃあ、親御さんは……」
「おそらく、大津波がロスアンゼルスを襲う寸前に咄嗟の判断で押し込んだんじゃねぇかって隊長が話していた……」
「まさに奇跡だ……」
感嘆の面持ちでボールを使った一人遊びに興じていた少女だったが、突然ぱたりと地面に倒れ伏す。
「おいっ!どうしたお嬢ちゃん!」
駆け寄った兵士に抱き起こされた少女は苦しそうに喘ぎ、息を吸い込もうと胸が上下に動く。慌てて予備の酸素マスクを幼女の顔に宛がう兵士。
しかし、充分な酸素が供給されているにも関わらず、少女がもがき苦しむ状態は改善されず焦る兵士達。
「……おい。考えてみれば、今までこの子マスク無しでよく遊んでいられたな?」
動揺していた兵士達の中で酸素マスクを宛がっていた兵士が呟く。
「……そう言えば」「なんで俺達酸素マスクしていたんだ?」
他の兵士達がお互いの顔を見る。
兵士達は空中戦艦から西海岸へ降り立った後、軍用トレーラーハウスの中以外では火山灰から呼吸器官を守る防塵マスク、又は睡眠時用の酸素マスクを"外した事は無かった"のだ。
普通の人間であれば高濃度火山灰が充満しているこの場所でマスク無しで過ごすと、30分以内に火山灰に含まれるガラス物質が肺を内部から損傷させ、呼吸困難に陥って死に至る。
目の前で苦しそうに喘ぐ少女を前にした兵士達の表情が、憐れみから疑念に変わり始めようとした時、唐突に少女の身体がビクンと海老反りに跳ね上がると、バシャッと水風船が弾ける様に前進が溶け落ちて床へ零れていく。
「うわぁぁ!何だこれは!?」
少女を抱きかかえていた兵士は、赤みがかった黄色の溶液を全身に浴びて茫然としていた。
「この子まさか……」
「例のシャドウ帝国とやらのクローン国民だったのか!?」
「ちょっと待て!……と言う事は、なぜ"彼女だけ"こんな所で置き去りにされて居たんだ!?」
「シット!……”トラップ”なのか!?」
「隊長に報告だ!隊長は何処だ!」
「隊長はエドワード橋頭保(旧エドワード空軍基地)から戻って来ていないぞ!」
次の瞬間、兵士達の周りの瓦礫が音を立てて盛り上がり、火山灰と瓦礫の土埃が辺り一帯に立ち込めた。
土埃が収まった場所には、四つの脚に支えられた巨大な鋼鉄製の箱が幾つも立ち並んで兵士達を見下ろしていた。
鋼鉄製の箱に備え付けられている対人レーザーの砲口が、立ち竦んでいた兵士達に照準を合わせる。
「……ジーザス。シカゴ戦線で報告のあった四足歩行だ」
少女の体液に塗れていた兵士が慄く。
次の瞬間、兵士達の居た空間に多数の対人レーザーとレールガン、30mm機銃が雨あられと降り注いで空間内に居た全ての生命体を抹殺した。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m




